武智大学には学食が三つある。そのうち二つは割と男子向けというか、アスリートでも満足できそうなガッツリメニュー。道花が莉央たちとよく行くのは、残り一つのカフェテリアだ。理由は、ボリュームがちょうどいいからというのもあるし、窓際の席に座ると住宅地が見下ろせて、少しお洒落な気分になれるのもある。

「莉央が言ってた試合って、明後日だったよね?」

 日替わりランチのエビフライを口に運ぶ途中で止め、道花は正面でオムライスを頬張る莉央に尋ねた。

「あ、そうそう。えっ、もう明後日? こわっ」

 カレンダーを確認して愕然とする莉央に吹き出す。日々が一瞬で過ぎていくのに驚く気持ちはよく分かる。

「ごめんごめん、あれ、私チケット渡したっけ?」
「もらってないよ」
「やばっ」

 莉央は慌てて鞄を探る。

「ないわ、ごめん。当日ちゃんと持っていくから!」

 必死すぎる姿だけを見れば不安になりそうだが、莉央は意外としっかりしている。そう言って当日忘れたりはしないだろう。

「ぜんぜんいいよ。むしろお金、ほんとによかったの?」
「いい、いい。お姉ちゃんも貰ってくれてありがとって言ってたし」
「結婚式の打ち合わせ? だっけ」
「そう。仕事しながらだと調整がめっちゃ難しいらしくて」
「へぇ~」

 莉央の五つ上で社会人のお姉さんは、来年の春に結婚式を挙げるらしい。その準備が佳境で、行こうと思っていた大学バレーの試合に行けなくなってしまったそうだ。

「そうだ、推し選手のことめっちゃ説明されたんだけど、聞く?」
「いや、待って。当日自分の目で見たいかも」

 莉央の言葉に、顔の前に手を出して待ったをかける。

「だよね。道花はそう言うと思った」
「なにそれ」

 また、自分以外に自分のことを理解されている時の、少しの違和感。でも西宮の言葉を思い出して、いつもよりはざわめかなかった。

「せっかくだから先入観なく見たいんだよね」
「分かる」
「莉央のお姉ちゃんの推しも当ててみたいな」
「めっちゃ分かりやすいと思うよ」

 お姉さんには一度会ったことがあるのだが、早口で推し選手について捲し立てる勢いが簡単に想像できる。

(大学バレーかぁ)

 道花も、高校の時バレー部とは同じ体育館を使っていたから、練習や試合をちらっと見たことはある。でも、莉央が高校の時バレー部でなかったら、こんな機会もなかっただろう。
 口には出さないけれど、合コンよりもずっと楽しみだ。

*

 莉央と約束をした、日曜日当日。試合開始は十二時過ぎらしい。

「お待たせ~!」

 初めて降りる駅で、駆け寄ってきた莉央に手を振る。ライブも行われる大きな体育館が会場らしく、駅の天井には試合やライブの告知のポスターが貼られてある。

野々木(ののぎ)体育館だよね」
「そう、えーっと、四番出口から出て……」

 莉央のスマホの地図アプリを一緒に覗き込む。矢印が指すほうを見ると、ジャージを着た人たちが何人か、同じ方向に歩いて行く。

「あ、そうそう、これチケット! ちゃんと持ってきたよ!」
「ありがとう!」

 誇らしげに言う莉央にお礼を言いながら受け取り、それに目を落とした瞬間。

「え」
「うん? どした?」

 道花は、動けなくなった。

「道花?」
「莉央……」

 呆然と顔を上げて、辺りを見渡す。
 どうして気づかなかったんだろう。
 前を行く人のスポーツバッグにも、駅の天井に釣られたポスターにも、書いてある。

「今日の試合って、バスケ……?」

 答えが分かりながら尋ねた声は、少し掠れてしまっていた。
 莉央がはっとなる。

「えっ! 私言ってなかった!?」
「言ってなかったけど、でも、私も、聞かなかった」

 だから、莉央だけを責められない。莉央がバレー部だったから、勝手にそう思い込んでいたのだ。
 立ちすくむ道花のそばを、「basketball」、「籠球」と書かれたジャージを着た人たちが通り過ぎていく。

 ――どうしよう。

 血の気が引いているのが自分でも分かる。バスケを避けてはいたけれど、だからといって、バスケに近づいただけで自分がこんなふうになるとは思わなかった。

「顔色悪い。ごめん、道花ってバスケ部だった……よね? 興味あるかなって勝手に思って誘っちゃった」

 莉央がおろおろしていて申し訳なさすぎる。落ち着こうと深呼吸した。

「そうだよね。いや、莉央はほんとに悪くない」

 首を横に振る。莉央を慌てさせているのも変な話だし、何より、自分がこれだけ立ち直れていないことを突きつけられて嫌になる。

「実は高校の部活、トラブってやめちゃってさ」
「えっ」

 莉央が息を呑む。大学でできた友人には、まだ誰にも伝えられていないことだ。

「怪我とか? え? トラブル?」
「私、キャプテンだったんだけどね。それが気に入らない子がいて、いろいろ上手くいかなくなって」

 その先は、本当は言いたくなかった。でも、言わないと話が進まない。