自分が推薦されたのはきっと、先輩にも喜んでもらえた分析力を期待されてのことだ。
道花はそれを思い出して、少しだけ元気を取り戻して部活にやってきた。
ちょうど一年の子が不安そうに歩み寄ってきてくれたから、喜んでそれに答える。だが、その時だった。
「めっちゃ上からアドバイスするじゃん。どの立場なんだろ」
通りすがりに聞こえた、こちらが気のせいかと思うくらいの声。
その一言で、立ち直ろうとした心は、ぱきりと折れた。
「先輩」
目の前の子は、気づかわしげにこちらを見てくれている。きっと、この子にも聞こえていた。気にしないでください、と言いたそうな表情。でも。
――恥ずかしい。
そちらを睨みつけでもすればよかったのだろうが、すぐに動けなかった。くすくすと笑う数人がこちらを見ている気配がする。それが誰かを確認するのも嫌だ。
「ごめん」
なんとか口角を上げてみせた。きっと、痛々しい笑顔だったけれど。
これが助けになると言ってくれた先輩はもういない。菜々美も頼れない。役に立つと思ってやっていたことをそんなふうに言われてしまえば、道花はもう、何もできない。
「これ、出した人片付けといてくれる?」
そこからは、転げ落ちるようにエスカレートしていった。
道花の指示を無視する部員は徐々に増えている。ぎしぎしとストレスで胃が痛むが、せめて顔には出さないでいようと、顔を上げて、自分でボールを倉庫に運んでいく。
そんな姿を舷に見られていたことには気づかなかった。
「どうなってんだ、そっち」
「何が?」
距離をとってくれていたはずの舷が、駅で道花を待っていた。
ちゃんとあの子たちに気づかれないように話しかけてくれたことにほっとして、でもそんな、怯えて隠れるような自分が心底嫌になる。
とぼけてそう言ったけれど、舷の顔がさらに険しくなっただけだった。
「いくらなんでも分かる。お前の指示を聞いてない奴がいるだろ」
気づかれていた。舷は思いやりでそう言ってくれているのは分かる。でも、私を思いやってなら、気づかない振りをしてほしかった。
恥ずかしい。
自分の感情を受け止めきれなくて、代わりに湧き起こったのは怒りだ。
「そういうことはあるでしょ、ちょっとくらい」
「そんなわけない。道花、どうしたんだ」
「うるさいな」
思ったよりも冷たく声が響いて、舷が息を呑んだのが分かった。
(だめだ……)
道花は手のひらで目を覆って、深呼吸した。
正論を突きつけられるのが辛い。追い込まれているように感じる。舷は、何も悪くないのに。
きっと、考えて迷って、舷は声をかけてくれた。そんな言葉にすら引っかかってしまうのは、完全にこちらの問題だ。
「ごめん」
「いや……」
「もう、何もかもうまくいってない」
元気な声を出すのは無理だった。舷が一歩歩み寄ってくる。
「……早森には?」
顔を覗きこまれそうになって、さっと逸らした。こんな情けない顔を見られたくない。
でもそこで、舷のほうが大げさなほど後ずさりしたからはっとなる。きっと舷は、自分に対する拒絶だと思っただろう。
「……ごめん、完全に八つ当たり。ていうかあんた、顧問も呼び捨てなんだ」
覇気のない声になってしまったけれど、空気を変えようと冗談も言ってみる。でも、舷を笑顔にすることはできなかった。
「相談はしてるけど、あんまりね」
「あいつが頼りにならないなら、こっちに言うか?」
「いやいや……ていうか根本の原因がよく分からないんだよね」
結衣の口からはっきり言われたことといえば、舷のことだ。
だが、舷とはあれからほとんど話していない。
舷が言った「こっち」というのは、男子バスケの顧問のことだろう。そんなことをしたら、余計にややこしくなる。
そんなふうに考えていた時だった。
「もう少し、強く言ったらどうだ」
「は?」
舷が何気なく言った言葉に、ぴく、とこめかみが震えたのが分かった。
強く言う? それで解決するほど単純な話じゃない。
でもそこで、また首を振る。
怒りをぶつける相手が違う。そもそも舷だって真剣に練習しているのに、女バスで起こっている陰湿なやりとりにまで気づけるはずない。それを詳しく話してもいないのに、正しいアドバイスを期待するのが間違っている。
なのに、今目の前にいる舷が、急に遠い存在に感じた。
「そうだね。まぁ、なんとかやってみる」
へら、と笑うことはギリギリできた。舷は道花の不安定な反応に少し困惑したみたいだったけれど、最終的には納得したと思ったようだった。
「何かできることがあったら、言ってくれ」
ありがと、と小さく返して、ちょうど電車が来たから、離れた車両の乗車位置に移動した。
誰にも見られたくないという気持ちもあったけれど、それよりも、これ以上舷と話したくなかった。
何かできること? 舷に相談して、それで何になるんだろう。
もし舷に動いてもらったとしても、道花への陰口はなくならないだろう。むしろ、火に油を注ぐだけだ。
