「性格わっる。ていうかなんなのその上から目線。あんたがイケてないからキャプテン下ろされそうになって、逃げただけじゃん!」

 通路に声が響き渡り、ちらちらと周りの人がこちらを見る気配がする。でも、こんなふうに言われたら、こっちだって止められない。

「あんたが自分がキャプテンになれなかったのを根に持って、練習メニュー無視したり性格悪い嫌がらせしたからでしょ」

 怒りでぐっと拳を握りしめる。罠にかかったとでもいうように、結衣がにやりと笑った。

「うっわ、人のせい? 香織、この人さぁ~」

 にやにやして隣の友人に耳打ちしようとする姿に高校の頃の光景が思い浮かんで、唇を噛み締める。
 その時だ。

「あんた、ほんとレベル低いね」
「は? え? 意味わかんないんだけど。ていうか誰」

 呆れたように言ったのは莉央だ。そうだ、そばに心強い味方がいた、と思い出す。

「性格悪すぎる~。ねぇいいの? こんなやつと一緒にいる必要ないと思うけど」

 紬は結衣ではなく、香織と呼ばれた子に向かって言った。彼女がびくっと肩を震わせる。

「あんたに関係ないじゃん!」
「ちょっと、すみません。どうされましたか」

 結衣が一層大きい耳障りな声を出したところで、男性が駆け寄ってきた。首からスタッフの名札を下げている。

「こちらでは試合を観に来た方の邪魔になりますので、えっと、会場内では、ちょっと」
「すみません」

 道花は、急激に我に返った。というか、周囲の光景がはっきりと目に入ってきた。ちらちらとこちらを見る好奇心一色の目、にやにやする顔、迷惑そうな顔。恥ずかしさと申し訳なさでかぁっと顔が熱くなる。でも、結衣はそこでも引かなかった。

「え、私この人たちに絡まれただけなんですけど。逆に注意してもらいたいです」
「うわぁ」

 紬が呆れて溜め息混じりの声を落とした。スタッフの人にまでそんな要望をするなんてありえない。まともにやり合わないほうがいい、と冷静になる。

「迷惑かけてすみません、もう帰ります。ごめんね、行こ」

 道花は男性に向かってぺこりと頭を下げ、莉央と紬と目を見合わせた。
 二人はまだ後ろを睨む……ではなく、威嚇している。

「あいつのせいで怒られたんだけど。うざっ」

 後ろから聞こえた声にまたいらっとさせられたけれど、もう振り返らないと決意していた。

「やばかったね」
「あれはやばい」

 結衣の声が聞こえなくなったあと、二人がそう言ったのに頷いた。そのまま歩いて、大学の構外に出てやっと、落ち着いて呼吸ができた。
 どっと、疲れた。

*

『舷くんにも言っといたら?』

 家に帰ると、三人のグループに、紬からそうメッセージが届いていた。

「うーん……」

 スマホを持ったままベッドに仰向けに寝転がる。

(どうしようかな……)

 画面を見ながら考えた。少なくとも、今日はやめておこう。結衣との言い合いで頭が興奮してしまっていて、自分でも整理できていない。たしかに、立誠大学の観覧席で起きたことだし、道花も、舷の耳には入れておいたほうがいいとは思う。でも、なんて?
 トラブルになったけど、道花は悪くないんだと結衣みたいに弁解する? 結衣がまた来るから気を付けろ? 道花からそれを言うのも、何か違う気がした。

(ちょっと前まで、舷に相談しようなんて思いもしなかったのに)

 不思議だ。決して時が止まっていたわけではないけれど、舷と再会してからいろいろなことが動き出したような気がする。
 いいことばかりじゃないし、舷と完全に歩み寄れたわけでもない。でも、大学に進学してから、いや、バスケ部を退部してから、ずっと霧の中にいるような気持ちだったから、目の前が開けていくような感覚はとても気持ちがいい。

 とりあえず、舷には次に会う時に話すことにした。内容はもう少しよく考えよう。そこで、ふと思った。

(そういえば舷って結局、女バスで起きたことをどこまで知ってるんだろ……?)

 おそらく高校の時、舷は女子バスケの中で起きている陰湿なやりとりには気づいていなかった。道花の性格が原因の、キャプテンとしてのマネジメント不足だと思っていただろう。それも、間違いではないけれど。

(あとから、詩織に聞いたのかもしれない)

 それだと、再会した時の舷の変化も頷ける。詩織にも結局、舷のことを聞けていないままだ。つい最近まで忘れて蓋をしておきたいと思っていたことなのに、今はそれに触れてみたくなっている。
 今度会った時、聞いてみよう。もう、そのための勇気は出せる気がする。

(今日、あんなみっともない言い合いができたんだもんね)

 思い出すと、少しおかしかった。無事にというと変だけれど、結衣に自分の態度を示せたという安心感からか瞼が重くて、道花の意識はそのまま睡魔に引っ張られていった。