「勝手に練習メニュー変えられたり、無視されたりしちゃって」
そう言って、どうして私がこんなことを言わないといけないのかと悔しくなる。
「はあ!?」
でも、莉央の弾けるような声で、その気持ちは引っ込んだ。
「何それ! 高校生がやることじゃないじゃん。レベル低っ……あっ、ごめん、道花も通ってた高校だった」
莉央が慌てて口を覆う。そんな莉央らしい仕草に、ふっと笑うことができた。
「いいよ、ほんとのことだし」
それから、もう一度チケットに目を落とす。チケットには、『全日本大学バスケットボール選手権大会』の文字。
――通称、インカレ。
道花は額に手を当てた。自分が馬鹿すぎる。
大学バスケの、最も大きな大会だ。いくらなんでもここに来るまで気づかないのはありえない。
「どうする? 帰ろっか。ゆっくりランチでもしようよ」
「いや……」
莉央は後ろ髪を引かれる様子もなくあっさり言う。ありがたい、と思ったが、でも、素直に頷けない。
「無理しないほうがいいし。ほら、行こ」
「待って!」
思ったより大きな声が出てしまい、莉央が目を丸くしている。
「行く。行きたい。むしろ、ついてきてほしい」
「はぁ!?」
道花が地面を見つめたまま言った言葉に、莉央は眉間の皺を寄せる。
「ちょっと最近さ、もう、進路のこととかも、わけわかんなくなっちゃってて」
「え? う、うん、それは分かるけど」
「たぶん、高校の時のことをなんとかしないと、前に進めないのかなとか思って」
「ええ~? それがこれとどう関係が……」
「私、あれからずっとバスケ自体を避けてた。でも、今日のこれがいい機会かもしれないなって思って」
莉央は険しい顔で言った。
「勢いづいてるとこ申し訳ないけど、あんまりよくないんじゃない? 言いにくいけど、要はトラウマ、みたいなことでしょ? 真正面からぶつかってどうにかなるもんでもないと思うけど」
莉央の言う通りだ。分かってる。
「でも、お願い」
ぎゅっと拳を握りしめる。莉央の呆れた視線がこちらを向いている。
進路を決めた時みたいな、自分の悪いところが出ている。それは分かっていた。
でもこの機会を逃せば、きっともうバスケの試合を見に行くことはない。
道花はあの時、逃げた。でも、逃げ続けるのは嫌だ。
「はっきり聞くけど、会いたくない人に会う可能性もあるんでしょ?」
莉央の問いかけに頷く。
都内の会場。その可能性は十分にある。
「り、理想は……会っても、背筋をピンと伸ばして、こう、堂々と、してたい」
「絶対できないでしょ、その感じ」
「やっぱそうかな」
莉央にじろりと見られて、しゅんとなる。
「とりあえず中ちょっと覗いてさ。それでまずは一歩ってことでいいんじゃない? 無理そうだったら、ゆっくりカフェでも入ろうよ」
「うん……莉央、ほんとにありがと」
「いや、そもそもこっちがちゃんと言ってなかったのが悪かったし……」
ためらいながらではあるけれど、莉央は了承してくれたようだ。
莉央が歩き始め、束の間、その後ろ姿を眺める。
(無理やり付き合わせちゃったな……)
自分の理想の姿とのギャップを埋めたくて、意地を張っているだけだ。
それは分かっていたが、でも、やっぱり逃げたくない。
道花は小走りで、莉央の隣に駆け寄った。
野々木体育館に近づくと、道花は改めて、インカレだと気づきもしなかった自分がすごく恥ずかしくなってきた。
バスケットボールを持った選手のポスターがあちこちに貼られている。応援団や関係者らしき沢山の人、カメラマンにインタビューアーまで来ている。すごい盛り上がりだ。
道花も小学校からバスケをしていて、当然プロを夢見た時もある。インカレがどういうものかも知っているつもりでいた。でも、実際に現地に来ると想像以上だ。どれほど熱量高く、注目されているものなのかを実感する。
(こんなに人がいるなら、誰も私になんて気づかないな)
そう思うと、少し気持ちが楽になってきた。
中に入ると、チケットの提示と入場チェック。通路を進み体育館へ入った瞬間、圧倒された。
――すごい。
息を呑むほど広い会場の上部には、大きなディスプレイが設置されている。そこに流れるテレビCMのようなプロモーション動画。眩しい照明に照らし出されるコート。複数のチームが、事前のウォーミングアップを行っている。
――これが、インカレ。
しばらく瞬きも忘れていた。
大学バスケという言葉だけでは想像できなかった。
(これほど、プロを感じさせる大会なんだ)
懐かしい。でも自分の知らないバスケの世界に、目の前がキラキラと輝く。一瞬、辛かったあの頃をすっかり忘れるくらいに、華やかな世界に魅了された。
そう言って、どうして私がこんなことを言わないといけないのかと悔しくなる。
「はあ!?」
でも、莉央の弾けるような声で、その気持ちは引っ込んだ。
「何それ! 高校生がやることじゃないじゃん。レベル低っ……あっ、ごめん、道花も通ってた高校だった」
莉央が慌てて口を覆う。そんな莉央らしい仕草に、ふっと笑うことができた。
「いいよ、ほんとのことだし」
それから、もう一度チケットに目を落とす。チケットには、『全日本大学バスケットボール選手権大会』の文字。
――通称、インカレ。
道花は額に手を当てた。自分が馬鹿すぎる。
大学バスケの、最も大きな大会だ。いくらなんでもここに来るまで気づかないのはありえない。
「どうする? 帰ろっか。ゆっくりランチでもしようよ」
「いや……」
莉央は後ろ髪を引かれる様子もなくあっさり言う。ありがたい、と思ったが、でも、素直に頷けない。
「無理しないほうがいいし。ほら、行こ」
「待って!」
思ったより大きな声が出てしまい、莉央が目を丸くしている。
「行く。行きたい。むしろ、ついてきてほしい」
「はぁ!?」
道花が地面を見つめたまま言った言葉に、莉央は眉間の皺を寄せる。
「ちょっと最近さ、もう、進路のこととかも、わけわかんなくなっちゃってて」
「え? う、うん、それは分かるけど」
「たぶん、高校の時のことをなんとかしないと、前に進めないのかなとか思って」
「ええ~? それがこれとどう関係が……」
「私、あれからずっとバスケ自体を避けてた。でも、今日のこれがいい機会かもしれないなって思って」
莉央は険しい顔で言った。
「勢いづいてるとこ申し訳ないけど、あんまりよくないんじゃない? 言いにくいけど、要はトラウマ、みたいなことでしょ? 真正面からぶつかってどうにかなるもんでもないと思うけど」
莉央の言う通りだ。分かってる。
「でも、お願い」
ぎゅっと拳を握りしめる。莉央の呆れた視線がこちらを向いている。
進路を決めた時みたいな、自分の悪いところが出ている。それは分かっていた。
でもこの機会を逃せば、きっともうバスケの試合を見に行くことはない。
道花はあの時、逃げた。でも、逃げ続けるのは嫌だ。
「はっきり聞くけど、会いたくない人に会う可能性もあるんでしょ?」
莉央の問いかけに頷く。
都内の会場。その可能性は十分にある。
「り、理想は……会っても、背筋をピンと伸ばして、こう、堂々と、してたい」
「絶対できないでしょ、その感じ」
「やっぱそうかな」
莉央にじろりと見られて、しゅんとなる。
「とりあえず中ちょっと覗いてさ。それでまずは一歩ってことでいいんじゃない? 無理そうだったら、ゆっくりカフェでも入ろうよ」
「うん……莉央、ほんとにありがと」
「いや、そもそもこっちがちゃんと言ってなかったのが悪かったし……」
ためらいながらではあるけれど、莉央は了承してくれたようだ。
莉央が歩き始め、束の間、その後ろ姿を眺める。
(無理やり付き合わせちゃったな……)
自分の理想の姿とのギャップを埋めたくて、意地を張っているだけだ。
それは分かっていたが、でも、やっぱり逃げたくない。
道花は小走りで、莉央の隣に駆け寄った。
野々木体育館に近づくと、道花は改めて、インカレだと気づきもしなかった自分がすごく恥ずかしくなってきた。
バスケットボールを持った選手のポスターがあちこちに貼られている。応援団や関係者らしき沢山の人、カメラマンにインタビューアーまで来ている。すごい盛り上がりだ。
道花も小学校からバスケをしていて、当然プロを夢見た時もある。インカレがどういうものかも知っているつもりでいた。でも、実際に現地に来ると想像以上だ。どれほど熱量高く、注目されているものなのかを実感する。
(こんなに人がいるなら、誰も私になんて気づかないな)
そう思うと、少し気持ちが楽になってきた。
中に入ると、チケットの提示と入場チェック。通路を進み体育館へ入った瞬間、圧倒された。
――すごい。
息を呑むほど広い会場の上部には、大きなディスプレイが設置されている。そこに流れるテレビCMのようなプロモーション動画。眩しい照明に照らし出されるコート。複数のチームが、事前のウォーミングアップを行っている。
――これが、インカレ。
しばらく瞬きも忘れていた。
大学バスケという言葉だけでは想像できなかった。
(これほど、プロを感じさせる大会なんだ)
懐かしい。でも自分の知らないバスケの世界に、目の前がキラキラと輝く。一瞬、辛かったあの頃をすっかり忘れるくらいに、華やかな世界に魅了された。
