「久しぶり~!」

 道花は、待ち合わせしていたお店の前で詩織に駆け寄った。頻度は少なくはなったけれど、詩織とのランチは欠かしていない。

「内定おめでと~!」

 就職活動で真っ黒に染めていた詩織の髪は、その反動かのように、綺麗なパールピンクになっていた。

「ありがと! はい、これ、こないだのお土産!」

 詩織は、旅行代理店への就職が決まったそうだ。卒業論文もそこまで厳しくない学部だから、残りの学生生活は遊びまくると決めているらしい。先日海外に行ってきたお土産をどさりと渡される。

「えーっと、これが災いが降りかかると身代わりに割れるお守りで~、こっちは何か悪いことが起きると実がとれていくっていうお守りで~」
「ちょっと待って。めっちゃ災いが起こる前提で買ってくるじゃん」

 ありがたい。でも、詩織が私をどういう目で見ているのか心配になってくる。

「備えるに越したことないから。持っときなよ」
「う、うん……」

 若干腑に落ちないけれど、ありがたく受け取っておいた。この、国も文化も違うお守りを一緒に持っているのは大丈夫なのか、少し気になるけれど。

「詩織もいよいよ社会人かぁ~」
「仕事って何するんだろ。なんっもわかんないんだけど」

 そう言ってけらけらと笑ってみせる詩織だが、道花には、彼女がお客さんや子どもたち相手に元気に働いている姿が鮮明に思い浮かぶ。

「道花は大学院に進むの?」
「うーん、多分……」

 ちょっとだけ、社会人になる詩織を前に言うのは恥ずかしいような気がした。モラトリアムを延長しているようで。実際に、親にもまだまだ負担をかけてしまうし。

「研究向いてると思うよ。ていうか、今でも土日関係なく研究室にいるでしょ。私にはできないな」

 詩織の言葉に、たしかに、と思う。研究室にいると、気づけば時間が過ぎていってしまう。

「どうしてるんだろ、十年後……いや、五年後?」
「どうだろうねぇ」

 詩織と一緒に空を眺めて、少しだけ、あったらいいなという未来が頭に浮かんだ。

 ――バスケットボールのプロリーグの大会。会場内にアナウンスが流れている。

『スターティングメンバ―に選出された水上舷選手は、先日アメリカから戻ってきたところで――』

 それを聞きながら、道花は段ボールを抱え、関係者通路を進む。

「お疲れ様でーす」

 関係者パスを首から下げ、スタッフにぺこりと頭を下げ、ドアの中に入って行く。

「株式会社――の広瀬です」
「あ、広瀬さん、お疲れ様」

 コーチの男性は、道花を見ると表情を和らげてくれた。

「もう、中入っても大丈夫ですかね」
「うん、いいと思うよ。水上?」
「はい、あと若葉選手にもヒアリングさせていただきたくて」

 コン、コン、とドアをノックすると、中から何人かの声が応える。

「失礼します」
「あ、広瀬さんだ」

 試合終わりだが、元気いっぱいという様子の選手の顔がこちらを向き、こちらも笑顔になる。

「リーグ突破、おめでとうございます」
「いやー、やばかったわ。めっちゃ疲れた」
「若葉さん、ステップに磨きがかかってましたね」

 若葉にそう言うと、彼の表情がぱあっと明るくなった。

「あ、うれしー、分かる? そこ課題だったんだよね。トレーニングも変えてさぁ。あ、これって――さんの新しいシューズ?」
「そうなんですよ。私も開発に関わったんで、ぜひおすすめしたくて」
「広瀬さんが言うなら、ほんとにいいシューズってことだ」

 そう言ってもらえる喜びを噛み締めていると、後ろから影が落ちる。

「おつかれ」

 振り返ると、嬉しそうに目を細めて、舷が立っていた。あの頃とは、顔つきがずいぶん違う。引き締まって、色々経験して、また一つ大人になった顔。

「おめでとうございます。水上選手、調子よさそうですね」
「ああ」

 でも、こちらに向ける嬉しそうな表情はあの頃のままだ。自分だけの宝物のようで、それを嬉しく思う。

「そういえば」

 シューズのフィッティングをしながら、舷が口を開いた。

「クラブで指導してた加藤、覚えてるか?」
「うん!」

 突然飛び出した名前に顔を上げると、自分のことのように誇らしげな舷の顔がある。

「今度、スポーツ推薦で立誠大学に入学するらしい」
「うそっ!」

 すごい。あの時の小学生が、大学生? 時の流れに驚くのもあるけれど、あの時のあの子が、一直線に夢を見て歩み続けていることに胸が弾む。

「また、一緒に会いに行こう」

 舷の優しい笑顔に頷いた――。




 少し先に、そんな未来が待っている。でも、今の私は、まだそれを知らない。
 希望に満ちた気持ちで、街並みに目をやる。
 忙しいけれど、前を向いて輝く日々。
 変わらない、変わっていく。迷いはあっても、もう、後悔することはない。