「どう? 続けてみて、負担になってない?」
「全然大丈夫です。忘れかけてたものを思い出せて、むしろありがたいっていうか」
「あー、分かるよ。心が綺麗になるよね」
道花は、コーチ陣での打ち上げに初めて参加していた。お酒が入っているからか、隣に座る山口も、いつもより正直だ。以前はもっと頻繁に飲みに行っていたそうなのだが、舷と女の子たちの問題があって、こちらも一旦中止にしていたらしい。
「はい、カシスオレンジ」
「ありがとう。ふふ、なんか変な感じ」
「なんでも言うてくださいねぇ」
道花の前にお酒を置いてくれたのは西宮だ。
山口から、できれば貸し切りにできるいいお店を知らないかと聞かれて、道花は採用はされないだろうと思いつつ、自分のバイト先を紹介してみたのだった。
以前から店長夫妻に「団体で使うことがあったら声かけてね」と言われていたし、おそらく大学のサークルや合コンのように羽目を外しすぎることもないだろうという安心感からだった。結果、参加者の住まいからちょうど真ん中で都合がよく、こうして今日は客として席に座っている。
いつもは働く側の店内で、西宮に接客されながら飲み食いするのは少し照れくさくもあったが、せっかくなので初めてお酒を頼んでみた。二十歳になって三ヶ月くらい経つけれど、思い切れなくてまだ飲んだことはない。
目の前の、オレンジジュースとしか思えない液体に目をやる。こくりと一口飲んで、ぎゅっと口を引き結んだ。オレンジジュースに似ているが、苦い。これならジュースのほうがいいかも、と内心思う。
「そうなんですよ、道花とは中学から一緒で~」
詩織の、いつもよりワントーン高い声が聞こえてくる。道花はそもそも交流が苦手で、自分から他のコーチに話しかけにいくことはほとんどないが、詩織はほかの大学生の子たちとも仲が良さそうだった。流石だなと思いながら舷のほうを見ると、同じように、別の日に来ている女の子と話している。
「バスケ関係なんやな、今日」
「そう、小学生のバスケクラブのボランティアコーチの」
「偉いなぁ」
「もしかして君もバスケ経験者だったりする?」
「いや僕はサッカーなんですよ~」
山口がどんなチャンスも逃さないとばかりに西宮にそう尋ねて、西宮が残念そうに首を振っている。
二人の会話を聞いているのは楽しいけれど、道花は少し落ち着かなくなってきた。みんなそれぞれちゃんと交流してるのに。山口もきっと、気を遣って道花の隣に座っていてくれるのだろう。
「なんか落ち着かないな。料理出すの手伝おうかな」
「あかんあかん、ちゃんとお客さんしといて」
「待って、俺と話すの嫌?」
「違います!」
山口が愕然とした表情で言うので、慌てて顔の前で手をぶんぶん振った。
でも、自分から何か話題が提供できるわけでもない。どうしたらいいか分からなくて、とりあえずグラスからもう一口お酒を飲んでみる。その時だった。
「悪い」
上から影が落ちてくる。続いて聞こえたぼそりとした声に顔を上げると、舷が申し訳なさそうな顔をして立っていた。なんだか心もとないというか……目が潤んでる?
「あ、もしかしてしんどい? じゃあ俺あっちいこうかな」
「すいません」
二人のやりとりについていけないうちに、すとん、と舷が隣に座った。
「え」
「ごめん、ちょっと、休憩」
舷と話していた子は、お手洗いに行ったのか席にはいなかった。山口がさっきまで舷のいた席に移る。
「もしかして、酔った?」
舷の目の下が少し赤くなっているのに気づいてそう尋ねた。舷はこくん、と頷く。なんだかいつもと違う。頼りなさげで、まるで子どもみたいだ。
気心が知れているから、道花の隣で休みにきたということだろうか。それにどこかむずむずした気持ちを抱きながら、水を差し出した。
「飲んだら?」
「ありがとう」
舷は差し出されたそれを素直に飲み、はぁっと息を吐く。
「舷、誕生日何月だっけ」
「五月」
「ああ、よかった、じゃあ大丈夫だね」
未成年飲酒なんてしてしまったら選手生命に関わる。舷に限って間違いはないと思うが、ほっと胸を撫で下ろした。
「そりゃ、そこはちゃんと、考えてる……」
そう言って力を抜いて椅子にもたれかかる姿に、なんとなく、さっきまで舷も少し背伸びをして頑張っていたのかなと思った。
「……」
「……」
だが、特に話すことがない。そして、今さら交流を深める相手でもない。周りの様子を見ながらまたお酒を一口飲む。そこでふと思い出した。
(あ、ある、話さないといけないこと)
これがお酒が回るということなのか、少し頭がぼんやりしていた。何を話すか準備ができているわけでもないけれど、なんとなく、このくらいのほうがいい気がする。
「こないだ、試合おめでとう、すごいよかった」
「……ざす」
先輩に言うみたいに頭を下げる舷がなんだかおかしい。
「全然大丈夫です。忘れかけてたものを思い出せて、むしろありがたいっていうか」
「あー、分かるよ。心が綺麗になるよね」
道花は、コーチ陣での打ち上げに初めて参加していた。お酒が入っているからか、隣に座る山口も、いつもより正直だ。以前はもっと頻繁に飲みに行っていたそうなのだが、舷と女の子たちの問題があって、こちらも一旦中止にしていたらしい。
「はい、カシスオレンジ」
「ありがとう。ふふ、なんか変な感じ」
「なんでも言うてくださいねぇ」
道花の前にお酒を置いてくれたのは西宮だ。
山口から、できれば貸し切りにできるいいお店を知らないかと聞かれて、道花は採用はされないだろうと思いつつ、自分のバイト先を紹介してみたのだった。
以前から店長夫妻に「団体で使うことがあったら声かけてね」と言われていたし、おそらく大学のサークルや合コンのように羽目を外しすぎることもないだろうという安心感からだった。結果、参加者の住まいからちょうど真ん中で都合がよく、こうして今日は客として席に座っている。
いつもは働く側の店内で、西宮に接客されながら飲み食いするのは少し照れくさくもあったが、せっかくなので初めてお酒を頼んでみた。二十歳になって三ヶ月くらい経つけれど、思い切れなくてまだ飲んだことはない。
目の前の、オレンジジュースとしか思えない液体に目をやる。こくりと一口飲んで、ぎゅっと口を引き結んだ。オレンジジュースに似ているが、苦い。これならジュースのほうがいいかも、と内心思う。
「そうなんですよ、道花とは中学から一緒で~」
詩織の、いつもよりワントーン高い声が聞こえてくる。道花はそもそも交流が苦手で、自分から他のコーチに話しかけにいくことはほとんどないが、詩織はほかの大学生の子たちとも仲が良さそうだった。流石だなと思いながら舷のほうを見ると、同じように、別の日に来ている女の子と話している。
「バスケ関係なんやな、今日」
「そう、小学生のバスケクラブのボランティアコーチの」
「偉いなぁ」
「もしかして君もバスケ経験者だったりする?」
「いや僕はサッカーなんですよ~」
山口がどんなチャンスも逃さないとばかりに西宮にそう尋ねて、西宮が残念そうに首を振っている。
二人の会話を聞いているのは楽しいけれど、道花は少し落ち着かなくなってきた。みんなそれぞれちゃんと交流してるのに。山口もきっと、気を遣って道花の隣に座っていてくれるのだろう。
「なんか落ち着かないな。料理出すの手伝おうかな」
「あかんあかん、ちゃんとお客さんしといて」
「待って、俺と話すの嫌?」
「違います!」
山口が愕然とした表情で言うので、慌てて顔の前で手をぶんぶん振った。
でも、自分から何か話題が提供できるわけでもない。どうしたらいいか分からなくて、とりあえずグラスからもう一口お酒を飲んでみる。その時だった。
「悪い」
上から影が落ちてくる。続いて聞こえたぼそりとした声に顔を上げると、舷が申し訳なさそうな顔をして立っていた。なんだか心もとないというか……目が潤んでる?
「あ、もしかしてしんどい? じゃあ俺あっちいこうかな」
「すいません」
二人のやりとりについていけないうちに、すとん、と舷が隣に座った。
「え」
「ごめん、ちょっと、休憩」
舷と話していた子は、お手洗いに行ったのか席にはいなかった。山口がさっきまで舷のいた席に移る。
「もしかして、酔った?」
舷の目の下が少し赤くなっているのに気づいてそう尋ねた。舷はこくん、と頷く。なんだかいつもと違う。頼りなさげで、まるで子どもみたいだ。
気心が知れているから、道花の隣で休みにきたということだろうか。それにどこかむずむずした気持ちを抱きながら、水を差し出した。
「飲んだら?」
「ありがとう」
舷は差し出されたそれを素直に飲み、はぁっと息を吐く。
「舷、誕生日何月だっけ」
「五月」
「ああ、よかった、じゃあ大丈夫だね」
未成年飲酒なんてしてしまったら選手生命に関わる。舷に限って間違いはないと思うが、ほっと胸を撫で下ろした。
「そりゃ、そこはちゃんと、考えてる……」
そう言って力を抜いて椅子にもたれかかる姿に、なんとなく、さっきまで舷も少し背伸びをして頑張っていたのかなと思った。
「……」
「……」
だが、特に話すことがない。そして、今さら交流を深める相手でもない。周りの様子を見ながらまたお酒を一口飲む。そこでふと思い出した。
(あ、ある、話さないといけないこと)
これがお酒が回るということなのか、少し頭がぼんやりしていた。何を話すか準備ができているわけでもないけれど、なんとなく、このくらいのほうがいい気がする。
「こないだ、試合おめでとう、すごいよかった」
「……ざす」
先輩に言うみたいに頭を下げる舷がなんだかおかしい。
