一年の間、タイミングが合えば少しの時間試合に出るくらいだった道花は、二年では正式にレギュラーになった。
 三年の先輩たちの代の成績はインターハイ初戦敗退。その次の天音の代は、初戦を勝ち抜き、全員でハイタッチして喜んだ。
 自分の意見も取り入れてくれる温かい先輩に囲まれて、試合で勝ちぬけば「道花のおかげだよ」と褒めてもらえる。当初心配していた強豪校の辛さみたいなものは、ほとんど味わうことはなかった。
 充実した二年が終わって、「来年は頼んだよ」と天音が声をかけてくれた。その時ようやく、道花をどっと心細さが襲った。
 あまり考えすぎても、仕方ない。
 道花はそう自分に言い聞かせた。
 そうして、先輩に頼りっぱなしだったツケを払うことになる。



 キャプテンが誰になるのか。

 それは、誰もが触れにくい話題だった。チームメイトの推薦にも効果はあるが、本人がやりたいかどうかは分からない。勝手に誰かの名前を挙げたとしても、最終的には顧問の早森がコーチと相談して決めることだから、そうならなかったら気まずい。
 だから、部室にいる時も遠征の時も、みんなさりげなくその話題を避けていた。
 声が大きく、普段からみんなの注目を集めるのは結衣だ。でも道花は、結衣だけはキャプテンになってくれるな、と内心で祈っていた。あれからも結衣は明らかに道花にだけ冷たく、キャプテンになればどう圧をかけられるか分からなかったから。
 同時に、チームを悲劇が襲った。
 菜々美が、怪我をしたのだ。
 試合中に崩れ落ちて動けなくなった菜々美は、膝を抑えていた。顧問の早森は詳しい話はしなかったが、なんとなく漏れ聞こえる話から、治すには手術が必要で、ただ、手術をしたとしても、必ず元に戻るわけではない。そして、高校の間にバスケのプレーヤーとして復帰をするのは難しいという、残酷な事実だった。
 誰の気持ちも覚悟も整わないまま、上の代の引退がバタバタと行われた。

 そうして、道花は顧問の早森から、正式に打診を受けることになる。

「キャプテンはお前がいいっていう声が圧倒的だ」

 そう伝えられて、嬉しいという気持ちももちろんあったが、抵抗感と恐怖も大きかった。
 試合経験はある。でも、自分には圧倒的にコミュニケーション能力が足りない。

「結衣……尾澤さんじゃなくていいんですか?」
「えー? ああ……」

 顧問の早森は、ことなかれ主義だ。よく先輩たちもそう不満を溢していた。何か起こるまで、動いてはくれない。ある程度はこっちでなんとかしないと、と。その言葉の通り、道花の前で、面倒くさそうな雰囲気を隠そうともしない。

「あいつだけはやめてくれっていう声もいくつかある。そうなると、お前くらいしかあいつを抑えられないだろ」
「私も無理だと思いますけど……菜々美は、やっぱり、復帰は難しいんですか?」
「うーん、まぁ個人情報だからアレだが……たぶん、残りの期間は、マネージャーをやることになる」
「そうです……か」

 怪我をした菜々美は明るく振る舞ってはいたけれど、その心の中の悔しさがどれほどのものか、道花には分からない。

(私は、楽しくバスケがしたい。できれば、チームのメンバーがそれぞれのよさを発揮できれば、もっと……)

「尾澤は、副キャプテンに推薦しようと思ってる」

 その言葉に、一瞬迷った。
 絶対にやりにくい。副キャプテンになれば、常に結衣に意見を求めることになる。でも、道花だけがそのしんどさだけ我慢すれば、変に知らないところで動かれるよりいいのかもしれない。チームとして、一番うまく回る形をとるべきだ。

「……分かりました」

 道花はそうして、承諾した。


「キャプテンは道花だ」

 パチパチという拍手と笑顔。思ったよりも温かい反応に、道花はほっとした。結衣の顔は、怖くて見られなかった。
 部室に帰ってからも、誰からも特にキャプテンに関する言及はなくて、それが逆に怖かった。
 でも、バスケがやれればそれでいい。
 そう、思っていた。