「莉央、立誠大応援してたの?」
「いやそんなつもりはなかったんだけど、なんか自然と? 華があるから勝手にそっち寄りになっちゃった。道花には申し訳ないけど」
「なんで」

 あはっと笑い、そして、さりげなく言った。

「実は試合始まった時、外で見てるって言おうと思ったんだよね」
「えっ、やっぱしんどかった?」

 莉央が目を丸くする。それに素直に頷いた。

「うん、最初はね。でもあまりに面白くて、見てたくなった」
「すごかったもんね。あと、くっそかっこよかった」

 その言葉にまた深く頷きながら、眼下でコートキーパーが素早くモップをかけるのを眺める。

「あのさ」

 なんとなく出口の混雑が落ち着くのを待っていると、少しの沈黙のあと、莉央が口を開いた。

「水上くんって、元カレとか?」
「えっ? 違うよ!」

 予想していなかった問いに、ぶんぶんと手を振る。

「えー、そうなの? なんとなくそんな感じがした」
「そういうんじゃなくて……」

 なぜそう思われたのかは分からないが、とにかく否定しないと、という気持ちが先走った。

「私が部活辞めるってなった時に、まぁこう……説教をくらったというか」
「えっ、うざ」

 途端に苦々しい顔で吐き捨てる莉央に吹き出す。

「違う、待って、言い方が悪かった。舷は悪くないんだよ。私が弱かっただけで……」
「いやぁ~、でもどうであれ説教男子はウザくない?」

 道花の味方につこうとしてくれているのが伝わってくる。人が捌けてきたので、二人はどちらからともなく立ち上がり、通路に出た。

「なんだよ、せっかく硬派イケメンだなとか思ってたのに」
「高校の時もすごいモテてたよ」
「でもそういう押し付けタイプなのか、がっかりだわ~」

 ぶつぶつと文句を言う莉央に、それが優しさと分かりながら、誤解は解かなければと思った。

「舷は……すごく優しいよ。いろいろ話とか相談も聞いてもらったし、不愛想に見えて情には厚いと思う。でもやっぱりバスケのことになると、厳しさもないとプロにはなれないし。あ、あと、プレーヤーとしてのスキルと、キャプテンとしてのスキルってまた別じゃない?」
「あー、分かる。プレーヤーとして上手くても、キャプテンになって苦戦する子は多いよね」
「そう、人間関係がなかなか。それをどっちもちゃんとこなせるタイプなんだよね、舷は」
「ほーん」

 莉央は冷ややかな目でこちらを見る。

「つまり人の気持ちが分かんないやつだってことでしょ? えー、これどうしようかな」
「ん?」

 これ?
 莉央は立ち止まると、鞄の中をごそごそと探る。そうして取り出したのは、白くて四角い……。

「まさか」
「そう、色紙。頼めそうだったらサインもらってきて! とか言われたんだよね。おねぇに」
「あ~」

 苦笑が漏れたのは、舷は絶対にサインをくれなさそうだなと思ったからだ。高校の時、差し入れやサイン、連絡先の交換をことごとく断っていたのを思い出す。

「まあいっか。もともともらえなさそうだもんね、話聞いてると」
「高校の時より大人になってるかもしれないけど……」

 それでも、舷がにこやかにサインをしている姿は想像できないな、なんて考えていた、その瞬間だった。
 近くを通り過ぎた茶髪の女の子を見て、道花の心臓が大きく跳ねた。

「ご、ごめん、ちょっと……っ」
「えっなに!」

 それだけ言うと、莉央を引っ張ってずんずん逆方向へと歩く。
 逃げずに背筋を伸ばして。そんな決意は一瞬でどこかへ行ってしまった。

 ――怖い。

「どうしたの、出口と逆なんだけど!」
「ごめん」

 怒っているというよりは、ただただ驚いている莉央に申し訳なさしかない。

「さっき通り過ぎた子たちの中に、その……高校の時上手くいかなかった子がいて……」
「えっ」

 上手く行かなかった、なんかじゃない。一方的な攻撃だった。本当はいじめられた、という言葉が適切だとは分かっていたけれど、自分では絶対に言いたくなかった。

「はぁ~~っ」
「大丈夫!?」

 道花は、顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。

「会ったら絶対、堂々としてやろうと思ってたのに~~っ!」

 悔しくて悔しくて、大きな声が出た。
 道花に、キャプテンとして足りなかったところがあったのは間違いない。でもそれを鑑みても、あの子にされたことは、何度振り返っても理不尽な暴力だった。物理的に手を出されていないにしても、精神的な。
 もっとみんなの力を伸ばせるキャプテンでありたかった。そう思うからこそ、あれは仕方なかったのかもしれない、と考えた時期もある。でも、今はそうは思わない。
 だから、こっちが逃げる必要なんかなかったのに!

「まあまあ」

 莉央がぽん、と手を肩に置いてくれて、道花ははっと我に返った。顔を上げると、優しい表情がこちらに向けられている。