「道花、ひっさしぶり~!」
「久しぶり!」
詩織とは別々の大学に進学したが、今でも二ヶ月に一度くらいは会ってご飯を食べに行く。お互いの大学の友だちの話をしたり、詩織の彼氏の話を聞いたり。卒業して以降、バスケの話は一度と言ってもいいほど出なかった。
「なんか、店員呼ぶときとかめっちゃ偉そうなんだよね! お前、親に学費出してもらってる大学生だよな? って冷めちゃって」
詩織の別れ話は、申し訳ないけれどいつも面白い。たまに相手の浮気だったり、本気で笑いごとじゃないこともあるけれど、なんでも笑い飛ばそうとする詩織の姿勢は好きだ。
「なかなか難しいわ、人と付き合うのって。誰とも続かなくて結婚できなかったらどうしよ」
「もう結婚の話!?」
「いやだって私らもう二十一でしょ? 考え始めとかないと!」
道花はぽかんと口を開けて宙を見た。結婚……。進路とか、これから自分がどう生きていくかも分からないのに、今度は誰とどう生きるか考えろってこと? 難易度が高すぎる。
「女友達でも合う合わないあるのに、男はもっとよくわからん」
詩織はそう言って首を振るが、何も知らなさすぎて、同意したらいいのかどうかも分からない。
何とも言えない笑顔でごまかしていると、詩織が突然じっと見つめてきた。
「なに?」
「道花、なんかちょっと元気そうだね。何か吹っ切れた?」
「あー……そう、かもしれない。実はこないだ、大学の友達とバスケ見に行ったんだ」
「え! ほんと!?」
詩織がやけに大きな声で言って、浮きかけた腰をまた落ち着ける。
「すごい反応」
「いや、正直嬉しいなって思って。道花がバスケ好きなの知ってるからさ、あんなので離れちゃってそれっきりっていうのを……心配はしてて」
「そう、だね……」
実は舷にも会ったんだ。それをどう切り出すか迷っていると、詩織が口を開いた。
「あのさ、実は、代松市で、地域のバスケクラブのボランティア指導員を探してるんだけどぉ……」
「え」
「道花、やらない?」
「え~……」
道花は氷の入ったグラスをストローでぐるぐるかき混ぜた。
少し前なら、即答で断っていただろう。でも今は迷う気持ちがあった。詩織もそれに気づいたようで、目がきらりと光った気がする。
「私も行くし、お試しでどう? コーチの指導実績にもなるし。いい人が見つからなくて困ってるんだって。強豪校のスタメン経験者がくるってだけで、みんなめちゃめちゃ喜ぶと思う」
「そんな看板背負いたくないな……いや、やるならお試しは失礼でしょ。ちゃんと決まった期間はやらないと」
「お! やる気になってくれた?」
即答せずにまた黙った。やけに押しが強い気もするけれど、なんだろう。
詩織が道花の視線に負けて目を泳がせる。そこでピンときた。
「あ、もしかして気になる人がいるとか?」
びくんと詩織の肩が跳ねる。
「まあ、そんな感じかな~?」
「人を利用しようとしてる……」
じろりと見ると、詩織は開き直ったのか、背もたれに身体を預けて、なんだか若干偉そうな態度で言う。
「そーーれは否定できないけど! なんかほら、道花の為にもなって一石二鳥かなと思って!」
「押しつけがましい~」
やり取りがおかしくて、そこでぶはっと吹き出した。
「相手は小学生だし、素直でかわいいよ。小学校の時点で道花に教えてもらえたら、みんなすごい上達すると思う。やりがい、あるよ」
その言葉には素直に揺れた。やりがい。未来のバスケットボール選手の成長の為だと思うと、たしかに魅力的だ。それに、コーチ指導実績になるというのも、打算的だけれど、就活の時に有利になるかもしれない。
「もっかいさ、初心に返るというか、純粋に上手くなりたい! 楽しい!っていう気持ち浴びたくない? ほんと、こっちが元気になるから」
「初心……」
きらきらした、バスケが上手くなりたいという気持ち。上手い選手への憧れ。上達していく楽しさ。
道花の中にまだその気持ちは残っているけれど、今はすごく遠く感じる。あれにもう一度触れれば、何か変わるだろうか。
いいかもしれない。もしかしたら、何に迷って悩んでいるのかも分からない今の状況から、抜けだせるきっかけになるかもしれない。
「いい、よ」
「やった!」
詩織がガッツポーズをするから、その大げさな仕草に苦笑が漏れる。
「よっぽど仲良くなりたい相手なんだ? いい人なんだね」
「まぁね~?」
におわせるような言い方は気になるけれど、詩織の照れ隠しかもしれない。
「じゃあ、来月の日曜日にね~!」
駅で詩織に手を振り返したが、その時にやっと、舷と会ったことを話すのをすっかり忘れていたと思い出した。
(そういえば……)
思い出すと同時に、インカレの決勝戦の結果が気になった。電車に乗るとスマホで検索する。そして。
(あの強さでも、優勝できなかったんだ……)
70対63で、日東体育大学の勝ち。
スマホを伏せて、顔を上げた。
悔しがっているだろうか。いや、あの試合の様子からすると、静かに結果を受け止めて、何事もなかったかのように帰っていきそうな気もする。
(舷と会ったことは、また、次に会う時でいいや)
そう思って、流れていく夜景をぼんやり眺めた。
「久しぶり!」
詩織とは別々の大学に進学したが、今でも二ヶ月に一度くらいは会ってご飯を食べに行く。お互いの大学の友だちの話をしたり、詩織の彼氏の話を聞いたり。卒業して以降、バスケの話は一度と言ってもいいほど出なかった。
「なんか、店員呼ぶときとかめっちゃ偉そうなんだよね! お前、親に学費出してもらってる大学生だよな? って冷めちゃって」
詩織の別れ話は、申し訳ないけれどいつも面白い。たまに相手の浮気だったり、本気で笑いごとじゃないこともあるけれど、なんでも笑い飛ばそうとする詩織の姿勢は好きだ。
「なかなか難しいわ、人と付き合うのって。誰とも続かなくて結婚できなかったらどうしよ」
「もう結婚の話!?」
「いやだって私らもう二十一でしょ? 考え始めとかないと!」
道花はぽかんと口を開けて宙を見た。結婚……。進路とか、これから自分がどう生きていくかも分からないのに、今度は誰とどう生きるか考えろってこと? 難易度が高すぎる。
「女友達でも合う合わないあるのに、男はもっとよくわからん」
詩織はそう言って首を振るが、何も知らなさすぎて、同意したらいいのかどうかも分からない。
何とも言えない笑顔でごまかしていると、詩織が突然じっと見つめてきた。
「なに?」
「道花、なんかちょっと元気そうだね。何か吹っ切れた?」
「あー……そう、かもしれない。実はこないだ、大学の友達とバスケ見に行ったんだ」
「え! ほんと!?」
詩織がやけに大きな声で言って、浮きかけた腰をまた落ち着ける。
「すごい反応」
「いや、正直嬉しいなって思って。道花がバスケ好きなの知ってるからさ、あんなので離れちゃってそれっきりっていうのを……心配はしてて」
「そう、だね……」
実は舷にも会ったんだ。それをどう切り出すか迷っていると、詩織が口を開いた。
「あのさ、実は、代松市で、地域のバスケクラブのボランティア指導員を探してるんだけどぉ……」
「え」
「道花、やらない?」
「え~……」
道花は氷の入ったグラスをストローでぐるぐるかき混ぜた。
少し前なら、即答で断っていただろう。でも今は迷う気持ちがあった。詩織もそれに気づいたようで、目がきらりと光った気がする。
「私も行くし、お試しでどう? コーチの指導実績にもなるし。いい人が見つからなくて困ってるんだって。強豪校のスタメン経験者がくるってだけで、みんなめちゃめちゃ喜ぶと思う」
「そんな看板背負いたくないな……いや、やるならお試しは失礼でしょ。ちゃんと決まった期間はやらないと」
「お! やる気になってくれた?」
即答せずにまた黙った。やけに押しが強い気もするけれど、なんだろう。
詩織が道花の視線に負けて目を泳がせる。そこでピンときた。
「あ、もしかして気になる人がいるとか?」
びくんと詩織の肩が跳ねる。
「まあ、そんな感じかな~?」
「人を利用しようとしてる……」
じろりと見ると、詩織は開き直ったのか、背もたれに身体を預けて、なんだか若干偉そうな態度で言う。
「そーーれは否定できないけど! なんかほら、道花の為にもなって一石二鳥かなと思って!」
「押しつけがましい~」
やり取りがおかしくて、そこでぶはっと吹き出した。
「相手は小学生だし、素直でかわいいよ。小学校の時点で道花に教えてもらえたら、みんなすごい上達すると思う。やりがい、あるよ」
その言葉には素直に揺れた。やりがい。未来のバスケットボール選手の成長の為だと思うと、たしかに魅力的だ。それに、コーチ指導実績になるというのも、打算的だけれど、就活の時に有利になるかもしれない。
「もっかいさ、初心に返るというか、純粋に上手くなりたい! 楽しい!っていう気持ち浴びたくない? ほんと、こっちが元気になるから」
「初心……」
きらきらした、バスケが上手くなりたいという気持ち。上手い選手への憧れ。上達していく楽しさ。
道花の中にまだその気持ちは残っているけれど、今はすごく遠く感じる。あれにもう一度触れれば、何か変わるだろうか。
いいかもしれない。もしかしたら、何に迷って悩んでいるのかも分からない今の状況から、抜けだせるきっかけになるかもしれない。
「いい、よ」
「やった!」
詩織がガッツポーズをするから、その大げさな仕草に苦笑が漏れる。
「よっぽど仲良くなりたい相手なんだ? いい人なんだね」
「まぁね~?」
におわせるような言い方は気になるけれど、詩織の照れ隠しかもしれない。
「じゃあ、来月の日曜日にね~!」
駅で詩織に手を振り返したが、その時にやっと、舷と会ったことを話すのをすっかり忘れていたと思い出した。
(そういえば……)
思い出すと同時に、インカレの決勝戦の結果が気になった。電車に乗るとスマホで検索する。そして。
(あの強さでも、優勝できなかったんだ……)
70対63で、日東体育大学の勝ち。
スマホを伏せて、顔を上げた。
悔しがっているだろうか。いや、あの試合の様子からすると、静かに結果を受け止めて、何事もなかったかのように帰っていきそうな気もする。
(舷と会ったことは、また、次に会う時でいいや)
そう思って、流れていく夜景をぼんやり眺めた。
