舷が観覧席に目を向けた理由が、道花を探すためだったかもしれないこと。こちらへ向けられた目が、一瞬ではあったけれど、とても嬉しそうだったこと。
それに気がつかないわけじゃない。
心臓はまだうるさく音を立てている。
からかわれるのも嫌で二人のほうを見られないでいると、またホイッスルが鳴った。
「あ、始まるのかな?」
二人の意識がそちらにいったことにほっとして、道花も顔を上げた。選手たちが監督の周りに集まっている。
「ちなみにおねぇの一京大学の推しは、中野選手らしい」
「すごいなお姉ちゃん、全大学の試合見てるの?」
「分かんないけど毎回すごい早口で説明してくる。中野選手はドライブが果敢でイイって言ってた」
「専門用語?」
紬がルールブックを出そうとするのを笑って止める。せっかく試合を見に来たのに、コートから目を逸らすともったいない。
「ドリブルでゴールに攻めていくこと、かな」
「へ~」
それぞれのチームが円陣を組み、掛け声を上げる。
中央に選手が集まり始めた。いよいよだ。
「始まるよ」
そう声を出した直後、ボールが高くトスされた。ジャンプボール。試合開始だ。
「あっ、えっ、はや!」
紬がそう声を上げたのは、早速立誠大学が駆け出し、そのままファーストシュートを決めたからだ。
「なんか早すぎてよく分からなかった! あっ、しかももう反対側に! あっ止められた!」
「落ち着いて」
「確かに展開は早いよね」
莉央が訳知り顔で頷く。
「あっ、舷くんだ」
舷にボールが渡った。なぜか、道花の心臓も跳ねる。
(いけ……!)
祈るように手を組みたいところだが、それを我慢して欄干を握りしめた。
「あっ、すごい一人で抜いて……あーっ、何いまの!」
紬の言葉が何よりも先に出てくるから笑ってしまう。シュートは無事に決まったが、決めたのは舷ではない。
「オシャレだったね」
「オシャレって言うよねバスケの人」
莉央の突っ込みに笑って、解説を待っている紬のほうを向いた。
「舷は今二人がかりでマークされてて、あのままゴールすると決まらないと思ったんじゃないかな。直前まで自分で行くと見せかけて、味方にパス」
「しかもなんか後ろでパスしてた。なにあれ」
「かっこよ~」
目をキラキラさせている紬の横顔を見て嬉しくなる。
「あっこれは知ってるぞ! スリーポイントってやつだ!」
「紬、ちょっと声抑えようか」
また舷がシュートを決めた。ボールが美しい弧を描き、すぱん、と音が鳴る。
周囲がくすくす笑っている気配がして、苦笑しつつ紬の背中をぽんと叩いた。微笑ましいけれど、これ以上ヒートアップして試合に影響が出ないようにしないと。
紬の向こうで真剣に試合を見ていた莉央が、こちらを向いた。
「なんか、前の試合と違うね、舷くん」
「うん」
道花は頷いた。インカレの時は、久々にバスケと舷の姿を見たせいで余裕がなかったけれど、それでも、あの時とは違うのが分かる。なぜだか、胸が熱くなる。
舷は、楽しそうだった。
正直、インカレの時よりもミスは多かった。針の穴を通すようなパスを出してみたり、おそらくまだ、チームでも試行錯誤しているフォーメーションを試してみたり、チャレンジが多い。でも決してヤケになっているという感じではなく、時には選手同士で笑顔で耳打ちし合っていて、雰囲気は悪くない。
案の定というか、スコアも立誠大学のリードだ。
「水上、めっちゃいいな」
後ろから聞こえた声に頷きたくなる。
舷が、観覧席を魅了していた。みんなの目が、舷に吸い寄せられる。
そして。
直後、ディフェンスも付いてこれないスピードで舷がシュートを決めた。観覧席からつい「おお」という溜め息が出るほどの速さ。シュートを決めた舷が振り返り、チームメイトに向けて、ふはっと笑顔を見せた。
きゃあ、と観覧席のどこかから声が聞こえた。
莉央と紬が胸を抑えている。
「ぐっ、今のは! 攻撃力が高い!」
「なんでこっち見るの」
「いや、間違ってもガチ恋しないようにと思って」
莉央と紬がなぜかこちらを恨めしそうに見てくるから、よく分からなくてスルーすることにした。先日の笑顔を見ていたぶん、道花にはまだ耐性はあったけれど、それでも心臓に悪い。まだ胸はきゅんと疼いている。
「あ、今のなに? なんかしたね!?」
「シザースカットっていうフォーメーションになるかと思うんだけど、今のは、まず舷が若葉くんにパスを出して、そのあとそばを通り過ぎる時に手渡しでパスを受けた。そのあとはディフェンスと一対一のプレーになる」
「ていうか道花もすごいな。これ考えてやってるわけ?」
「私は考えるのは好きだけど、身体がついてこない。今下でプレーしてる選手は、正直みんな化け物だね」
語弊はあるかもしれないけれど、そう返した。スポーツ選手にもいろいろ種類があって、とにかく身体が先に動くタイプもいれば、考えて冷静に分析して、それを動作に落とし込むタイプもいる。
自分に合ったやり方が一番だけれど、舷は後者。再現性が高く、ミスも少ない。
(きっと、舷はプロになる)
道花はそれを確信した。前、インカレで見た時よりも、ずっと強く。
それに気がつかないわけじゃない。
心臓はまだうるさく音を立てている。
からかわれるのも嫌で二人のほうを見られないでいると、またホイッスルが鳴った。
「あ、始まるのかな?」
二人の意識がそちらにいったことにほっとして、道花も顔を上げた。選手たちが監督の周りに集まっている。
「ちなみにおねぇの一京大学の推しは、中野選手らしい」
「すごいなお姉ちゃん、全大学の試合見てるの?」
「分かんないけど毎回すごい早口で説明してくる。中野選手はドライブが果敢でイイって言ってた」
「専門用語?」
紬がルールブックを出そうとするのを笑って止める。せっかく試合を見に来たのに、コートから目を逸らすともったいない。
「ドリブルでゴールに攻めていくこと、かな」
「へ~」
それぞれのチームが円陣を組み、掛け声を上げる。
中央に選手が集まり始めた。いよいよだ。
「始まるよ」
そう声を出した直後、ボールが高くトスされた。ジャンプボール。試合開始だ。
「あっ、えっ、はや!」
紬がそう声を上げたのは、早速立誠大学が駆け出し、そのままファーストシュートを決めたからだ。
「なんか早すぎてよく分からなかった! あっ、しかももう反対側に! あっ止められた!」
「落ち着いて」
「確かに展開は早いよね」
莉央が訳知り顔で頷く。
「あっ、舷くんだ」
舷にボールが渡った。なぜか、道花の心臓も跳ねる。
(いけ……!)
祈るように手を組みたいところだが、それを我慢して欄干を握りしめた。
「あっ、すごい一人で抜いて……あーっ、何いまの!」
紬の言葉が何よりも先に出てくるから笑ってしまう。シュートは無事に決まったが、決めたのは舷ではない。
「オシャレだったね」
「オシャレって言うよねバスケの人」
莉央の突っ込みに笑って、解説を待っている紬のほうを向いた。
「舷は今二人がかりでマークされてて、あのままゴールすると決まらないと思ったんじゃないかな。直前まで自分で行くと見せかけて、味方にパス」
「しかもなんか後ろでパスしてた。なにあれ」
「かっこよ~」
目をキラキラさせている紬の横顔を見て嬉しくなる。
「あっこれは知ってるぞ! スリーポイントってやつだ!」
「紬、ちょっと声抑えようか」
また舷がシュートを決めた。ボールが美しい弧を描き、すぱん、と音が鳴る。
周囲がくすくす笑っている気配がして、苦笑しつつ紬の背中をぽんと叩いた。微笑ましいけれど、これ以上ヒートアップして試合に影響が出ないようにしないと。
紬の向こうで真剣に試合を見ていた莉央が、こちらを向いた。
「なんか、前の試合と違うね、舷くん」
「うん」
道花は頷いた。インカレの時は、久々にバスケと舷の姿を見たせいで余裕がなかったけれど、それでも、あの時とは違うのが分かる。なぜだか、胸が熱くなる。
舷は、楽しそうだった。
正直、インカレの時よりもミスは多かった。針の穴を通すようなパスを出してみたり、おそらくまだ、チームでも試行錯誤しているフォーメーションを試してみたり、チャレンジが多い。でも決してヤケになっているという感じではなく、時には選手同士で笑顔で耳打ちし合っていて、雰囲気は悪くない。
案の定というか、スコアも立誠大学のリードだ。
「水上、めっちゃいいな」
後ろから聞こえた声に頷きたくなる。
舷が、観覧席を魅了していた。みんなの目が、舷に吸い寄せられる。
そして。
直後、ディフェンスも付いてこれないスピードで舷がシュートを決めた。観覧席からつい「おお」という溜め息が出るほどの速さ。シュートを決めた舷が振り返り、チームメイトに向けて、ふはっと笑顔を見せた。
きゃあ、と観覧席のどこかから声が聞こえた。
莉央と紬が胸を抑えている。
「ぐっ、今のは! 攻撃力が高い!」
「なんでこっち見るの」
「いや、間違ってもガチ恋しないようにと思って」
莉央と紬がなぜかこちらを恨めしそうに見てくるから、よく分からなくてスルーすることにした。先日の笑顔を見ていたぶん、道花にはまだ耐性はあったけれど、それでも心臓に悪い。まだ胸はきゅんと疼いている。
「あ、今のなに? なんかしたね!?」
「シザースカットっていうフォーメーションになるかと思うんだけど、今のは、まず舷が若葉くんにパスを出して、そのあとそばを通り過ぎる時に手渡しでパスを受けた。そのあとはディフェンスと一対一のプレーになる」
「ていうか道花もすごいな。これ考えてやってるわけ?」
「私は考えるのは好きだけど、身体がついてこない。今下でプレーしてる選手は、正直みんな化け物だね」
語弊はあるかもしれないけれど、そう返した。スポーツ選手にもいろいろ種類があって、とにかく身体が先に動くタイプもいれば、考えて冷静に分析して、それを動作に落とし込むタイプもいる。
自分に合ったやり方が一番だけれど、舷は後者。再現性が高く、ミスも少ない。
(きっと、舷はプロになる)
道花はそれを確信した。前、インカレで見た時よりも、ずっと強く。
