「でもこれ読んでると、水上くんに対しては、ごめんね、語弊があるかもしれないけど、よくある話じゃない。君たちはこう、お付き合いしてるわけではないん、だよね?」
「渡辺さん、それは」

 もう一人が止めようとするが、あくまでポーズで、本音は聞きたいように見える。
 その視線が、舷と、道花のほうにも向いた。

「違います」

 言葉を発したのは、道花のほうが早かった。自分の声が思ったより通って、心臓が跳ねる。向こうも、一瞬気圧されたように目を瞬かせたが、気を取り直したように言った。

「そうなると、どうして君にもここまで攻撃が向いちゃうのかな」

 そこで、ようやく道花は気づいた。一気にもやもやとした気持ちになる。これは、道花にも原因があるのではないか、と言われているのだ。

「この子は、バスケも勉強にも真面目に取り組む子です。この子に否はないと断言できます」

 その時、父の毅然とした声が響いた。力強い声に、心の中に、ぽっと明かりが灯ったような気持ちになる。
 でも、向こうはまだ納得したわけではないようだ。親はみんなそう言うんだよ、とでも言いたげな、生ぬるい笑み。

「わ、私は」

 どもってしまったけれど、勇気を出して口を開いた。自分のことなのに、ここで黙っているのは耐えられない。

「彼女――尾澤結衣ではなく、私がキャプテンになったことと、プロになる可能性もある水上くんと今でも交流があることに嫉妬してる、んじゃないかと思います」

 たどたどしくだけれど、言い切る。もっと言うべきことがあった気がするけれど、何も思いつかなくて悔しくなる。

「まぁ、思春期の間違いの一つなのかなぁ」

 渡辺、と呼ばれた人が言った言葉に唇を噛み締めた。私の苦しみは、そんな言葉一つで納得されるようなことなのだろうか。

「すいません、僕からもいいですか」

 その時。舷が、隣で手を挙げた。
 視線が一気に舷に向く。何を言うつもりなのかと、道花の心臓は跳ねた。

「広瀬は、俺がバスケを続けてきたきっかけになった人です。選手を見て、その成長をさせるためのアドバイス、課題が瞬時に浮かび、本人に適切に伝えることができる」

 道花は目を見開いた。まさか、そんなことを言い出すとは夢にも思っていなかったのだ。

「どの道に進んでも、広瀬に指導してもらった人は、きっと救われます。今後の日本のバスケットボ―ル界に必要な人だと思っています。尾澤はおそらく、そこに嫉妬してる。自分には、手の届かない才能に」

 しんと、沈黙が落ちた。おそるおそる顔を上げると、前に座る二人と、それから父も、ぽかんとした表情で舷を見ている。恥ずかしい。
 ごほん、と咳払いが鳴った。

「熱い言葉をありがとう」

 茶化すような言葉に、ますます顔が熱くなる。おそらくこの部屋で今照れていないのは、きっと舷だけだ。

「……今後の動きと、誓約書についても承知しました。またその後の動向だけ、共有していただけますか」
「はい」
「ありがとうございます」

 なぜか恥じらうようなおじさん二人が、表情を引き締めるようにそう言うと、監督と父が返事をした。
 また、元の雰囲気に戻る。

(これで、終わり……?)

 不快なことはなかったとは言えないが、なんだか、あっけない終わりだった。きっと、話し合いは成功ということでいいのだろう。
 道花はほとんど何もしてない。舷が本庄監督と、事前にそうなるよう、念入りに準備と根回しをしてくれたのだ。



「あれ、言う必要、あった?」

 監督と舷にお礼を言ったあと、父は仕事があると言って駅に向かって行った。監督も車を停めているらしくパーキングへ。改めて舷と二人きりになると、気が抜けたのもあって、まずそれを突っ込みたくなった。舷はじろりとこちらを見る。

「あっただろ。誰も、バスケに関してお前のことを分かってる人間がいなかった」
「それは……」

 そうだけど。実を言うとちょっと責めたい気持ちがあったのが、舷があまりにも堂々としているので、こちらが圧倒されてしまう。

「道花」

 舷が言い聞かせるような声を出した。

「今後、お前がどの道に進むとしても、お前は自分の才能を信じてほしい」

 出てきた言葉に、一瞬、周囲の音が聞こえなくなった気がした。
 舷の真摯な目だけがこちらを向いている。道花の才能を、おそらく道花よりも信じてくれている目。

「……うん」

 舷は道花が頷くのを確認して、よし、というように頷いた。

「……じゃあ、俺ももう行く」
「うん、ほんとにありがとう」

 次に会うのは、彼女と対面する場になる。今日みたいに穏やかには終わらないだろう。

 去っていく背中は広く、頼もしかった。
 絶対になんとかするという気持ちが、その背中から伝わってきた。