リビングには、重々しい沈黙が下りていた。
道花はテーブルに座り、俯いて二人の反応を待つ。
正面には母と、その隣に父。今道花は、先日舷と、そしてその後立誠大学の監督とも会って打ち合わせした内容を、両親に伝えたところだ。まさか久しぶりにするバスケの話が、こんな内容になるとは思わなかった。
もしかしたらまた、スポーツから離れろと言われるかもしれない。勇気がなくて顔が見られないが、二人から伝わって来る雰囲気はそう思わせた。だが。
「俺が行こう」
「えっ」
「お父さん」
沈黙を破ったのは、どこかあっけらかんとした父の声だった。
「なんで道花までびっくりするんだよ」
父は不満そうだけれど、正直、そりゃそうだろう、と言いたくなった。
父は母に比べてこれまで、バスケや進路のことにほとんど口を出してこなかった。高校の時もそうだ。道花がキャプテンを、そして部活を辞めることは母が伝えたはずだけれど、父とその話をした記憶はない。
「あんまり大人の汚い世界を伝えたくはないが……そういうのは、男親が行ったほうがいい。そのほうが、向こうも真剣に話を進めると思う」
「全然隠せてないけど」
呆れたように母がツッコミを入れる。父のおかげで、さっきとはけた違いに空気が明るくなった。母と二人だと、こうはいかなかっただろう。
「いいの?」
「ここで何もしなかったら、多分一生後悔するだろ。道花がもういいと思えるまでやろう」
もう一度父に確かめると、予想以上に力強い返事が返ってきた。
「え、なに、その顔……」
自分でもちょっとかっこつけたつもりだったみたいだ。父が道花の顔を見て悲しそうに言った。
こんなに頼りになるとは思わなかった、と思っていたのがバレたかもしれない。
これまで父が母に、道花の好きにやらせたらいいんじゃないか、と言っているのは何度か聞いたことはある。それが、本気で応援しているのか、あまり踏み込むと面倒くさいからなのか、道花にも計りかねていたところがあった。でも後者ではなかったらしい。
「お父さんが楽観的だから言うけど、嫌な思いをすることにはなるよ。道花こそ、いいの?」
珍しく、ほとんど口を出さなかった母が身を乗り出した。さっきから母がどう思っているのか気になっていたから、思ったより前向きな言葉が出てきてほっとする。
「大丈夫……かは分からないけど、それでも、やれるだけやりたいと思う」
もちろん、不安だ。でも、このまま泣き寝入りはしたくない。
「分かった」
母が溜め息と一緒にそう言って、父も頷いた。
これで一段階クリアだと思うと、肩の力が抜けた。
「道花」
だがそこで、母がもう一度硬い声で呼ぶから、心臓が跳ねた。なんとなく、その先は分かる。きっと、前も聞いたことのある、あの言葉だ。
「何度も言うけど、スポーツから離れることはいつでもできる。それは逃げじゃない。スポーツなんて狭い世界に、ずっと固執する必要はないからね」
「うん、わかってる」
ありがたい言葉だ。道花を思いやって、逃げ場をくれる言葉。
それでも、やっぱり道花の答えは変わらない。道花がやりたいと思えることは、やっぱりこの世界にしかない。スポーツから離れるという選択肢は、こんな状況になっても思い浮かばなかった。
小学校の時から、ほぼ毎日送迎をしてもらって、栄養満点のお弁当も用意してもらった。シューズもユニフォームも練習用のボールも、必要なものは何不自由なく揃えてもらった。一度もそれに文句すら言われたこともない。それは、当たり前のことじゃない。
「ありがとう」
心配かけて、本当にごめん。
口に出して謝るべきだったのかもしれないけれど、そうしてしまうと、二人は悲しい顔をする気がした。なんのしがらみもなく、きらきらした目で前を向いている姿を見せるのが、多分、何より恩返しになる。
申し訳ないし、情けないし、自分の未熟さを突きつけられて、嫌になる。
でも、それを受け止めて、助けてもらって、進む。これが、今の私だ。
認めるしかない。
道花はテーブルに座り、俯いて二人の反応を待つ。
正面には母と、その隣に父。今道花は、先日舷と、そしてその後立誠大学の監督とも会って打ち合わせした内容を、両親に伝えたところだ。まさか久しぶりにするバスケの話が、こんな内容になるとは思わなかった。
もしかしたらまた、スポーツから離れろと言われるかもしれない。勇気がなくて顔が見られないが、二人から伝わって来る雰囲気はそう思わせた。だが。
「俺が行こう」
「えっ」
「お父さん」
沈黙を破ったのは、どこかあっけらかんとした父の声だった。
「なんで道花までびっくりするんだよ」
父は不満そうだけれど、正直、そりゃそうだろう、と言いたくなった。
父は母に比べてこれまで、バスケや進路のことにほとんど口を出してこなかった。高校の時もそうだ。道花がキャプテンを、そして部活を辞めることは母が伝えたはずだけれど、父とその話をした記憶はない。
「あんまり大人の汚い世界を伝えたくはないが……そういうのは、男親が行ったほうがいい。そのほうが、向こうも真剣に話を進めると思う」
「全然隠せてないけど」
呆れたように母がツッコミを入れる。父のおかげで、さっきとはけた違いに空気が明るくなった。母と二人だと、こうはいかなかっただろう。
「いいの?」
「ここで何もしなかったら、多分一生後悔するだろ。道花がもういいと思えるまでやろう」
もう一度父に確かめると、予想以上に力強い返事が返ってきた。
「え、なに、その顔……」
自分でもちょっとかっこつけたつもりだったみたいだ。父が道花の顔を見て悲しそうに言った。
こんなに頼りになるとは思わなかった、と思っていたのがバレたかもしれない。
これまで父が母に、道花の好きにやらせたらいいんじゃないか、と言っているのは何度か聞いたことはある。それが、本気で応援しているのか、あまり踏み込むと面倒くさいからなのか、道花にも計りかねていたところがあった。でも後者ではなかったらしい。
「お父さんが楽観的だから言うけど、嫌な思いをすることにはなるよ。道花こそ、いいの?」
珍しく、ほとんど口を出さなかった母が身を乗り出した。さっきから母がどう思っているのか気になっていたから、思ったより前向きな言葉が出てきてほっとする。
「大丈夫……かは分からないけど、それでも、やれるだけやりたいと思う」
もちろん、不安だ。でも、このまま泣き寝入りはしたくない。
「分かった」
母が溜め息と一緒にそう言って、父も頷いた。
これで一段階クリアだと思うと、肩の力が抜けた。
「道花」
だがそこで、母がもう一度硬い声で呼ぶから、心臓が跳ねた。なんとなく、その先は分かる。きっと、前も聞いたことのある、あの言葉だ。
「何度も言うけど、スポーツから離れることはいつでもできる。それは逃げじゃない。スポーツなんて狭い世界に、ずっと固執する必要はないからね」
「うん、わかってる」
ありがたい言葉だ。道花を思いやって、逃げ場をくれる言葉。
それでも、やっぱり道花の答えは変わらない。道花がやりたいと思えることは、やっぱりこの世界にしかない。スポーツから離れるという選択肢は、こんな状況になっても思い浮かばなかった。
小学校の時から、ほぼ毎日送迎をしてもらって、栄養満点のお弁当も用意してもらった。シューズもユニフォームも練習用のボールも、必要なものは何不自由なく揃えてもらった。一度もそれに文句すら言われたこともない。それは、当たり前のことじゃない。
「ありがとう」
心配かけて、本当にごめん。
口に出して謝るべきだったのかもしれないけれど、そうしてしまうと、二人は悲しい顔をする気がした。なんのしがらみもなく、きらきらした目で前を向いている姿を見せるのが、多分、何より恩返しになる。
申し訳ないし、情けないし、自分の未熟さを突きつけられて、嫌になる。
でも、それを受け止めて、助けてもらって、進む。これが、今の私だ。
認めるしかない。
