道花と莉央はそこから逃げるようにして、必要最低限の言葉だけ交わして足早に会場を出た。
しばらく歩いたところで、ようやくはぁっと息を吐き出した。
「やっちゃった」
「やばかった。え、何が起こった?」
莉央は、まだ現実に帰ってこれないという顔だ。
道花は膝に手をついた。恥ずかしくて堪らないし、後悔してもしきれない。
「私が逃げたからあんなことに」
「いやわざとじゃないんだし……ごめんだけど、舷くんめっちゃイケメンだったね」
「なんで謝るの」
我に返って一番に言うのがそれ? と笑いが漏れる。
「だって、昔やなこと言われたわけでしょ」
「まぁそうだけど……舷は悪くないからね」
そうまた繰り返して、道花は背筋を伸ばし、またはぁっと息を吐いた。
“悪くない”
当時はそう思えなかったが、今自分でも、さらりとそう言えることに驚く。さっき、想像ではない舷の顔を見たからかもしれない。
久しぶりにあった舷は、道花を見て、ただただ驚いているように見えた。そのあとはよく顔を見れなかったけれど、あの時の怒りも軽蔑も全部飲み込んでサインを書いてくれた気がした。
なんだか、あのことが急に遠い過去になったみたいだ。
「聞いてもいい? 高校の時の話」
「うん」
正直言えば、まだ抵抗感がある。いじめみたいな目に遭ったことも、上手く闘えなかった自分も恥ずかしくて、本当は、人には言いたくない。
でも、何気なく話してしまったほうが、もしかしたら楽になるかもしれない。
バスケとの再会も、舷との再会もできたことで、道花の胸に自信のようなものが芽生えていた。
先に会場を出たはずの彼女とまた会わないためにゆっくり歩いたからか、ちょうど電車がいったところで、ホームにはほとんど人がいなかった。二人は待合いの椅子に隣り合って腰かけた。
*
道花の通っていた晴翔高等学校は、女子バスケ部はインターハイに二年連続出場、男子に至っては前の年にインターハイベスト四の実績を持つバスケ強豪校だった。
道花は、バスケ推薦で入学したわけではない。そこまでの実力はなかったが、小学校から続けていたバスケを高校でも絶対にやろうと思ってここを選び、一般入試で受験をした。
新しい友人を作るのは、正直得意ではない。
同じ中学から進学した友人が高校ではバスケ部には入らないと言うので、道花は誰かに声をかけたりはせず、一人で部活の見学にやってきた。
「バスケ部?」
「え、うん」
体育館前で背の高い男子に声をかけられて、道花はそちらをよく見もせず返事をした。
同性ですら、気を許せる友人ができるまで時間がかかるのだ。中学時代は男子とはほとんど話もしなかった。
さっさと行ってほしいな、と思っていると、そんな心の声が伝わったわけではないだろうが、彼は何も言わずに体育館の中に入っていった。
よかった、と気づかれないように息を吐いて、その後ろに続く。
道花はバスケ部に入学して、隣の男子バスケへ目を向ける余裕ができた頃ようやく、それが舷だったと知った。
「朝練は基本毎日、授業が始まるまでの一時間くらい。あ、朝練理由に授業に遅れるのは絶対やめてね」
入部したての道花たち新入部員の前で、二年生の天音がそう説明する。新入部員は十四人で、そのうちバスケ推薦が二人。左右に並ぶ同級生たちはみんなキリっとした顔をしていて、道花は、この中に馴染めるだろうかとドキドキした。
「昼練も、学校の用事がない限り毎日参加して。三十分くらい1on1をすることが多いかな。昼ごはん食べ終わったらすぐに来て」
はい! と返事をする声が重なる。
天音が先生と話しに行っている間に、隣の子が小さな声で道花に話しかけてきた。
「広瀬、道花ちゃん、だっけ?」
「う、うん。尾澤、さん?」
気の強そうな目。こちらを値踏みしているように見えるのは、さすがに勘繰りすぎだろう。胸元に書かれた名前を見ながらたどたどしく返すと、彼女はにっこり笑った。
「うん、結衣って呼んで」
こくこくと頷いて、すぐ前を向く。こうして、初対面の相手にも気おくれせず話せるってすごい。
「はい! じゃあ次は午後練の説明するから。こっち来て」
天音がそう呼びかけてきたが、結衣のおかげで、先ほどまでの孤独感は薄れていた。
しばらく歩いたところで、ようやくはぁっと息を吐き出した。
「やっちゃった」
「やばかった。え、何が起こった?」
莉央は、まだ現実に帰ってこれないという顔だ。
道花は膝に手をついた。恥ずかしくて堪らないし、後悔してもしきれない。
「私が逃げたからあんなことに」
「いやわざとじゃないんだし……ごめんだけど、舷くんめっちゃイケメンだったね」
「なんで謝るの」
我に返って一番に言うのがそれ? と笑いが漏れる。
「だって、昔やなこと言われたわけでしょ」
「まぁそうだけど……舷は悪くないからね」
そうまた繰り返して、道花は背筋を伸ばし、またはぁっと息を吐いた。
“悪くない”
当時はそう思えなかったが、今自分でも、さらりとそう言えることに驚く。さっき、想像ではない舷の顔を見たからかもしれない。
久しぶりにあった舷は、道花を見て、ただただ驚いているように見えた。そのあとはよく顔を見れなかったけれど、あの時の怒りも軽蔑も全部飲み込んでサインを書いてくれた気がした。
なんだか、あのことが急に遠い過去になったみたいだ。
「聞いてもいい? 高校の時の話」
「うん」
正直言えば、まだ抵抗感がある。いじめみたいな目に遭ったことも、上手く闘えなかった自分も恥ずかしくて、本当は、人には言いたくない。
でも、何気なく話してしまったほうが、もしかしたら楽になるかもしれない。
バスケとの再会も、舷との再会もできたことで、道花の胸に自信のようなものが芽生えていた。
先に会場を出たはずの彼女とまた会わないためにゆっくり歩いたからか、ちょうど電車がいったところで、ホームにはほとんど人がいなかった。二人は待合いの椅子に隣り合って腰かけた。
*
道花の通っていた晴翔高等学校は、女子バスケ部はインターハイに二年連続出場、男子に至っては前の年にインターハイベスト四の実績を持つバスケ強豪校だった。
道花は、バスケ推薦で入学したわけではない。そこまでの実力はなかったが、小学校から続けていたバスケを高校でも絶対にやろうと思ってここを選び、一般入試で受験をした。
新しい友人を作るのは、正直得意ではない。
同じ中学から進学した友人が高校ではバスケ部には入らないと言うので、道花は誰かに声をかけたりはせず、一人で部活の見学にやってきた。
「バスケ部?」
「え、うん」
体育館前で背の高い男子に声をかけられて、道花はそちらをよく見もせず返事をした。
同性ですら、気を許せる友人ができるまで時間がかかるのだ。中学時代は男子とはほとんど話もしなかった。
さっさと行ってほしいな、と思っていると、そんな心の声が伝わったわけではないだろうが、彼は何も言わずに体育館の中に入っていった。
よかった、と気づかれないように息を吐いて、その後ろに続く。
道花はバスケ部に入学して、隣の男子バスケへ目を向ける余裕ができた頃ようやく、それが舷だったと知った。
「朝練は基本毎日、授業が始まるまでの一時間くらい。あ、朝練理由に授業に遅れるのは絶対やめてね」
入部したての道花たち新入部員の前で、二年生の天音がそう説明する。新入部員は十四人で、そのうちバスケ推薦が二人。左右に並ぶ同級生たちはみんなキリっとした顔をしていて、道花は、この中に馴染めるだろうかとドキドキした。
「昼練も、学校の用事がない限り毎日参加して。三十分くらい1on1をすることが多いかな。昼ごはん食べ終わったらすぐに来て」
はい! と返事をする声が重なる。
天音が先生と話しに行っている間に、隣の子が小さな声で道花に話しかけてきた。
「広瀬、道花ちゃん、だっけ?」
「う、うん。尾澤、さん?」
気の強そうな目。こちらを値踏みしているように見えるのは、さすがに勘繰りすぎだろう。胸元に書かれた名前を見ながらたどたどしく返すと、彼女はにっこり笑った。
「うん、結衣って呼んで」
こくこくと頷いて、すぐ前を向く。こうして、初対面の相手にも気おくれせず話せるってすごい。
「はい! じゃあ次は午後練の説明するから。こっち来て」
天音がそう呼びかけてきたが、結衣のおかげで、先ほどまでの孤独感は薄れていた。
