外に出ていようかと思った。でも、動けなかった。

 ボールが舷の手に渡ると、明らかに応援席が色めき立った。
 滑らかなドリブルでディフェンスの間を縫って、パス。魔法みたいに移動した舷がまたそのボールを受け取り、味方をスクリーンにして一歩抜ける。舷は、ゴールとの間にディフェンスがいない一瞬を見逃さなかった。
 ぱすん、と、ゴールネットを揺らす音が聞こえた。

「すご」

 莉央の言葉に頷く。溜め息が漏れた。
 舷は、昔からすごかった。でも、もっとすごくなってる。
 チームメイトに肩を叩かれ、舷は表情を変えることなくポジションに戻っていく。

「めっちゃクールだね」

 くすくすと笑う莉央の言葉に道花も笑った。
 プレーヤーによって色々だけれど、試合中には感情を顔に出さないようにと指導されることも多い。
 舷はもともと、プレー中の態度にはいい意味で圧がある。
 素でそれが出せるのは、道花にとっては羨ましいことだ。強豪大のスターティングメンバーの中でも引けを取らない存在感と、そこに纏う自信。
 あの頃は、舷のその強さに憧れていた。がむしゃらに頑張って息切れしそうになった時でも、隣のコートで舷が輝いているのを見れば、道花も頑張ろうと思えた。

(すごいな、夢を叶えるんだ……)

「莉央、ありがとう、連れてきてくれて」
「なに、改まって。試合始まったばっかりだよ」

 莉央は、道花がさっきまで外に逃げ出そうと思っていたことには気づいていない。試合に夢中になって目をキラキラさせている莉央の横顔を見ると、心底言わなくてよかったと思った。
 私のことは気にせず、楽しんでほしい。
 舷の姿を見るのは、まだ少し辛い。でも、インカレのコートは遠く、あの目に自分が映るわけじゃないと安心できた。何より、久しぶりに見る舷のプレーとバスケが面白い。
 後ろから、観客の興奮した声が聞こえる。

「おっ水上きたっ! 内くるか!?」

 舷がドリブルで切り込みディフェンスに止められるが、そこでホイッスルが鳴る。

「ファウル! ただでは転ばないねぇ」

 にやにやとした表情が見えるような声。舷がシュート動作中のファウルを受け、フリースローを与えられたのだ。
 表情を変えないまま、舷はサークルに立つ。
 また、ゴールが揺れた。

 わぁっと沸く観客とは対照的に、舷はやっぱり表情を変えない。それは道花には、クールというよりも、心ここにあらずというように見えた。

「さすが得点マシーン」
「でもさぁ、もうちょっと、なんだろうな。熱みたいなものがほしいのは贅沢かな」
「あー、わかる。大学生だもんな。もうちょっと楽しそうにやってくれたほうが応援し甲斐があるっつーか」

 自分勝手な意見に、自分のことでもないのにむっとなる。振り返って睨みつけそうになる自分を抑えつつ、舷を目で追った。
 彼らは舷のことを分かっていない。
 舷はバスケが好きだ。そのことしか考えていないくらい。

(その……はずなんだけど)

 ――熱がない。

 その言葉は、見当違いとは言い切れないかもしれない。道花の内心に、そんな思いがよぎった。久しぶりに見た舷は、技術としてバスケが上手くはなっているが、やはり、どこか上の空というか。
 高校時代の彼は、いいプレーができたら、密かに拳を握っていることもあった。ほかのプレーヤーから技術を盗もうと、その視線はいつも貪欲だった。
 そんな、年相応な姿はもう見られないのかもしれない。
 プロを目指すとはそういうことなのだろう。
 自分がそんなことを言える立場でないのは分かっていたが、何か大切なものが永遠に失われてしまったような気がして、道花は少し寂しかった。

「あ、なんか終わった!」

 ホイッスルの音にはっとなる。気づけば、あっという間に第一クオーターが終わっていた。
 スコアは46対14。立誠大学のリードだ。
 相手の上城大学も、一点の緩みもない強豪校だ。それなのにこの、圧倒的な強さ。
 道花の背中を、ぞくぞくとしたものが上がっていった。

「今年の立誠大はやべぇな」
「しかも二年が三人いるんだろ? これは来年も強いぞ」

 反感を持ちつつも、後ろの声に耳を傾ける。
 六番の水上舷。それから、たしかさっき上のディスプレイに、ポイントガードのポジションも二年生だと表示されていたはず。スマホで検索してみるとすぐに情報が出た。若葉選手。なるほど、あれが莉央のお姉ちゃんのもう一人の推し選手か、と思う。
 若葉はどちらかというと常に柔和な笑顔を浮かべているタイプで、舷と並ぶとバランスが取れているように見える。
 そして。

「勝った~」

 莉央の声に、肩からやっと力が抜けた。
 結局、最後まで試合を見てしまった。