「頑張って」
詩織と、そして莉央と紬。詩織は二人と初対面だけれど、三人はその日、近くまで一緒に来てくれた。
「なんか、人数が必要そうだったら駆けつけるから」
「ありがとう」
勢いのある詩織の言葉が心強い。少し離れたところで父が待っていて、三人の視線を感じたのか、ぺこりと頭を下げた。
「似てるね」
「え、やだ」
紬の言葉に、反射でそう答えてしまう。詩織と莉央が吹き出して、ちょっとだけ緊張が解けた。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。終わって、会いたかったら連絡ちょうだい。会いたくなかったら連絡なしでほっといていいからね。三人で適当に遊んで帰る」
「ありがとう」
莉央のサバサバとした気遣いがありがたい。今日、何が起こるのか、終わったあと自分がどうなっているか、本当に分からない。
「そろそろ行こう」
「うん」
三人に手を振って、父と歩き始めた。
舷と本庄監督がどう動いてくれたのか分からないが、今日は、結衣の通う文城大学の一室を借りるそうだった。大学を通して、彼女と親を呼び出したらしい。
大学の構内に入ると、緊張がぐんと高まった。先に結衣に偶然会う可能性だってある。そう思うと、心臓がばくばくと音を立て始める。
「えっと、こっちだよな」
「事務センターだったから、うん、合ってる」
いつもの頼りなさげな父の声が不安を駆り立てるような、逆に、力が抜けてありがたいような。
構内に掲示されている地図で確認してそちらに進むと、本庄監督と舷が立っているのが見えた。
「先日に続き、どうも」
「どうぞ宜しくお願いします。まぁその……前回よりは、ちょっと大変かもしれませんが」
「そうですね」
二人の大人が苦笑いし合っていて、道花の緊張も高まる。舷を見ると、さすがというか堂々としたまま、こくりと頷いた。
本庄監督が受付に声をかけると、女性が一人出てきてくれた。
「こちらの部屋を使ってください。えっと、何かあればお声かけいただけたら」
「ありがとうございます」
大学の人は同席せず、この場所を提供するだけのようだ。
前と同じ並びで中のパイプ椅子に座り、また監督と父の世間話を聞きながら、何度も唾を飲み込んで、しばらくした時だった。
――てか、なんなの話って!
――いいから入りなさい!
扉の向こうから聞こえた声に、身体がびくりとなった。
「大丈夫か?」
舷の言葉に、机をまっすぐ見て頷く。
怖い。でも、私には味方がいる。大丈夫。そう言い聞かせる。
今聞こえた声は、片方は結衣のものだった。では、もう一人は母親だろうか。
「なんか揉めてますね。外に出たほうがいいかな」
「そう、ですね。誰が中にいるか分からないよりは、入室を促しやすいかも」
「じゃあ、私が」
本庄監督が父の了解を得て外に出る。
三人が話す声がする。監督がどう話をしたのか、結衣の声が心なしか落ち着いたようだ。そして、再び扉が開いた。
「え、舷くん? ……は?」
「いいから、止まらないで」
結衣は舷を見ると一オクターブ高い声を出し、そして、道花を見つけると、別人のように顔を歪めた。後ろから、辛そうに眉を寄せ、見るからに恐縮している、スーツを着た女性が入ってくる。
(あれが、結衣の……)
「まじで、なんなのこれ」
「彼女にはお話されてないんですね」
「すみません、話すと、絶対来たくないと言いそうだったので」
監督の言葉に、結衣の母親は縮こまるように背中を丸めて、申し訳なさそうに言った。強引なやり方だとしても、こうして連れてきてくれたということは、こちらへの理解はあると思っていいのだろうか。
結衣が入ってきてからずっと、その視線が道花にぐさぐさと突き刺さっていた。どうしてお前が舷くんの隣に座っているんだ、この場はなんだ。全ての憎しみが自分に向けられているように感じる。
「尾澤結衣さん、ですね。今日はなんでここに呼ばれたのか、心当たりはありそうかな?」
「いや、わかんないです」
本庄監督がいてくれて、本当に良かったと思った。普段おおらかな父の顔にもはっきりとした不快感が浮かんでいて、監督がいなければ、冷静に話が進められたか分からない。
結衣はふてぶてしい態度で首を振る。
バレているとは夢にも思っていないのだろうか。怒りで、拳をぎゅっと握り締めた。
「じゃあ、手っ取り早くお伝えしたほうがいいかな」
本庄監督はそう言うと、この間大学バスケ協会にも提出した書類を結衣の前に置いた。先日のものとは違い、大学名や研究室名が出ないように、一部黒塗りされている。
結衣は怪訝そうに目を近づける。その顔が、一瞬でさっと青ざめた。
「立誠大学の水上に対するこれらの行為、それから、広瀬さんに対するSNSの書き込み、大学へのメール送信を行ったのは君だね」
「ち、違います!」
ぶんぶんと首を振る結衣の顔は、明らかに引きつっている。
嘘だ。そう言いたかったけれど、ぐっと堪えた。
「え、これって冤罪ってやつですよね。私、ほんとに心当たりありません!」
詩織と、そして莉央と紬。詩織は二人と初対面だけれど、三人はその日、近くまで一緒に来てくれた。
「なんか、人数が必要そうだったら駆けつけるから」
「ありがとう」
勢いのある詩織の言葉が心強い。少し離れたところで父が待っていて、三人の視線を感じたのか、ぺこりと頭を下げた。
「似てるね」
「え、やだ」
紬の言葉に、反射でそう答えてしまう。詩織と莉央が吹き出して、ちょっとだけ緊張が解けた。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。終わって、会いたかったら連絡ちょうだい。会いたくなかったら連絡なしでほっといていいからね。三人で適当に遊んで帰る」
「ありがとう」
莉央のサバサバとした気遣いがありがたい。今日、何が起こるのか、終わったあと自分がどうなっているか、本当に分からない。
「そろそろ行こう」
「うん」
三人に手を振って、父と歩き始めた。
舷と本庄監督がどう動いてくれたのか分からないが、今日は、結衣の通う文城大学の一室を借りるそうだった。大学を通して、彼女と親を呼び出したらしい。
大学の構内に入ると、緊張がぐんと高まった。先に結衣に偶然会う可能性だってある。そう思うと、心臓がばくばくと音を立て始める。
「えっと、こっちだよな」
「事務センターだったから、うん、合ってる」
いつもの頼りなさげな父の声が不安を駆り立てるような、逆に、力が抜けてありがたいような。
構内に掲示されている地図で確認してそちらに進むと、本庄監督と舷が立っているのが見えた。
「先日に続き、どうも」
「どうぞ宜しくお願いします。まぁその……前回よりは、ちょっと大変かもしれませんが」
「そうですね」
二人の大人が苦笑いし合っていて、道花の緊張も高まる。舷を見ると、さすがというか堂々としたまま、こくりと頷いた。
本庄監督が受付に声をかけると、女性が一人出てきてくれた。
「こちらの部屋を使ってください。えっと、何かあればお声かけいただけたら」
「ありがとうございます」
大学の人は同席せず、この場所を提供するだけのようだ。
前と同じ並びで中のパイプ椅子に座り、また監督と父の世間話を聞きながら、何度も唾を飲み込んで、しばらくした時だった。
――てか、なんなの話って!
――いいから入りなさい!
扉の向こうから聞こえた声に、身体がびくりとなった。
「大丈夫か?」
舷の言葉に、机をまっすぐ見て頷く。
怖い。でも、私には味方がいる。大丈夫。そう言い聞かせる。
今聞こえた声は、片方は結衣のものだった。では、もう一人は母親だろうか。
「なんか揉めてますね。外に出たほうがいいかな」
「そう、ですね。誰が中にいるか分からないよりは、入室を促しやすいかも」
「じゃあ、私が」
本庄監督が父の了解を得て外に出る。
三人が話す声がする。監督がどう話をしたのか、結衣の声が心なしか落ち着いたようだ。そして、再び扉が開いた。
「え、舷くん? ……は?」
「いいから、止まらないで」
結衣は舷を見ると一オクターブ高い声を出し、そして、道花を見つけると、別人のように顔を歪めた。後ろから、辛そうに眉を寄せ、見るからに恐縮している、スーツを着た女性が入ってくる。
(あれが、結衣の……)
「まじで、なんなのこれ」
「彼女にはお話されてないんですね」
「すみません、話すと、絶対来たくないと言いそうだったので」
監督の言葉に、結衣の母親は縮こまるように背中を丸めて、申し訳なさそうに言った。強引なやり方だとしても、こうして連れてきてくれたということは、こちらへの理解はあると思っていいのだろうか。
結衣が入ってきてからずっと、その視線が道花にぐさぐさと突き刺さっていた。どうしてお前が舷くんの隣に座っているんだ、この場はなんだ。全ての憎しみが自分に向けられているように感じる。
「尾澤結衣さん、ですね。今日はなんでここに呼ばれたのか、心当たりはありそうかな?」
「いや、わかんないです」
本庄監督がいてくれて、本当に良かったと思った。普段おおらかな父の顔にもはっきりとした不快感が浮かんでいて、監督がいなければ、冷静に話が進められたか分からない。
結衣はふてぶてしい態度で首を振る。
バレているとは夢にも思っていないのだろうか。怒りで、拳をぎゅっと握り締めた。
「じゃあ、手っ取り早くお伝えしたほうがいいかな」
本庄監督はそう言うと、この間大学バスケ協会にも提出した書類を結衣の前に置いた。先日のものとは違い、大学名や研究室名が出ないように、一部黒塗りされている。
結衣は怪訝そうに目を近づける。その顔が、一瞬でさっと青ざめた。
「立誠大学の水上に対するこれらの行為、それから、広瀬さんに対するSNSの書き込み、大学へのメール送信を行ったのは君だね」
「ち、違います!」
ぶんぶんと首を振る結衣の顔は、明らかに引きつっている。
嘘だ。そう言いたかったけれど、ぐっと堪えた。
「え、これって冤罪ってやつですよね。私、ほんとに心当たりありません!」
