六章

「あ!旅人さんだ!こんにちは」
「こら、急に走っちゃダメでしょ!あら、狐火くんじゃないの。おかえり、そして旅人さん、こんにちは」

小さな女の子と一緒にいるお姉さんらしき人が優しく微笑み、「ではまたどこかで」と言うとゆっくり去っていった。

「……あの人って誰?舞斗くんのこと知ってたみたいだけど」
「ああ、あの人は雪音姉さん。雪女の末裔だよ。この村の住民は、自己紹介するときや他の人を紹介するときには、どの末裔かを付けるんだ」
「そうにゃのか。不思議にゃ村だにゃ〜」
「そうだな、でも俺らは純だからガチ妖ってことか…?」
「きっとそうにゃ。れーとぜぇさは違うかも」
「え?れーとぜぇさって誰?」
「あたいも気になるのさ!」

私と葉音ちゃんが興味津々で聞くと、みるくはいたずらっぽく笑って「ヒミツにゃ」とだけ言った。みるくは頑固で秘密主義だから、無理に聞き出すことはほぼ不可能だろう。なんで分かるかって?私の生前、みるくにおやつをあげて少しキッチンに行ってお茶を飲みに行ったらみるくがおやつを隠してたから。隠してるところ見ちゃって、みるくが必死に絶対私が取れないようにディフェンスして、頑固ってことが分かったの。
こう言うところもみるく可愛いよね。
くろは、ツンデレかな!

色々なことを考えながら小道を歩いていると、みるくは時折木の葉を軽く蹴ったり、跳ねるリスを追いかけたりしていた。私たちはその様子を見て微笑む。リスが枝から枝へすばしっこく跳ぶ様子は、妖精のように可愛いかった。

やがて小さな神社の前に到着した。

「ここは、この地域を護ってくれている守護神様を祀っている神社だよ。周りの霧は守護神様が出してるって噂もある」
「それはあたいら!その噂は嘘!」

霧は精霊が出しているんだったよね。じゃあ守護神様は何をしているのだろう。

「でも結界を作ってるのは確かなのさー」
「「結界?」」

結界という言葉に私と舞斗くんが反応する。葉音ちゃんがおほんと咳払いをし、

「結界があるおかげでこの村は平和なのさ!悪いことを考えてるやつは入れないようになってるのさ!」

と丁寧に教えてくれた。しっかり説明してるところを初めて見て、思わずふふっと笑ってしまった。運悪く葉音ちゃんが気づいてしまい、「何笑ってるのさ!」と怒られてしまった。

心を落ち着け、私は鳥居の前でお辞儀をしてゆっくり慎重に中へ入る。小さな境内には古いしめ縄や石の御神体が静かに置かれていた。興味が勝ってしまう私は御神体の周りをそっと覗き込み、目を石に近づけて石をよく観察する。手を伸ばしたくなるのは我慢しないと。

「触らないでね。壊れたら大変だから」

私は深く頷き、全員で舞斗くんにもらったお金で賽銭箱にお賽銭を入れ、お参りをした。神社の空気はひんやりとして、なんだか心が落ち着く。

「朱音ねえ、こういう場所って静かでいいね。やっぱり何か守られている感じがするのさ」
「うん、私もそう思う」

神社を出た後、舞斗くんが思い出したように次の行き先を提案した。

「そうだ、僕のお気に入りの屋台広場があるんだ。ついて来てくれないかな?」
「屋台?行きたい!」

みるくや葉音ちゃん、くろも同意し、五人は広場へ向かう。

屋台広場に到着すると、焼きそばを焼く香ばしい匂い、わたあめのふんわりとした甘い香り、たませんの卵を焼く音が混ざり合い、かき氷に群がっている子供達のわいわいとした楽しそうな声が重なり合い、屋台!という感じがする。
私はつい思わず深呼吸をした。

「にゃぁー!これが主人がいつも行ってるお祭りの屋台!いい匂い!いい音!楽しそうにゃ!」

みるくが幼い女の子のように目を輝かせる。くろは久しぶりに見る屋台の光景に少し緊張しつつも口をぽかんと開けながら目を丸くしていた。

「ははは、生前は毎年来てたんだぞ、みるく!」
「悔しいにゃー!行きたかった!」

くろがみるくに自慢をする。くろが自慢を知るなんてなんだか意外だ。クールで無愛想なイメージだったからだ。

舞斗くんが「一人一つなら奢るよ」と言ってくれたので、私たちはそれぞれ食べたいものを選ぶ。私は焼きそば、葉音ちゃんは冷凍みかん、みるくはラムネ、舞斗くんとくろはわたあめ。
まずは私の焼きそばを買いに行くことにした。

「いらっしゃい!」
「焼きそばひとつ!」
「170円ね!」

店員さんは明るく、親しみやすくて話しやすい。焼きそば作りを見るのについ夢中になってしまい、待ち時間もとても楽しかった。

「どうぞ!」

受け取った焼きそばはあったかくて、なんだか村の人の心を表しているようだった。

次は葉音ちゃんの冷凍みかんとみるくのラムネ。舞斗くん情報によると二つは一緒のところに売っているんだそうだ。

「冷凍みかんとラムネ!」
「あいよ!どうぞ。150円!」

舞斗くんがお金を渡し、冷凍みかんとラムネを二人に渡す。二人は目を輝かせて自分が頼んだものをとても嬉しそうに笑いながら見ていた。

次は舞斗くんとくろのわたあめ。舞斗くんもくろも甘党らしい。

「わたあめ二つ!」
「260円ね!」

舞斗くんがお金を渡すと、店員さんは綺麗なまんまるのわたあめを作り始めた。くるくるとあめを纏めて、綺麗な丸にしている。すぐに二つわたあめができて、二人に渡された。
くろは物珍しそうに眺め匂いを嗅ぎ、小さな男の子のように明るく笑った。

みんなで食べようと隅の椅子に座り、それぞれ食べたり飲んだりする。
焼きそばはソースがしっかり絡んでいて、とても美味しかった。
舞斗くんはいざ食べようとした時、大人数でいるからか緊張のあまり指を滑らせ、わたあめを自分の服にくっつけてしまった。

「わっ、ちょ、ちょっと待って!服が…!」

私たちは笑いを堪えきれず、くろも「はは、舞斗らしいな」と少し口角を上げる。みるくはニコニコと笑いながらも「次は気をつけにゃ」と注意した。

全員が食べ終わり、屋台広場を歩いていると、『きんぎょすくい』と書かれた屋台があった。

「お、金魚すくいだ!俺やってみたかったんだよ」

くろが興味津々に屋台を見ながら言うと、舞斗くんも「いいよ!僕もやりたかったんだ」と二人がやることになった。

「いらっしゃい!」
「「やりたいです!」」
「あいよ!ポイと入れ物ね。ここにすくった金魚を入れてね」

いざ、二人が金魚をすくおうと意気込んでポイを入れる。
くろのポイの上に大きい金魚が通ろうとしている!すかさず上げるが、あっけなく破れてしまう。
今度は舞斗くんの方にも金魚が通りかかり、すくえそうと思ったが入れ物に入れようとした瞬間破れてしまい、残念な表情で立ち上がった。
そこにみるくが「やりたいのにゃ!」といいみるくがポイを持ち、金魚たちを睨む。
刹那、カッと目を見開いたかと思うと手際よく金魚をすくっていった。
これにも店員さんも感心した顔で見ており、みるくの技術がとてもすごいことが分かった。

ようやくポイが破れると、すくった金魚の数は10を超えていた。

「君すごいねぇ。でも持ち帰る子は3匹でよろしくね」

とみるくは言われ、悩んだ末、小さな紅と黒と金の金魚を残し、他を逃した。
金魚を袋に入れてもらい、みるくはほくほくとした表情で帰り道を歩いていた。


夜になり舞斗くんの家に戻ると、私はいいアイディアを思いつきは提案した。

「ねえ、せっかくだしお茶会やろうよ!」

みるくと葉音ちゃんも興味津々で賛同。舞斗くんはまだわたあめの服を拭きながらも準備を手伝い、くろも何やらお菓子を並べるのに参加した。香ばしいお茶の香りが部屋中に広がり、和やかな時間を楽しむ。

「このお茶菓子美味しいのさ!」
「じゃあそれちょっと貰うぞ」
「みるくはこれがおすすめだと思うのにゃ」
「へぇー、僕はこれがお気に入り!」

お菓子の勧め合いやお気に入りのお菓子などを紹介などをして、しっかり満腹になったころ、私はまたもや面白そうなアイディアを思いつき、次の提案をした。

「じゃあ、枕投げもやろうよ!」

四人は布団を持ち寄り、夜の小さな部屋で枕投げを開始。みるくは尻尾を使ってトリッキーな動きで近くの枕を弾き、葉音ちゃんは次々と投げ返す。舞斗くんは慣れないながらも必死に避けるが、勢い余って自分の枕に顔を突っ込んでしまった。

「うわっ、なんで僕が被害者に…!」

私たちは大爆笑。くろもカクカクとした動きで投げたり避けたりしていて、動きがなんだか面白くて笑ってしまった。

やがて疲れ果てた朱音たちは布団に転がり、夜の静けさに包まれる。

「はあ…楽しかった…」
「にゃ…体力使ったにゃ」
「もう汗だくだ…」
「でも、面白かった!」

次はお腹が捩れるほど面白いアイディアを思いついちゃった!

「今度は変顔大会しようよ!優勝者は明日朝ごはん作らなくていい!」
「これは勝たないと朝ごはんが不味くなる…」
「あはは、くろは料理下手だもんね!でもあたいも容赦しないのさ」

布団に潜りながら変顔大会!私も腕が鳴るよ。

「順番はじゃんけんで負けた人から時計回りね」
「分かった(にゃ)(のさ)!」
「「「「「最初はグー、じゃんけんぽん!」」」」」

結果はくろがパーでくろ以外はグー。くろが一人勝ちをした。
くろ以外でもう一度じゃんけん。

「「「「最初はグー、じゃんけんぽん!」」」」

私はパーで他全員がチョキ。つまり私が、

「最初だー!」

みんながどんどん変顔をする。特に笑いが多かったのはなんと以外に舞斗くん!いつもニコニコしてるから変顔でのギャップが面白い!
結果、優勝者は舞斗くんだった。

「あぁ、もう明日は絶対一回は失敗する…」

くろの最後の呟きにもみんな大爆笑!
たくさん笑って疲れて今日はぐっすり眠れそうだ。

布団を被ると、私は今日の一日を振り返った。神社での静けさ、屋台での楽しみ、舞斗くんのドジっ子っぷり、お茶会、枕投げ、そしてリスとの小さな出会い。小さな幸せと笑いが詰まった一日だった。

こうして私は、深い眠りへと導かれるように、夢の世界へと意識を落としていった。