「……図星だな」
その言葉に宮崎も頷く。
「俺もだよ。コンタクト、よく監督に言われてるから痛いわ。そんなバレバレだった?」
「いや……すごく目立つわけじゃない。あまり気にしすぎても」
「待って待って、いいんだよ。めちゃめちゃ助かる」
慌てて手を振る道花を、宮崎が止める。どこか神妙な三人の表情に、一度覚悟を決めて落ち着いていた心臓の動きがまた早くなった。こんなに真剣に聞かれるとは、正直思っていなかった。
「私に言われなくても分かってると思うけど、みんな、ほんとに上手いよ。だから気にしすぎないで。今のままで通用してるんだし」
「通用しないから見てもらってるんだ」
舷の言葉に、ぴたりと動きを止めた。舷の目は真剣で……さっきまではそうは思えなかったけれど、今は、そこに焦りが見えるような気がした。
推薦組である三人には、チームを頂点に連れていかなければならないというプレッシャーがあるのだろう。
出場は当たり前、初戦敗退なんて無様な真似さらせない。
噂で少し聞いただけでも道花と話してみようと思うくらい、貪欲で、真剣なのだ。
「ありがとう。よかったら、これからも話したい」
舷の言葉に、今度はためらいなく頷いた。
*
間を開けずに、お互いの呼び名は「舷」と「道花」に変わった。
テンションの高くない舷とは温度感が合ったのもあって、一緒にいて楽だった。
もともと嫌われても構わないという気持ちだったから、多少不愛想でも気にならなかったというのもある。
「いつも見てんのか? スコアブック」
「わりと?」
「マメだな」
「よく言われる」
そんなふうに軽口のような言葉を交わし合うだけなのだが、なぜかとても……心地いい。
「最近クロスステップの練習試してみてて。バックランからのクロス、で止まるっていうやつ」
「ああ、いいな」
「つっかえるのがだいぶ改善されたかも」
「俺は最近、ディフェンスで浮くタイミングを意識して抑えてみてる」
「浮く?」
「そう、ほら、こうやって、なんつーの」
そう言いながら、舷が足を広げて膝を曲げる。
「ここで飛ぶだろ。その間に抜かれるんだよ。ここは小刻みに足を動かして……」
「あー、なるほど」
真剣にそれを見ていたが、そのうちにやにやしてきて、道花は口を隠した。
「なんだよ」
「いや、ちょっと、コート以外でそれしてると、だいぶ不審者だよ」
くすくす笑うと、舷は腰を上げてから、じろりとこちらを見た。
「だったらお前もだよ」
言葉尻はきついが、二人の間に流れる空気は優しい。
笑いが収まってから隣を見ると、横顔しか見えないが、舷の表情はとても柔らかかった。
少しだけどきりとする。
最近、舷の言葉遣いは変わらないけれど、どこか声の響きも柔らかく感じるようになってきた。人間相手に失礼かもしれないが、警戒心の強い動物に懐かれたような感じだ。
その後は別れるまで無言だったけれど、それが全く苦痛ではなかった。
*
「道花って、舷くんと付き合ってんの?」
部室で結衣にそう聞かれたのは、高校二年になって少し経った頃だった。
「え」
予想もしていなかった質問に、一瞬ぽかんとなる。それから慌てて首を振った。
「付き合ってない」
「は?」
(は!?)
険しい顔で投げ返された反応は乱暴だ。ほかのメンバーもぴたりと話すのを止めていて、部室はしーんとなっている。
「そういうのしらけるからやめてくれない?」
「え、いや、ほんとに、そういうんじゃないんだけど」
結衣の攻撃的な追い打ちは止まらず、戸惑って俯く。そこで、菜々美が助け舟を出してくれた。
「結衣、どうどう」
冗談めかしてぽんぽんと結衣の肩を叩く。
「菜々美! だって二人、めっちゃ一緒に帰ってない?」
「え~? そうだっけ」
「あれはこう、偶然タイミングが一緒になるというか……ていうか、ほんとに、バスケの話しかしてないよ」
「は? 口実でしょ?」
吐き捨てるようなその反応には、さすがにかちんときた。
「口実なんかじゃない。こないだのウィンターカップの白羽高校の外川選手がすごかった話とか、最近ディフェンス抜く時これを試してみてるとか、アメリカ行ってた東中選手がリーグに戻ってきたねとか、そういう話だよ」
早口で並び立てたら、結衣も気圧されたように黙り込んだ。
沈黙から救ってくれたのは、また菜々美だ。
「結衣さぁ、水上くん狙いだったら、もっと真剣にバスケやりなよ」
「やってるじゃん! てか、別に狙ってないし!」
結衣はむくれたが、さっきまでの怖い雰囲気ではない。菜々美のおかげで少しぴりぴりしていた部室内の空気が変わり、笑いが起こる。
「ちょっと、みんな笑わないでよ!」
結衣が周りを見渡して言うが、その声も本気で怒っているという感じではない。
助かった、と思った。ちらりと菜々美をみると、こちらを気遣うみたいに、眉を下げて頷いてくれる。
結衣の目はこちらに向くことはなかったが、道花は小さく決意した。
こんな面倒くさいことになるなら、舷と帰るのをやめよう。
その言葉に宮崎も頷く。
「俺もだよ。コンタクト、よく監督に言われてるから痛いわ。そんなバレバレだった?」
「いや……すごく目立つわけじゃない。あまり気にしすぎても」
「待って待って、いいんだよ。めちゃめちゃ助かる」
慌てて手を振る道花を、宮崎が止める。どこか神妙な三人の表情に、一度覚悟を決めて落ち着いていた心臓の動きがまた早くなった。こんなに真剣に聞かれるとは、正直思っていなかった。
「私に言われなくても分かってると思うけど、みんな、ほんとに上手いよ。だから気にしすぎないで。今のままで通用してるんだし」
「通用しないから見てもらってるんだ」
舷の言葉に、ぴたりと動きを止めた。舷の目は真剣で……さっきまではそうは思えなかったけれど、今は、そこに焦りが見えるような気がした。
推薦組である三人には、チームを頂点に連れていかなければならないというプレッシャーがあるのだろう。
出場は当たり前、初戦敗退なんて無様な真似さらせない。
噂で少し聞いただけでも道花と話してみようと思うくらい、貪欲で、真剣なのだ。
「ありがとう。よかったら、これからも話したい」
舷の言葉に、今度はためらいなく頷いた。
*
間を開けずに、お互いの呼び名は「舷」と「道花」に変わった。
テンションの高くない舷とは温度感が合ったのもあって、一緒にいて楽だった。
もともと嫌われても構わないという気持ちだったから、多少不愛想でも気にならなかったというのもある。
「いつも見てんのか? スコアブック」
「わりと?」
「マメだな」
「よく言われる」
そんなふうに軽口のような言葉を交わし合うだけなのだが、なぜかとても……心地いい。
「最近クロスステップの練習試してみてて。バックランからのクロス、で止まるっていうやつ」
「ああ、いいな」
「つっかえるのがだいぶ改善されたかも」
「俺は最近、ディフェンスで浮くタイミングを意識して抑えてみてる」
「浮く?」
「そう、ほら、こうやって、なんつーの」
そう言いながら、舷が足を広げて膝を曲げる。
「ここで飛ぶだろ。その間に抜かれるんだよ。ここは小刻みに足を動かして……」
「あー、なるほど」
真剣にそれを見ていたが、そのうちにやにやしてきて、道花は口を隠した。
「なんだよ」
「いや、ちょっと、コート以外でそれしてると、だいぶ不審者だよ」
くすくす笑うと、舷は腰を上げてから、じろりとこちらを見た。
「だったらお前もだよ」
言葉尻はきついが、二人の間に流れる空気は優しい。
笑いが収まってから隣を見ると、横顔しか見えないが、舷の表情はとても柔らかかった。
少しだけどきりとする。
最近、舷の言葉遣いは変わらないけれど、どこか声の響きも柔らかく感じるようになってきた。人間相手に失礼かもしれないが、警戒心の強い動物に懐かれたような感じだ。
その後は別れるまで無言だったけれど、それが全く苦痛ではなかった。
*
「道花って、舷くんと付き合ってんの?」
部室で結衣にそう聞かれたのは、高校二年になって少し経った頃だった。
「え」
予想もしていなかった質問に、一瞬ぽかんとなる。それから慌てて首を振った。
「付き合ってない」
「は?」
(は!?)
険しい顔で投げ返された反応は乱暴だ。ほかのメンバーもぴたりと話すのを止めていて、部室はしーんとなっている。
「そういうのしらけるからやめてくれない?」
「え、いや、ほんとに、そういうんじゃないんだけど」
結衣の攻撃的な追い打ちは止まらず、戸惑って俯く。そこで、菜々美が助け舟を出してくれた。
「結衣、どうどう」
冗談めかしてぽんぽんと結衣の肩を叩く。
「菜々美! だって二人、めっちゃ一緒に帰ってない?」
「え~? そうだっけ」
「あれはこう、偶然タイミングが一緒になるというか……ていうか、ほんとに、バスケの話しかしてないよ」
「は? 口実でしょ?」
吐き捨てるようなその反応には、さすがにかちんときた。
「口実なんかじゃない。こないだのウィンターカップの白羽高校の外川選手がすごかった話とか、最近ディフェンス抜く時これを試してみてるとか、アメリカ行ってた東中選手がリーグに戻ってきたねとか、そういう話だよ」
早口で並び立てたら、結衣も気圧されたように黙り込んだ。
沈黙から救ってくれたのは、また菜々美だ。
「結衣さぁ、水上くん狙いだったら、もっと真剣にバスケやりなよ」
「やってるじゃん! てか、別に狙ってないし!」
結衣はむくれたが、さっきまでの怖い雰囲気ではない。菜々美のおかげで少しぴりぴりしていた部室内の空気が変わり、笑いが起こる。
「ちょっと、みんな笑わないでよ!」
結衣が周りを見渡して言うが、その声も本気で怒っているという感じではない。
助かった、と思った。ちらりと菜々美をみると、こちらを気遣うみたいに、眉を下げて頷いてくれる。
結衣の目はこちらに向くことはなかったが、道花は小さく決意した。
こんな面倒くさいことになるなら、舷と帰るのをやめよう。
