翌日。

 忙しい昼時が過ぎ、客足が止まった。予約注文以外では毎日それほど変動がないので、余る弁当はほとんどない。残ってしまった弁当や食材は、新たに手を加えて別のおかずに変え、近くにあるこども食堂に持っていく。

 残ったものをピックアップしていると、自動扉が開いた。振り返ると、真っ白の子犬がいる。額の模様を確認したら白っぽいので白丸だ。

「白丸じゃないか。どうしたんだよ。あ、違った、えっと、西風だったかな」

 西風は加えているものを床に置いて、「あん!」と鳴いた。

「なに、それ」
「あんあん」

 拾ってよく見てみると、三センチくらいの丸い石で、乳白色の色を取りながら半透明をしている。中心部分には金色をしているように見える。

「どうしたの? これ」
「あんあん」
「僕にくれるの?」
「あんあん」

 西風は嬉しそうに鳴くと、さっと身を翻した。

「あ、西風、まだ真二郎が帰ってないんだ」

 止めるのも聞かずに走り去ってしまった。

「行っちゃった」

 西風が置いていった石は確かに綺麗なのだが、宝石という感じがしない。とはいえ、わざわざやってきて、璃斗に渡して帰ってしまったのだから純粋なプレゼントなのだろう。

 璃斗は人差し指と親指で石を摘まみ、電球に透かしてみた。

「綺麗だ……」

 光に透かさなければ周囲はうっすら乳白色をしていて半透明だが、こうやって透かす完全に透けて見える。そして中央部分に細かな金色がラメのようにキラキラと輝いて、とても美しい。

「やっぱり宝石なのかな」

 その時、ガタンと音がして、真二郎が帰ってきた。

「あ、真二郎、おかえり」
「……ただいま」

 不機嫌丸出しだ。だが、子犬たちがいなくなった原因が璃斗ではないので、不機嫌をぶつけることができないようだ。子どもながらに葛藤しているのだろう。

「さっき白丸が来たんだよ」
「え! どこ!?」
「それがさ、この石を置いたら止める間もなく帰っちゃったんだ」

 もういないとわかって、わかりやすく肩を落とす。そんな真二郎に璃斗は石を差し出した。

「真二郎へのプレゼントだと思うよ。ほら、もらってあげてよ」
「……うん。これ、高いのかな?」
「さぁどうだろう。僕は石とか宝石とか、詳しくないから。でも、綺麗だよ。それに子犬からの贈り物なんて素敵じゃないか。真二郎が可愛がってあげたからだよ。大切にしなきゃ」
「…………」

 なんだか不満そうだ。目を合わせようとしない。心の整理をつけ、真二郎自ら歩み寄ってくれるのを待つしかない。璃斗は話しかけるのをやめた。

「僕は総菜作りに入るよ。真二郎は宿題やったらお風呂入ってね」

 返事はなかった。それでも璃斗は咎めることもなくその場をあとにした。調理場に行き、夕食用のおかずを買いにやってくる客向けの総菜と、単身者向けの弁当を作り始める。

(真二郎の態度が悪くなったわけじゃない。子犬が来る前に戻っただけだ。けど……にいちゃんって呼んでくれて、嬉しかったのになぁ)

――よくあんな憎たらしいガキの面倒見てるよ。血、つながってないってのに。

――大学辞めてまで世話する価値ないだろ。そんな責任もないし。児童施設とかに預けたらいいんだ。

 高須の言葉がよみがえり、璃斗は嫌な気持ちになった。

(僕が大学を辞めて店を継いで、真二郎の面倒を見ようと思うのは偽善なのかな。もしかしたら、高須が言うように、母親を奪った男の息子より、児童施設で暮らすほうが真二郎には心安らかなのかもしれない。でも、それでも、僕は四人で暮らした二年間が楽しかったんだ。倫子《りんこ》さんのことは母だと思ってるし、その息子の真二郎は弟だと思ってる。あの子のために頑張ることに、なんの後悔もないよ。でもそれって、僕の独りよがりで、真二郎には迷惑なことなのかな。子犬たちはいい機転になると思ったのに、飼い主が現れて分けてあげられないって言われたら、どうしようもないよ)

 かといって、シェルターに行って里親を待っている犬をもらってくるのも嫌みたいだ。よほどあの三匹が気に入っていたのだろう。確かに真っ白でぷくぷくしていて可愛かったが、可愛い犬なら他にもいっぱいいるだろうに。

(くよくよしても仕方がない。真二郎が独り立ちするまで、面倒見なきゃいけない。僕にはじいちゃんやばあちゃんがいるけど、真二郎には僕しかいない)

 その璃斗だって血はつながっていない。真二郎は天涯孤独の身だ。ただ真二郎が、そんな自分を憐れんで璃斗が大学を辞めたことを腹立たしく思っていることはわかっている。彼の怒りは辞めた璃斗に対するものと、無力な自分自身に対することも。


 六日目。

 昨日と同じくらいの時間帯に、今度は茶丸こと東風と、黒丸こと北風の二匹がやってきて、同じような石を置いていった。周囲の薄い乳白色は同じだが、東風の石は中心部が青い、北風の石は赤の、ラメの輝きがある。

 三つの美しい石を並べて見つめ、璃斗と真二郎は互いの顔を見合わせた。

「これ、飼い主の家から持ってきたんじゃないのかな」

 真二郎の意見は正しいと璃斗も思った。

「絶対勝手に持ってきたと思う。にいちゃん、返さないとマズいよ」
「僕も同意だけど、豊湧さんの家がどこかなんて聞いてないよ」
「だよね」
「連絡先がわからない以上、こっちは待つしかない」
「待つ?」
「うん。豊湧さんが、石がないことに気づいて、ここに来てくれるのを待つしかないだろ」

 真二郎が「あっ」と言って納得した。

「まさかこんなことになるなんて。僕らを気に入ってくれるのは嬉しいけどさ。でも犬のすることを怒ることはできないし、それは豊湧さんもわかってくれると思う。訪ねてこられたら返せるように、ちゃんと保管しておこう。それより、真二郎。僕、うっかりしてたんだけど、子犬たちの飼い主が見つかったことを警察に連絡しないといけない。貼らせてもらったポスターの撤去もだ」

 すると真二郎は首をブンブンと振った。

「もう交番に行ったし、ポスターも外した」

 不服そうにぷっと頬を膨らませる。

「そっか。真二郎は偉いな。にいちゃん、たった今までまったく思い浮かばなかったよ」
「おだてたってダメだからな!」

 怒鳴るように言うが、真二郎の目は潤んでいる。そこからしょぼんと肩を落とし、涙声で続けた。

「だって……あの人が帰るぞって言ったら、茶丸たち、迷わず従って、ついていったから」

 子犬たちが帰りたくないとぐずることがなかったのがショックだったらしい。飼い主が迎えにきて、喜んで帰っていったように真二郎には見えたのだろう。

 璃斗は真二郎の背中を優しくポンポンし、立ち上がって冷蔵庫からシュークリームを持ってきた。

「買ってきたんだ。一緒に食べよう」
「……うん」

 泣きながら素直にうなずく弟を、璃斗は温かなまなざしで見守っていた。