一方、その頃。
真二郎は人型の狛犬たちの修行なるものを見学していた。
羽織袴にたすき掛けをした若い男たちが四つのグループに分かれてそれぞれ狛犬を囲んでいる。やっていることは同じなので、単純に四つに割っているだけだ。
今やっているのは剣術の稽古だ。木刀を手に持ち、五人を相手に太刀を受けている。狛犬たちから打ち込むことはないので、受け身の練習なのだろう。
(四匹、得意不得意があるみたいだ)
真二郎は人型四人それぞれを目で追いながら、そんなことを考える。
四人の中で唯一女の子の姿をしている南風は腕力が劣るのか、太刀を受け止めるとどうしても体が跳ねてバランスを崩してしまう。その代わり、どこから打ち込まれても木刀の中心でしっかり受け止めているので、腕がいいのだろう。
東風は、四人の中でわずかなのだが一番背が高いからか、姿勢よく太刀を受け、態勢が崩れることがない。
北風は腕力があるのか、少々体勢を崩したり、片手であったりしても、木刀を手放すことがない。
西風はとにかくすばしっこい。そして指南役たちから「逃げるな!」と叱られている。
そんな四人の容姿の特徴は、みな幼いもののキリリとした顔立ちだ。
東風が短めの髪をし、西風はやや襟足長めでうなじで一つにくくっている。北風もうなじで一くくりにしているが長髪。南風は長い髪をポニーテールにしている。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
ここには時計がないので真二郎には見学している時間はわからないけれど、ようやく終わって四人が真二郎のもとにやってきた。しかしながら南風は真二郎を無視して館へ行こうとするので、三人が行く手を阻んだ。
「邪魔」と南風。
「一人だけ別行動はダメだろ」これは東風だ。
「なに言ってるの。勝手に人界に行ったの、誰!? しかも宝珠を人間にあげちゃって! あんたたち、豊湧様にお仕えする気ないんでしょ」
「そんなことない!」
三人が一斉に返事をした。
「宝珠は豊湧様にお仕えする証となる特別に大切なものなのよ? それをあげちゃうんだから、そうじゃない」
「真二郎たちが心配だからだよ」と西風。
「そーだよ。心配なんだよ」と東風。
「南風は真二郎と璃斗のこと知らないからだ。傍にいて、ちゃんと話をしたらわかるよ」と北風。
「そんなことないもん!」
今度は南風が三人と同じ返事をした。
「それに、わかる必要ないでしょ。我々は狛犬で、豊湧様にお仕えするのが役目。あっちは人間。住む世界も、お役目もぜんぜん違う! 間違ってることしてるの、あんたたちのほうよ!」
四人が言い争っている。黙って聞いている真二郎は、いろいろツッコミどころ満載の会話に驚いて、見ているだけだ。
「とにかく、あたしは人間と一緒になんかいないから!」
「豊湧様に言われたのに?」「豊湧様の導きなのに?」「豊湧様が決めたことなのに?」
三人が一斉に返したので、真二郎は誰がなにを言ったのか、聞き分けることができなかった。
「あのさ」
と、四人の中に割って入った。
「僕やにいちゃんが心配って、どういうこと?」
聞いた途端、東風、西風、北風の三人の体がピンと伸び、南風はフンとそっぽを向く。
「僕ら、なにか困った状況になってるの?」
さらに問うと、今度は南風以外の三人もそっと顔を逸らす。
「そんな態度されたら、めちゃくちゃ気になるんだけど」
今度は三人顔を見合わせた。そしてそれぞれ、もじもじし始める。
「バカね。ペラペラしゃべるから、こーなるのよ」
南風がませた感じでため息をつきつつ三人を責める。そして今まで目を合わさないようにしていたのに、まっすぐ真二郎に向き直った。
「よくない気配がしてるの、あんたと、あんたのおにちゃん」
「よくない気配って?」
「気配だから、正体はわからないけど。でも、そのくせ、そのよくない気配のこと、気づいてなくて、ぽわーってしてるから、この三人が心配してるのよ」
「それって、命とかに関わること?」
南風がフンと顔を逸らした。
「そんなに知らない。よくない気配がしてるだけだから」
詳細はわからないが、狛犬の力で感じ取っているのだろう。真二郎の幼い顔にジワジワと不安の色が浮かび始めた。それを見た三人が伝播するように顔を曇らせる。
「俺らがいるから大丈夫だよ」「そーだよ、真二郎、大丈夫だよ」「豊湧様がついてるから大丈夫だよ」
最後は〝大丈夫〟のオンパレードだ。さらにはまたしても三人同時に言うので、どれが誰の言葉かわからない。
真二郎は不安から南風に顔を向け、じっと見つめた。その視線に、最初は無視していた南風もだんだん我慢できなくなってきたのか、口を尖らせ、落ち着かなくなる。
「南風、教えてよ。お願いだから」
真二郎が胸の前で手を合わせると、南風は頬を膨らませた。
「だから、わからないってば。でも、神界にいたら安全だし、豊湧様が守ってくださるから問題ないわよ。ぜんぜん、すっごく安全!」
「そーなの?」
真二郎が尋ねながら三人に顔を向けると、三人は力いっぱい、うんうん、とうなずいた。
「そっか」
ちょっとほっとする。
「それより、あんた、あたしたちの世話をするのが仕事でしょ? おはぎ用意してよ」
「おはぎ?」
「そうよ。わたし、おはぎ好きだから」
横で東風が「お供えのおはぎ、独り占めするもんな」とかなんとか言っている。
「うるさいわね! おはぎ以外のお供えはあんたたちに譲ってるじゃないっ」
「俺、あんまり料理できないから、にいちゃんに言って作ってもらうよ」
今度は西風が「璃斗、料理うまいもんな」と言い、北風が「お弁当屋だもんな!」と返している。
「館に戻るから。おはぎ、用意しなさいよ」
南風はわいわいやっている三人に向けてため息をつくと、さっさと身を翻して行ってしまった。
「南風、行っちゃったよ?」
真二郎のツッコミに三人が飛び上がる。そして南風を追って駆け出した。真二郎も追随した。
真二郎は人型の狛犬たちの修行なるものを見学していた。
羽織袴にたすき掛けをした若い男たちが四つのグループに分かれてそれぞれ狛犬を囲んでいる。やっていることは同じなので、単純に四つに割っているだけだ。
今やっているのは剣術の稽古だ。木刀を手に持ち、五人を相手に太刀を受けている。狛犬たちから打ち込むことはないので、受け身の練習なのだろう。
(四匹、得意不得意があるみたいだ)
真二郎は人型四人それぞれを目で追いながら、そんなことを考える。
四人の中で唯一女の子の姿をしている南風は腕力が劣るのか、太刀を受け止めるとどうしても体が跳ねてバランスを崩してしまう。その代わり、どこから打ち込まれても木刀の中心でしっかり受け止めているので、腕がいいのだろう。
東風は、四人の中でわずかなのだが一番背が高いからか、姿勢よく太刀を受け、態勢が崩れることがない。
北風は腕力があるのか、少々体勢を崩したり、片手であったりしても、木刀を手放すことがない。
西風はとにかくすばしっこい。そして指南役たちから「逃げるな!」と叱られている。
そんな四人の容姿の特徴は、みな幼いもののキリリとした顔立ちだ。
東風が短めの髪をし、西風はやや襟足長めでうなじで一つにくくっている。北風もうなじで一くくりにしているが長髪。南風は長い髪をポニーテールにしている。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
ここには時計がないので真二郎には見学している時間はわからないけれど、ようやく終わって四人が真二郎のもとにやってきた。しかしながら南風は真二郎を無視して館へ行こうとするので、三人が行く手を阻んだ。
「邪魔」と南風。
「一人だけ別行動はダメだろ」これは東風だ。
「なに言ってるの。勝手に人界に行ったの、誰!? しかも宝珠を人間にあげちゃって! あんたたち、豊湧様にお仕えする気ないんでしょ」
「そんなことない!」
三人が一斉に返事をした。
「宝珠は豊湧様にお仕えする証となる特別に大切なものなのよ? それをあげちゃうんだから、そうじゃない」
「真二郎たちが心配だからだよ」と西風。
「そーだよ。心配なんだよ」と東風。
「南風は真二郎と璃斗のこと知らないからだ。傍にいて、ちゃんと話をしたらわかるよ」と北風。
「そんなことないもん!」
今度は南風が三人と同じ返事をした。
「それに、わかる必要ないでしょ。我々は狛犬で、豊湧様にお仕えするのが役目。あっちは人間。住む世界も、お役目もぜんぜん違う! 間違ってることしてるの、あんたたちのほうよ!」
四人が言い争っている。黙って聞いている真二郎は、いろいろツッコミどころ満載の会話に驚いて、見ているだけだ。
「とにかく、あたしは人間と一緒になんかいないから!」
「豊湧様に言われたのに?」「豊湧様の導きなのに?」「豊湧様が決めたことなのに?」
三人が一斉に返したので、真二郎は誰がなにを言ったのか、聞き分けることができなかった。
「あのさ」
と、四人の中に割って入った。
「僕やにいちゃんが心配って、どういうこと?」
聞いた途端、東風、西風、北風の三人の体がピンと伸び、南風はフンとそっぽを向く。
「僕ら、なにか困った状況になってるの?」
さらに問うと、今度は南風以外の三人もそっと顔を逸らす。
「そんな態度されたら、めちゃくちゃ気になるんだけど」
今度は三人顔を見合わせた。そしてそれぞれ、もじもじし始める。
「バカね。ペラペラしゃべるから、こーなるのよ」
南風がませた感じでため息をつきつつ三人を責める。そして今まで目を合わさないようにしていたのに、まっすぐ真二郎に向き直った。
「よくない気配がしてるの、あんたと、あんたのおにちゃん」
「よくない気配って?」
「気配だから、正体はわからないけど。でも、そのくせ、そのよくない気配のこと、気づいてなくて、ぽわーってしてるから、この三人が心配してるのよ」
「それって、命とかに関わること?」
南風がフンと顔を逸らした。
「そんなに知らない。よくない気配がしてるだけだから」
詳細はわからないが、狛犬の力で感じ取っているのだろう。真二郎の幼い顔にジワジワと不安の色が浮かび始めた。それを見た三人が伝播するように顔を曇らせる。
「俺らがいるから大丈夫だよ」「そーだよ、真二郎、大丈夫だよ」「豊湧様がついてるから大丈夫だよ」
最後は〝大丈夫〟のオンパレードだ。さらにはまたしても三人同時に言うので、どれが誰の言葉かわからない。
真二郎は不安から南風に顔を向け、じっと見つめた。その視線に、最初は無視していた南風もだんだん我慢できなくなってきたのか、口を尖らせ、落ち着かなくなる。
「南風、教えてよ。お願いだから」
真二郎が胸の前で手を合わせると、南風は頬を膨らませた。
「だから、わからないってば。でも、神界にいたら安全だし、豊湧様が守ってくださるから問題ないわよ。ぜんぜん、すっごく安全!」
「そーなの?」
真二郎が尋ねながら三人に顔を向けると、三人は力いっぱい、うんうん、とうなずいた。
「そっか」
ちょっとほっとする。
「それより、あんた、あたしたちの世話をするのが仕事でしょ? おはぎ用意してよ」
「おはぎ?」
「そうよ。わたし、おはぎ好きだから」
横で東風が「お供えのおはぎ、独り占めするもんな」とかなんとか言っている。
「うるさいわね! おはぎ以外のお供えはあんたたちに譲ってるじゃないっ」
「俺、あんまり料理できないから、にいちゃんに言って作ってもらうよ」
今度は西風が「璃斗、料理うまいもんな」と言い、北風が「お弁当屋だもんな!」と返している。
「館に戻るから。おはぎ、用意しなさいよ」
南風はわいわいやっている三人に向けてため息をつくと、さっさと身を翻して行ってしまった。
「南風、行っちゃったよ?」
真二郎のツッコミに三人が飛び上がる。そして南風を追って駆け出した。真二郎も追随した。



