「おっもしろかったぁ~」
「よかった」

 試合が終わると、紬は、呼吸をするのを忘れていたみたいに息を大きく吐いた。その様子が微笑ましい。バスケを楽しんでくれたことが伝わってきて、素直に嬉しい。

「道花も、前回より楽しそうでよかったわ」
「ありがとう……ごめんね、ほんとに」
「ぜーんぜん」

 莉央が気にしてくれていたことに申し訳なくなる。軽く手を振る莉央に感謝を込めて微笑んで、それから二人に聞いた。

「このあとどうする?」
「ごはん食べに行こうよ」
「いくいく!」

 インカレに比べると、出口が空くのを待たなければならないほどの人の多さではない。三人でそう言葉を交わして立ち上がって、出口に向かおうとした時だった。

「うわ」

 すぐ後ろから、女の子の声が聞こえた。ただ、やけに低くて、なんとなく、その声がこちらに向けられているような気がして振り返る。二つの大きな目が、はっきりとこちらを向いていた。

「……っ」

 尾澤結衣。高校の時も、そして、先日も逃げてしまった相手。茶髪を後ろでまとめて、キラキラとした女子大生になった顔がそこにあった。心臓がきゅうっと縮こまるようになる。でも、それは彼女には見えないはずだ。

「道花じゃん」
「結衣」
「なんで来てんの」

 もしかしたら、結衣も変わっているかもしれない。舷に再会してから何度か考えたことだった。あの頃は、お互いが未熟なためにぶつかりあっただけ。舷と同じように、結衣だって後悔しているかもしれない。
 その考えを、一瞬で捨てる。
 そんなことはなかった。

 ――こいつは、変わってない。

 吐き捨てるような言葉は小さかったけれど、はっきりと道花の耳に届いた。彼女が変わっていないと確信したのは、こんなふうに、相手が体勢を整える前に一気に悪意で畳みかけるようなやり方が、あの頃と全く同じだったからだ。声の出し方一つでもそう。相手が一瞬聞き間違いかと思う、でも必ず耳に届く絶妙ないやらしさ。懐かしくて嫌になる。

「あんたの許可がいるの?」
「……っ、はぁ?」

 目を逸らさずに、偉そうな声が出せた自分に満足した。高校の時は、そもそもこれが悪意なのか判断がつかなくて、初手で踏み込まれてしまった。あの頃の道花は、キャプテンという立場や部員のことでがんじがらめになって身動きがとれなかったからというのもある。でも、今は違う。

 結衣が気圧されたのが分かった。
 これで、十分だ。

「莉央、紬、いこ」

 隣の二人が結衣に向かって威嚇してくれていて、それがおかしくて少しだけ笑うことができた。結衣の反応には興味はないので、もうそちらは見ない。背を向けると、二人が顔を寄せてきた。

「あいつ?」
「あいつって。でも、そう」

 こそっと莉央が聞いてくる。お互い少ない言葉でも、何を言っているのか理解し合えるのがありがたい。気づけば、自分の手が少し震えていた。本当に嫌になる。

「今の、よかったよ」
「ふっ」

 紬が変なコメントを言うから、おかしくて笑ってしまう。だが、その時だ。

「ねぇ! ちょっと!」

 一瞬緩んだ気をもう一度引き締める。名前を呼ばれるまでは、絶対に振り返らない。

「ねぇ、道花!」

 痺れを切らしたようにやっとそう呼ばれて、わざと気だるそうに振り返った。

「何?」

 冷たく、吐き捨てるように返した。性格が悪いかもしれないけれど、一歩も引かないというパフォーマンスだから大目に見てほしい、と、誰にともなく言い訳をする。
 結衣はまたひるんだ。そして、そんな自分が悔しかったのか、ぐっと、踏ん張るような表情を見せる。

「あんた、今も、会ってんの? 舷くんと」
「結衣に関係ないよね」

 道花は鼻で笑ってみせた。高校の頃と違っていいところは、別に無視されようがなにしようが、道花の生活にはなんの影響もないということだ。もう、何一つ譲らない。
 結衣が無理やり口角を上げて笑みを浮かべて言った。

「ていうか、態度悪くない? なに、高校の時のこと根に持ってるってこと?」

 あえて声を大きくしたのは、莉央と紬に聞かせるためだろうか。
 腹の奥が煮えたぎっているみたいに熱くなる。でも、感情的になったら負けだ。声が震えそうになるのをぐっと抑えた。

「高校の時のこと? 先に言っとくけど、絶対謝らないでね」

 大人びた笑顔を意識して、淡々と。結衣の目が見開かれたところに、落とした。

「私があんたを許すことはないから」
「はぁ!?」

 結衣の顔が、かあっと赤くなる。