相手が詩織でなければカチンときたかもしれない。でも、中学の時何度も助けてもらった自覚があるからぐっと詰まった。
 頑固で人付き合いが苦手な道花がキャプテンとしてやれていたのは、コミュ力の高い詩織が支えてくれていたからだ。

「そうだな……具体的に言うと」

 詩織は腕組みをして、天井に視線をやる。

「先輩は、まだ道花にポジションを奪われる可能性は低いって思ってるから、そりゃ可愛がるよ。懐かせといたほうが、試合で自分にいいパス回してもらえるかもしれないし」
「そんな」
「最後まで聞く! 道花、同級生は違うよ。どれだけ仲良くても、それだけでポジションは回ってこない。実力が及ばないからって、ただ飲め込める子ばかりじゃない。そういう状況で、ちょっとでも尖ってる奴は容赦なく叩かれるよ」

 道花は言い返しはしなかったが、ただ眉を寄せて黙った。詩織の言葉を頭では理解していても……いや、やっぱり理解できない。誰だって、上手くなりたいと思っている。そのために正しいことを言えば、絶対にいつかは分かり合えるはずだ。

「忠告はしたからね」

 道花が納得していないのは伝わっているのだろう。詩織は呆れた様子でそう落とした。

*

「控えに入ったら、いつどのタイミングで出番がくるか分からない。メンバーの癖、ちゃんと見といてね」
「はい!」

 試合形式の練習が始まると、倉本が隣にきて、道花にそう声をかけてくれた。はりきって返事をしたものの、練習中にじっとメンバーを観察する余裕はない。

(試合動画とか見せてもらえないか、あとで倉本先輩に相談してみよう)

 そう考えていると、左側から天音が、とんとん、と道花の肩を叩いた。

「ミチ、あっちでも一年が控えのメンバーに入ったみたいだよ」
「えっ」

 試合中に呼ばれることに決まった名前は、中学の時と同じだ。
 天音は裏のなさそうな穏やかな顔で、男子バスケのほうを指差している。彼女が先日の件を根に持っている様子はない。

 ――先輩は、まだ道花にポジションを奪われる可能性は低いって思ってるから、そりゃ可愛がるよ。

 詩織の言葉を思い出してもやもやした。詩織はあれからその話を蒸し返すことはなかったが、道花の心にはずっと残っている。それだけじゃないはずだ。向いている方向は同じなんだから、打算とか、利益とか、そういうことなしに仲良くすることはできるはず。

「そ、そうなんですね」

 違うことを考えていたから、全然気のない返事になってしまって少し焦る。ただ、実際、男子バスケのほうを気にする余裕なんて全くなかったから、誰のことを言っているのかも分からない。

「興味なさそーだなぁ」

 天音はふはっと笑ってくれた。すいません、と謝ったものの、興味がないのは本当のことだ。

「ほら、あれ。一年の水上舷」
「あ」

 道花が天音の指の先に目を向けると、そこにいたのは、あの見学の日、体育館前で会った男の子だった。

「さすがに知ってるか」
「あ、はい、見学の日に偶然会いました」
「なるほど、ミチ、一番早かったもんね。水上くんもか」

 天音は何かに納得したように頷いている。
 道花は、水上舷、と教えられた相手を目で追った。
 切れ長の目が真剣にボールを追う。ガードから彼にボールがパスされて、リラックスした姿勢から一転。

「うおっ、ドロップクロス、キレッキレだな」
「わ」

 ディフェンスの逆方向にクロスさせるフェイントで相手を抜き去り、彼はあっという間にゴールに近づく。圧倒されて、間抜けな声が出てしまった。

「しかも一回パスしてからの、おぉ~」

 そのまま自分ではゴールに向かわず、一度仲間にパスしてディフェンスを振り切る。

(かっこいいな)

 素直にそう思った。

「味方の位置もよく見てますね」
「ほんっと」

 道花は天音と二人、ただただ感心したように頷く。
 力や体格で押し切るプレーでなく、細かい技術を使った、緩急をつけたオフェンスだ。

「あんなふうにできたら気持ちいいでしょうね」
「男子はね~、身長も体格も差があるから、そこはもどかしいよね」

 ポジションに戻ってきた彼が一瞬こちらを向いた気がしたが、道花と天音はそう交わしたところで試合に呼ばれた。
 道花もそのまま、そのことは忘れてしまった。