「ちょっと。食事を用意しておけと言ったでしょ? どうして何もしてないのよ」
「ご。ごめんなさい、お母さん」
「お母様、でしょうが! お前は子爵家の血を引く娘なのよ! 少しはお嬢様らしく出来ないの? こんなんじゃああたし、いつまで経っても旦那様に本邸に迎えていただけないわ」
 本当に役に立たない子ね!
 そう目の前で吐き捨てられ、飛んできた唾に眉を顰める。
 昨晩ふらりと出かけていき、昼に帰ってきた母からは、白粉と、それから強い酒の臭いがした。 
「お前がせめて男だったら、あの女の立ち位置ごと奪ってやれたのに。生まれた時から思い通りにならないんだから、ったく」
 ――帝都の隅っこに位置した、小ぢんまりとした家。実父である綾小路子爵が、愛人である母を囲うために用意した住処だった。
 庶民の母娘二人暮しにしては立派ではあったが、昔から母はこの家が――『綾小路家本邸』に比べて遥かに狭く、粗末な家が、そしてそんな家にしか住めない自分に腹が立って仕方がなかったらしい。
 妾宅が本邸に比べて粗末であるなど当然のことだ。
 しかし華族の優雅な暮らしを夢見る母は、小さな家で、召使いもいない、使える金も少ないこの暮らしを心底忌々しく思っていたのだ。
「地味な着物、髪もぼさぼさ。せっかく可愛く産んでやったのに、何もできないんだから。しかも後継者になれない女なんてね。なんのために産んだんだかわかりゃしない」
「お母さ、お母様。ごめんなさい……わたし」
「いい? 役立たずに生きてる価値はないの。あたしは美しいから、あの人の役に立ってる。女として価値がある、ということなの」
 あたしの役に立ちなさい。――そう、母は言う。
 血のように赤い唇と、きつい酒精の刺激臭が、目に痛かった。
「はあ、呑まなきゃやってらんないわ。子爵様も暫くいらっしゃらないそうだし。ちょっと、まだ黒麦のが瓶であったでしょ。取ってきて」
「お母さま、おさけ、飲みすぎだよ。わたしお水持ってくるから……」
「はあ? あたしに指図しようってわけ? 何も出来ない、何も役に立たないお前が?」
 鼻で笑った母が、次の瞬間――鬼のように眉尻を吊り上げ玄関脇に飾られていた陶器の置物を振り払った。
 甲高い音がして置物が割れ、破片が飛び散る。
「櫻子」 
「はい、お母様」
「お前、一度でもいいから、あたしにお前を産んでよかったと思わせて頂戴。今のままじゃお前はあたしにとっての足枷でしかないの」
「足かせ……」
「そうよ。何もない人間を、ひとは愛さない。……あの人とあの女のあいだにも娘はいるんだから、あの人にとって、お前は『余分な』娘なの。だったらせめてその娘よりも有用であることを証明しなくちゃあね……」
 母の言葉は、まさしく呪縛で、毒で。
 それでも、ある種の真実だったのだろうと、今でも思う。

 1

「……夢」
 瞼を開き、見慣れた天井の木目が視界に入り、ぽつりと呟いた。
 ここは、綾小路子爵家本邸の自室。夜が明けたばかりだからか、まだ辺りは薄暗い。
 わたしは十六、もうすぐ十七。夢の中のように、尋常小学校にすら通えない幼児ではない。
 そして、例の『幻覚』を見た祝賀パーティーから二箇月。わたしは本日から帝國護士軍の人として士官することになる。

 さて。帝國には、軍と呼べるものは三つある。
 一つ、治安維持及び陸上における対人の軍事作戦を遂行する陸軍。二つ、海上における軍事作戦を遂行する海軍。
 そして三つ、対妖魔の戦闘を主とする護士軍。
 妖魔のせいと言おうか、おかげと言おうか対人戦争の減った今上の御世でも護士軍の数は少ない。護士軍に入るためには養成学校を出なくてはならず、養成学校に入るには異能を使い熟す才能が必須であるためだ。
 ――ひとくちに対妖魔とは言っても、護士軍の任務は多岐にわたる。
 対人戦闘と異なり、妖魔は神出鬼没故に明確な戦線というものが存在しない。 そのため、各地で妖魔を相手に戦う方面軍は、絶えず「妖魔の大軍が出没しやすい」と言われる区域を動き回るという過酷な任務に就いているのだ。
 しかしそれでも神出鬼没の妖魔たちは、時折その哨戒戦をくぐり抜けてしまう。黒い霧のような身体を持つ彼らにとっては、人間の目を掻い潜ることなど造作もないということなのだろう。
 そして、そういった妖魔どもを狩り、皇帝陛下や帝都の臣民たちを守るのが中央軍であり――、
 これからわたしの仕官懸命の地となる処だった。
 
「中隊長殿! 新兵二名、到着いたしました。入室のご許可をいただきたく思います」
「入りなさい」
 中央軍の護士たちの詰所にある、将校用の執務室。
 戸を叩くと、穏やかな声が返ってくる。わたしは横に立つ『同期』と顔を見合わせると、「失礼いたします」という挨拶とともに戸を開けた。 
「本日より第五中隊第一小隊に配属されました。綾小路櫻子准尉です」
「同じく第五中隊、第一小隊に配属されました、小御門悠真准尉です」
「よく来たね、綾小路准尉、小御門准尉。僕は晴仁、第五中隊隊長。階級は大尉だ」
 まさか当隊に養成学校の首位と次席が揃って来るなんて驚きだ、と。
 軍服の上から白衣を着用し、右腕に青い腕章を巻いた中隊長が柔和な表情で言う。
「今日からよろしく。君たちの働きに期待しているよ」
「ハッ」
「元気がよくて宜しい」
 愉快そうに中隊長が笑う。
 恐縮です、と『新兵』二人揃って応えた。
(……それにしても、本当に軍医なのね)
 軍服の上に白衣を着ているのは軍医である証だ。
 配属が決まった時に聞いてはいたけれども、まさか中隊長と軍医を兼任している将校がいるなんて。
(それに、彼のつけている青色の腕章)
 この腕章が示すのは、希少な『治癒』の異能を宿しているという証。つまり彼は、【五色の雄】たちとはまた別に、階級以上の敬意を払われている上司だということだ。
 そしてあの幻が本当に未来であれば、そんな彼の力さえも――姉の異能の下位互換ということになる。
「君たちも当然知っていることと思うが、中央軍の任務は基本的に帝都周辺の巡回と、帝都に出没する妖魔の討伐だ。定期巡回は四人一組の小隊で行い、強力な妖魔がいた場合、小隊同士で連携をして討伐に当たることもある。……君たち、四人一組で対妖魔戦闘に臨む訓練は?」
「養成学校で何度も経験しています。小隊同士の連携の訓練もしていました」
「そう、それなら安心だ」
 とはいえ、と、白衣の裾を払った中隊長が執務机の椅子に腰掛ける。マホガニー製の天鵞絨張りの椅子だ。
まるで華族の屋敷にあるような誂えのそれに驚き、目を見張る。思えば、軍のいち詰所に過ぎないはずであるにもかかわらず、ここの建物は内装も外装もまるで国家機関の庁舎のようだった。
「そこまで構える必要はないよ。大尉である以前に治癒異能持ちである僕自身はあちこち駆り出されるけれど……君たちは実際に戦うことは殆どないだろうから。第一第二は書類仕事が主。それが伝統みたいなものでね」
「えっ」
 思わず隣の悠真さまと顔を見合わせる。
 帝都に蔓延る妖魔たちと戦うために首席・次席のわたしたちはここに配属されたのではないのか。 
「中隊長殿。それは、第五中隊の担当区域は妖魔の出没が少ない、という意味でしょうか」
「いいや。多い、とまでは言わないけれど、我が隊に割り振られる任務もそれなりにあるよ。方面軍が取り逃した【大妖】級数体を一気に相手したこともあった」
「【大妖】を……」
【大妖】級。
 通常の妖魔に対して、動物や人を多く喰らったことで魔法――人間と区別するため、妖魔の使う異能は《魔法》と呼ぶ――を使えるようになった妖魔のことだ。対妖魔の戦闘が激しい方面軍では【大妖】級どころか、更に強い妖魔も珍しくないと言うが、後方の帝都ではなかなか見かけない大物である。
 悠真さまが、些かの困惑を露わにしながら「では何故?」と問う。
「忙しいのなら、手が空いている戦闘に参加すべきなのでは……」
「人には相応しい役割がある、ということさ。書類仕事も軍人にとっては大事な業務だ」
「……我々のような新米は、実戦の任には耐え難いということですか。しかし中隊長殿、我々の養成学校での実技成績は決して悪いものでは」
「ああ、違う違う。そういう意味ではないよ」
 中隊長が、悠真さまの発言を遮る。
 まるで聞き分けのない子どもを相手にするような声音だった。
 
「――綾小路少将閣下()()、そして小御門中将閣下()()
 
「!」
「つまりはそういうことさ。理解したかな?」
  中隊長が、甘やかに、美しく微笑う。
 そこでようやく気がついた。透き通るような彼の青の瞳は、全く笑っていない。冷めてはいないが、ひどく乾いている。
 そこには歓迎も、侮蔑もない。仲間意識も敵意もない。彼の視線はまさしくどうでもいいものを――確に言うのならば、「お客様」に向けるものだった。
(そういうことね……)
 意図せず、拳に力が籠った。
 つまりは第五中隊、特に第一小隊、第二小隊は身分が高い華族や高級将官の子女に用意されたお飾りの部隊なのだろう。なるほど詰所も豪華な訳だ。
 華族ではなくとも異能の才能があれば入学できる養成学校とは違う――ここは箔付けを求めて軍にやってくる華族の子女が業務を遂行する場所なのだ。
 要するに期待されていないということなのだろう。まあ、楽なのはいいことだ。
 
 しかし。
 気づけば次の瞬間、わたしは口を開いていた。
 
「中隊長。わたしは――小官は、その時がきたらぜひとも、妖魔討伐の任に着くことを強く希望します」
「櫻子?」
 驚いたように悠真さまがこちらを見たのがわかる。
 わたしも、自分自身の行動に面食らっていた。
 ……どうして着任早々、わたしは中隊長に食い下がっているの?
「隊にはそれぞれの特色がありましょう。ですから、伝統、というものもあるのだと推察します。けれども、帝都と臣民を守ってこその護士軍軍人。小官にも、帝國の敵たる妖どもを狩る栄誉を、是非に」
「……、ふむ」
 僅かに目を丸くして聞いてい中隊長が、ゆったりとした仕草で椅子の背に凭れる。ぎい。僅かに木が軋む音。
「うーん。聞いていた話と違うなあ」
「はい?」
「ああいや、こちらの話だ。……書類仕事は厭かな? これも立派な軍務だ。軍隊も公の組織である以上、机仕事もきっちり行わなければならない。参謀たちが角突合せて議論できるのも、前線で護士たちが戦えるのも、書類を管理する者がいてこそだ」
「それは……ええ。承知しております」
「後方で安全に仕事ができる。ピッタリだと思うけれどね」
 中隊長は何にピッタリかは明確には言わなかったが、それでも、彼の言いたいことはなんとなく察せることができた。せいぜい、『お嬢様の箔付けには』だろう。あるいは、『お坊ちゃんの初めてのご奉公』か。
(……莫迦にされたものだわ)
 わたしは優秀なのだ。そんじょそこらのお嬢様じゃあない。女子で首席になった護士は稀のはず。
 確かに、『あの時』までは腰掛け奉公のつもりでいた。
 けれども今は本気だ。命を懸けてでも、わたしは手柄を上げたい。一刻も早く昇進したい。
 兵藤雪哉を怒らせようが構わないと言えるくらいの女軍人になって、お姉様の鼻を明かしてやるのだ。
「無論、与えられた任務がどのようなものであっても、手を抜くつもりはありません。しかし、重ねて希望いたします。小官は、妖魔討伐の任に耐えうる確信がございます」
「……なるほど」
 目を細めた中隊長が、ややあってから「いいだろう」と言った。
「検討しよう。綾小路准尉」
「ありがとうございます!」 
「第一小隊長にもそのように伝えておこう。さ、各小隊の小隊長にも挨拶をしてきなさい」
「はっ」
 退室を促されたため、敬礼し踵を返す。悠真さまが一拍遅れて敬礼し、ついてくるのを待って、わたしは中隊長の執務室を後にした。

 *

「いや、まさか櫻子と同じ小隊に配属されるなんて驚いたよ。綾小路家も小御門家も中央軍にゆかりがある家だから、二人とも帝都に留まることになるだろうとは思っていたが」
「そうですね。驚きだわ」
 小隊長に挨拶を済ませ、待ち合わせて悠真さまと食堂で夕食を摂る。課業や、訓練などが始まるのは明日からだという。
 挨拶を済ませた第一小隊はほとんど皆華族出身で、揃ってあまり戦闘経験はなさそうだった。唯一、中堅の小隊長のみが【大妖】級とも戦った経験の持ち主だそうだが。
「思った以上に若い中隊長だったな。僕たちとそう変わらない……二十歳になるかならないか、くらいで」
「そう言われれば、そうね」
 彼が二十歳だとして、それで大尉とは相当な出世速度だ。英雄に階級は関係ないが、二十一歳の兵藤雪哉が大尉のひとつ上の少佐であることを思うと、尚更。あるいは治癒異能持ちの軍医は特別なのだろうか。
(治癒異能……)
 思わず、箸を持つ手に力が篭もりそうになり、あわてて脱力する。
「しかも相当な美形……所作も美しかったから、きっと上流階級の子息だろう。どこの家の人かな。夜会では見かけたことがないけど」
「あら。悠真さま、やけに中隊長を気になさるのね」
「そりゃあそうだよ。僕は君の目を奪ってしまいそうな男が君の近くにいないか、常に冷や冷やしてるんだ」
 妙にぎくりとして、思わず箸を止めた。
 ……そうだ。「その件」がまだ宙ぶらりんになっているのだったか。
 わたしは笑みが強張らないよう気をつけながら再び食事に向き直った。「もう、悠真さまったら。お戯れを」
「戯れなんかじゃないさ。僕は本気なんだ」
「そう?」
 声色は明るく、それでも視線は合わせず応えたつもりだった。
 しかし、自分でも思ったよりも素っ気ない態度になってしまう。
(……駄目ね)
 上手くできない。あの日から。
 これまでわたしは、極力彼を含めた対して愛想よく振る舞ってきた。学友たちは婿候補だからだ。こんなふうに、素っ気なく会話を流す真似などしたことはなかったのに、
(でも、このままではいけないから)
 だって、あの「未来」では。
 わたしは、「彼」に見捨てられて破滅していた――。
「……それにしても、先刻は驚いたよ」
「あら。何に?」
「ほら、妖魔討伐に志願すると、そう言っていただろう。しかも真剣に」
「ああ……そう、ね」
 思わず口篭る。わたしとしても、まさか上官に対していきなりあんな態度を取ってしまうなどとは思っていなかったのだ。
 男たちを蹴落として首席の座を射止めたとはいえ、学校ではあくまで控えめで謙虚に見えるように振る舞っていたのに。いくら出世を望んでいても――。 
「自分でも驚いているんです、大尉に対してあんなことを言うなんて……。きっと、なんだか侮られているような気がして、悔しかったのだと思うわ。わたしたちも役に立つんですって、知ってもらいたくて。わたしだけでなく、悠真さままで侮られていた気がしたから」
「そうか……。むしろ、優しくて責任感の強い櫻子らしいよ」
 優しくて責任感が強い、か。「……そうかしら」
「うん。僕もあからさまなお客様扱いをされると思うと、確かに引っかかるところはあるしね。……でも、よく考えたら、安全なところで仕事ができるというのは、幸運なことでもあるんじゃないかな」
「幸運?」
「少なくとも怪我をしたり、命を落としたりしないでいいということだ。櫻子はその……いずれ軍を離れて誰かと結婚し、綾小路家を取り仕切ることになるだろう? それならそれまで、怪我をする心配のない安全な後方で仕事ができるのなら、ありがたいことじゃないか」
「……」
 それは、確かにその通りだ。
 つい最近までのわたしは、この采配を喜んだろう。無論手柄を立てられればその方がいいだろうが、どんな部署に配属になろうと軍属となったことは変わらないわけで、綾小路家の令嬢としての義務は果たせる。お母様もお父様も満足されるだろうと。であれば安全である方がいいに決まっている。
 それでも――。
「そうかもしれませんね。でも、やはりわたし、人の役に立ちたいの。せっかく訓練を積んで軍人になったのだもの。護士とは、やはり、帝都臣民と皇帝陛下をお守りしてこそでしょう?」
「櫻子……」
 強くなりたい。
 お姉様に見下されるまま、破滅する己に絶望するくらいなら死んだ方がましだ。そのためには手柄を上げて、自分の価値を証明するしかない。
 安全な書類仕事ばかり引き受けていては、それができない。
「民を守る、か。君はやっぱり優しいよ。美しく聡明で、優しいなんて、本当に君はすごい」
「……ありがとう、嬉しいわ」
「でも、やはり無茶はやめてほしい。戦うのは僕がやるよ」
「え? 悠真さま」
「もちろん異動になるまでは僕も君と同様書類仕事に勤しむことになるだろうが、それでも長く軍人を続ける以上は手柄を上げる機会も回ってくるはずだ。その時に一体でも多く妖魔を屠り昇進し、勝利を君に捧げると誓う」
 だから、と言って悠真さまが凝と見つめてくる。
 ぞ、と――背筋に悪寒が走った。
 あの日の幻を思い出す。哀れみの目をもって没落する綾小路家を見下ろしていた、小御門悠真を。
「だから櫻子。やはり僕と、将来――」
 
「――悠真さま、ごめんなさい」
 
「え」
「着任したばかりで、緊張して疲れているんです。そういった大事な話は、また今度にしましょう。それに、人もあまりいないとはいえ場所も良くないわ」
 あ、と悠真さまはやや焦ったように視線を周囲に配った。ここは仮にも軍の食堂、あまり明け透けに私的な会話は避けるべきだろう。
「す、すまない。君の言う通りだ。でもそれなら後で……」
「わたしは先に宿舎に戻っています。明日は早いのだし、悠真さまも早く休んでね」
 にこりと笑うと、特に返事を待たずに席を立つ。ここには給仕はいないので、自分の膳は自分で片付けなければならない。
(勝利を捧げる、ですって?)
 ありがたいこと。綾小路家が危うくなったら捨てるくせに。華族というものは基本的にそういうものだけれど。
 ……ああいや。そういえば、そもそも彼はそういう人か。
 だって――彼は幼い頃から想い合っていたらしいお姉様を、あっさり捨てたのだから。
「ふふ」
 ああ、おかしい。
 やはりもう駄目なのだ。わたしは悠真さまの妻にはなれない。『腰掛け』でもいられない。
 あの幻を「未来」と認識してしまったあの時から、もはや昔の人生設計のままではいられない。
 どうすれば破滅を回避できるのか――やり方は分からないけれど、せめて、もっと軍人としての地位を確立しなくては。