よろしくお願いします! と大きな声で返される返事。礼儀正しさに圧倒される。

「広瀬さんと私は高校の同級生なんだ。笑顔は固いけど、こう見えて優しいし話しやすいから、気軽にいろいろ聞いてね!」

 好き放題言う詩織をじろりと見たが、たしかにこういうふうに言ってくれたほうが早く馴染めそうだ。
 はい! と、また元気な返事が返ってくる。

「よーし、じゃあ、今日も頑張ろうか。ドリブル練習から、はじめ!」

 山口の言葉に合わせて、子どもたちが背中を向け練習に戻っていく。
 その後ろ姿を見て、道花は懐かしいような、寂しいような気持ちになった。あの純粋なひたむきさを、どこで失ってしまうんだろう。

「ごめん、道花」

 隣から聞こえたしゅんとした声に、道花は詩織を問い詰めなければならないことを思い出した。

「詩織、こんな騙し討ちみたいなのは嫌だよ」
「ほんとごめん」
「なんでこんなことしたの」

 尋問みたいだと思ったが、なあなあで許したくはない。詩織は反省しているようには見えたが、内心は分からない。

「山口さんとは合……大学と社会人の交流会で出会ったんだけど」
「そこは合コンでいいから」

 ズバッと言うと、詩織がハイ、と小声で返事をする。

「久しぶりにバスケに触れたくなって来てみたら、舷がいるし。なんていうか、これもめぐり合わせかなって思ってさ」
「めぐり合わせ? よくわかんないんだけど」
「いや、最近道花もさ、なんかこう、進路とか将来のこととかで悩んでる感じだったじゃん。久しぶりに会ったら相変わらず舷も沈んでたし、なんか、ここで二人を会わせられるのって私だけだなって思ったらさ……。ごめん、怒らせるのは分かってたんだけど」

 詩織は神妙な顔で言う。いつもふざけていることの多い詩織がこういう顔をすると、怒っている自分のほうが大人げなく感じてくる。詩織のずるいところだ。
 私と舷のため……と反芻したところで、何かが引っかかった。

「沈んでた? 舷が?」
「あ……あー、うん、まぁ、なんとなく?」

 何か隠しているような気配がある。じろりと見ると、詩織はまた目を泳がせた。
 目の前のドリブル練習に視線を戻し、道花はノートにメモを取りつつ、詩織の話に耳を傾ける。

「ていうか、私も聞きたいことあって。なんか、あんまり驚いてない感じ?」
「え?」

 そう問われてやっと思い出す。タイミングを逃したまま、インカレで舷と会ったことを話せていなかった。

「実はこないだ、バスケ見に行ったって言ったじゃん、あの時偶然、舷に会ったんだよね」
「えっ」

 大きな声が出てしまい、詩織が口を手で覆う。その目が丸くなっている。

「大学の子と行ったんだけど、その子のお姉ちゃんが舷のファンでさ。いろいろあって、サインもらうことになって」
「サイン!」

 詩織の驚きも無理はない。舷がサイン。絶対しなさそうなのに、と顔に書いてある。

「じゃあその時、話せたってこと?」

 詩織の問いに首を傾げた。何か話すことがあるみたいな言い方だ。

「ううん、舷の時間もなかったみたいだし、私もその場に居づらくて、サインもらって逃げるみたいに帰っただけ」
「ええ~……」
「なにその反応」

 詩織が口の端を引きつらせていて、その反応に首を傾げる。久々に会って話が盛り上がる相手でもないのは詩織も分かっているはずだ。それどころか、わざわざあの頃の話を蒸し返したくない。絶対いいことにはならない。

「ハイ、集合~!」

 詩織の返事が返ってくる前に、山口がホイッスルを鳴らした。話はまたあとだ。
 小学生たちが駆け寄ってきて一列に並ぶ。

「どうかな、広瀬さん、なんかアドバイスとかあったら」

 山口に聞かれて頷く。メモを見返しながら、口を開いた。

「えっと、加藤さん、かな。まだ姿勢が高いから、やりすぎなくらい低くを意識してもいいかもしれない。姿勢が高いってことはドリブルに入るまでの時間がかかるから、そのぶん抜かれる可能性が増えちゃうんだよね」

 そう言って山口の手からボールをもらい、実際にドリブル動作を再現してみる。

「おお……」
「すごいでしょ」

 詩織が自分のことのようにドヤ顔を見せているのが目の端に映る。

「あと、宮原さんは、パスを受け取る時にその場で足を開いて止まっちゃってるから、足だけ先にクロスの形にするように意識するといいかも。一歩分、早く動けるよ」

 はい! と元気な返事が聞こえてそちらを向いて、道花は目を瞬いた。
 向けられる視線が、さっきとは全く違うものになっていた。どこか、きらきらしている。
 なんだか眩しくて、その視線を受け止めているのが恥ずかしくなった。
 わざとらしく逸らすのもと思って、山口のほうを向いた時だ。

「……?」

 視線を感じた気がして、振り返った。
 後ろでは舷が男の子たちに指導していて、こちらには背中を向けている。気のせいだったかな、と思い、再び前に向きなおった。