サボテンコーヒーを訪れた翌日、私たち映画同好会は多目的室でまたミーティングをした。
「理奈、どんな映画にしたいか、形は見えてきたかしら?」
一華にたずねられ、私はうーん、と唸る。
「なんとなくは、浮かんでる。千咲とのことをドキュメンタリーにするんじゃなくて、私の気持ちを伝えるような映像にしたい。千咲と過ごした時間と今との対比みたいな……。でもそれをどう表現すればいいのかは、わからなくて」
正直にそう告げると、詩織が言った。
「いいねいいね。今なんとなく思い浮かんだー。私が好きなバンドのPVで近そうなイメージのものがあるけど、見てくれない?」
それから詩織のスマホで、そのPVを再生してみんなで見た。
学校の校舎、公園、駅前。いろんな場所をバンドメンバーが全速力で駆け抜けていく。そして最終的にステージの上にメンバーたちが駆け上がり、ライブを始めた。
「このPVはね、このバンドがどういう道を歩んできたかを映像にしているの。学生時代にバンドを組んで、公園や駅前で演奏したりして、地道に実力や知名度を上げて、今はこんな舞台に立っているよって」
「なるほど」
確かにこのPVは私のイメージする映像に近い気がする。
「こういう雰囲気で、千咲のいた世界といなくなった世界を表現したい」
私がそう言うと、律が苦言を呈した。
「まあ雰囲気はわかったけど、これで二十分近く間を持たせるのは難しいよね。セリフとかナレーションは入れるでしょ? あと動きがある場面も作らないと」
すると今度は一華が言った。
「主人公が心の中で思っていることをナレーションで入れるのはどうかしら? あと律の言う通り、それだけじゃなくてストーリーが必要だと思う。主人公が作品の始まりと終わりで変化したり成長していないと。喪失感との向き合い方に気づくとかね」
一華の言葉を聞いて、私はふと思う。
「主人公が心の中で思っていることって、つまり私が思ってることだよね。そしたらナレーションの言葉とか、私が考えたほうがいいよね」
そうたずねると、一華はうなずいた。
「そうね。だからこの映画のシナリオの案は、まず理奈に書いてもらう必要があるわ。それをどう映像化すると効果的になるのかを、私と律で考えて、シナリオを完成させる。高校生映画コンテストの応募締め切りを考えると、そろそろシナリオ作りを始めないとね」
「そっか。そうだね」
映画のシナリオなんて、私にはどう書けばいいのか見当もつかないけど……。
とりあえず、自分の気持ちを箇条書きするところから初めてみよう。
ミーティングを終えて夕方六時半に帰宅すると、いつも通り蒼真も母も出かけていて、父はまだ仕事から帰っていなかった。
キッチンのコンロの上にはカレーの入った鍋が置かれている。流しを見ると、既に蒼真と母がカレーを食べ終えた皿が水につけてあった。ここ数年、平日の夕食を家族そろって食べる日は激減した。
シャワーを浴びて部屋着に着替えると、私はカレーを盛り付けて無言で食べる。
普段、一人でご飯を食べるときには、動画を見ながら食べることが多い。でも今日はなにも見ずに「どんなシナリオを書けばいいだろう」と考えながら、無心でカレーを食べた。
食べ終えると、蒼真と母の分と自分の分の、三枚のカレー皿を洗う。二人は大変そうだから家族としてそれくらいはしようと思う。
でも私、本当にこの家に住んでいる人と家族なのだろうか? と思うくらいに、もう心は離れてしまっている気がする。
食器洗いを終えた私は自分の部屋に戻り、さっそくスマホのメモ帳アプリを開く。そして画面をじっと見つめる。
まずは映画のタイトルを自分なりに考えてみよう。そうすれば、書き始められるかも。
「うーん」
指を動かしメモ帳に文字を入力しては消して、を繰り返す。
そしてふと気づく。
千咲の死を悲しむ権利があるのか、と考えている私が、千咲の死を受け入れるために映画を作ろうとしている。
本当はそれこそ、私にそんな権利あるのか、という話なんじゃないか。
でもそういえば、最近は権利があるとかないとか、考えなくなってきている。
映画を作ることになってから私、千咲と関係のあったいろんな人から、千咲の話をきいてきた。
みんなそれぞれに、千咲との思い出があった。塾で、イベント会場で、コーヒー屋で。
そしてその人たちの話を聞いて思ったこと。
関わりの大小によって、千咲を偲ぶ権利があるだとかないだとか、そんなことを会話した相手に対して私は思わなかった。
悲しいんだから悲しい分、寂しいんだから寂しい分、そう思っていいに決まってる。っていうかそう思っていいも悪いも、誰が決めるんだって感じだ。
自分に高いハードルを勝手に設けていたのがバカバカしい。
私だって本当は、千咲との思い出を誰かに伝えたい。
じゃあもし私が誰かに自分が千咲を偲んで何かを語るとしたら、どんな風に語るんだろう。
その舞台となる場所は、どこだろう。
……教室だ。
絶対に、この映画には学校の教室のシーンが入ると思う。だって私と千咲が一緒に過ごしてきた場所だから。
千咲と私がいた場所。
今は千咲がいない場所。
≪あなたのいない教室≫
そう入力したら、自然とイメージが浮かんできた。
一華は主人公の心の中をナレーションで表現したらいいと言っていた。
≪私はあの子を待っている。でもあの子は来ない。その事実を私は受け入れられずにいる≫
タイトルの下にそう入力してみる。
たぶん、こんな感じだ……。続けて入力していく。
≪あの子は私にとってどんな存在だったのだろう。私はあの子にとってどんな存在だったのだろう≫
≪ときおり、教室にいるとあの子の気配を感じることがある≫
≪私はあの頃と同じパンを食べ続けているのに、どうしてあの子は今ここにいないんだろう。それが信じられなくて不思議な気持ち≫
文字を入力していくと、自分の気持ちも整理されていくように感じる。
私は夢中になって、メモ帳に気持ちを入力し続けた。
「ふぅ」
私は時間も忘れて、自分の気持ちについてのメモを入力することに集中していた。
時計を見ると、いつの間にか深夜二時になっている。
ってことは、当然蒼真も母も父も、とっくに帰宅して今頃眠っているだろう。
きっと物音がしていたはずだけど、集中しすぎて全然気づかなかった。
でもこれだけなにかに夢中になる時間を過ごすのは滅多にないことだから、なんだか頭がすっきりして気持ちいい。
「でも、さすがにそろそろ寝ないとね」
ナレーションをイメージしながら言葉を紡ぐことで、自然と映画全体の流れが自分の中で見えてきた。
最初の場面は、ただ喪失感を受け入れられなくて呆然としている自分。それから次第にくっきりと、失ったものの形が見えてくる。
寂しいけど、失ったものの温かさを再認識するような、そんな感じ。
「でもラスト、どうしたらいいかな」
たぶん、私はしっかりと千咲を見つめて、お別れをすべきなんだと思う。
「お別れを……」
そんなの、ただ悲しいだけじゃないか。
でもこの映画を、ただ悲しいだけのものにしちゃいけないんだろう。
だとしたら、どんな気持ちになればいいのかな。
その光景がまだ見えないから、今の私には映画のラストが思い浮かびそうになかった。
翌週の放課後、映画同好会の四人でまた多目的室に集まり、私の書いたメモを元にシナリオの相談をした。
「理奈の気持ちが伝わる言葉ばかりだわ。このままナレーションに使っていいと思う」
私が転送したメモを見ながら一華がそう言うと、律もうなずいた。
「確かに結構いい感じ。それぞれの場面ごとに『あの子』の姿の一部とか、思い出の品とかを映して、それが存在しない今との対になる映像を作るといいかもね」
「それいいね~。理奈的に、映像に入れたい思い出の品って言うとどんなものがあるの?」
詩織にたずねられ、私は思い浮かべてみる。
「えっと、購買のパンとか、紙パックのカフェオレとか、イヤホンとかかな……」
「ふむふむ」
詩織は相づちを打ちながら、映画同好会のチャットのメモに、私が言った思い出の品を入力していった。
メモを見つめながら一華が言う。
「今のところ、ナレーション担当と『私』と『あの子』を演じる担当が必要な状態ね」
「ナレーションは絶対に一華がいいよー。この映画で一番重要な役割だもん。演技力がある一華じゃないと」
詩織の提案に、私と律もうなずく。
すると一華は了承した。
「そうね、確かにナレーションは私が担当するのがいいと思う。そうすると『私』と『あの子』は誰が?」
「んー、『私』役も一華でいいんじゃない? ナレーションは心の声みたいなもんだし」
律がそう提案すると、一華はうーん、と唸りながら首をひねった。
「私が演じてしまうと『桐原一華』というインパクトが強すぎて、作品そのものが表現しようとしていることが伝わりにくくなってしまう気がするの」
「なるほど。確かにこの映画って、素朴で繊細な表現が大事な感じだからね」
「確かにそうかも」
詩織も納得したようにうなずいた。
だけどそうすると「私」役って……。
「だとしたら『私』役は理奈でしょ」
律が言うと、他の二人も同意した。
ひえっ、私が演技を? と一瞬たじろぐ。
でも「私」と「あの子」の役って、顔はちらっとしか映さない予定なんだよね。後ろ姿だけ映したり、手や足元だけ写したり、時々すっと通り過ぎたり。姿が見えては消えていくような役だ。
演技に自信とかはないけど、やってみようかな。それにこれは、私の気持ちを映画にするという企画なのだし。
「わかった。私がやるね」
そう答えたら、みんな承認の拍手を送ってくれた。
「えーっと、それじゃあ『あの子』役のほうはどうしよっか」
詩織がたずねると、一華が言った。
「理奈が決めて。あの子のイメージに近い人がいいと思う」
「うん……」
少し考えてから私は言った。
「だとしたら、詩織」
「へっ」
私に指名されてしまった詩織は、変な声をあげながら小さく飛び跳ねた。
「わ、私?」
「うん。なんか雰囲気は一番詩織が似てるかも」
その雰囲気というのは、垢抜けているような、真面目ではなさそうなルーズな雰囲気なんだけど……。詩織が垢抜けていると言ってしまうと律が垢抜けていないみたいだし、真面目ではなさそうなんて言っても詩織に失礼なので、詳細は言わないでおいた。
「まあなんかわかる。詩織だな」
自分が指名されなかったことで安心したのか、律は力強くそう言った。
「わかったぁ。じゃあ、あの子役は、私で」
詩織は困ったような顔で笑いながら、役を引き受けてくれた。
「あとはこの先の流れをどうするか、ね。教室だけで終わらないで、場面を切り替えてどこか外に出て撮影したほうがいいと思うけれど……。どこがいいと思う?」
そうたずねる一華に私は言った。
「ラストをどうすべきか、まだわからないの。だから時間がほしい」
すると一華は深くうなずいた。
「わかったわ。理奈にラストが見えてから、シナリオを完成させましょう」
「理奈、どんな映画にしたいか、形は見えてきたかしら?」
一華にたずねられ、私はうーん、と唸る。
「なんとなくは、浮かんでる。千咲とのことをドキュメンタリーにするんじゃなくて、私の気持ちを伝えるような映像にしたい。千咲と過ごした時間と今との対比みたいな……。でもそれをどう表現すればいいのかは、わからなくて」
正直にそう告げると、詩織が言った。
「いいねいいね。今なんとなく思い浮かんだー。私が好きなバンドのPVで近そうなイメージのものがあるけど、見てくれない?」
それから詩織のスマホで、そのPVを再生してみんなで見た。
学校の校舎、公園、駅前。いろんな場所をバンドメンバーが全速力で駆け抜けていく。そして最終的にステージの上にメンバーたちが駆け上がり、ライブを始めた。
「このPVはね、このバンドがどういう道を歩んできたかを映像にしているの。学生時代にバンドを組んで、公園や駅前で演奏したりして、地道に実力や知名度を上げて、今はこんな舞台に立っているよって」
「なるほど」
確かにこのPVは私のイメージする映像に近い気がする。
「こういう雰囲気で、千咲のいた世界といなくなった世界を表現したい」
私がそう言うと、律が苦言を呈した。
「まあ雰囲気はわかったけど、これで二十分近く間を持たせるのは難しいよね。セリフとかナレーションは入れるでしょ? あと動きがある場面も作らないと」
すると今度は一華が言った。
「主人公が心の中で思っていることをナレーションで入れるのはどうかしら? あと律の言う通り、それだけじゃなくてストーリーが必要だと思う。主人公が作品の始まりと終わりで変化したり成長していないと。喪失感との向き合い方に気づくとかね」
一華の言葉を聞いて、私はふと思う。
「主人公が心の中で思っていることって、つまり私が思ってることだよね。そしたらナレーションの言葉とか、私が考えたほうがいいよね」
そうたずねると、一華はうなずいた。
「そうね。だからこの映画のシナリオの案は、まず理奈に書いてもらう必要があるわ。それをどう映像化すると効果的になるのかを、私と律で考えて、シナリオを完成させる。高校生映画コンテストの応募締め切りを考えると、そろそろシナリオ作りを始めないとね」
「そっか。そうだね」
映画のシナリオなんて、私にはどう書けばいいのか見当もつかないけど……。
とりあえず、自分の気持ちを箇条書きするところから初めてみよう。
ミーティングを終えて夕方六時半に帰宅すると、いつも通り蒼真も母も出かけていて、父はまだ仕事から帰っていなかった。
キッチンのコンロの上にはカレーの入った鍋が置かれている。流しを見ると、既に蒼真と母がカレーを食べ終えた皿が水につけてあった。ここ数年、平日の夕食を家族そろって食べる日は激減した。
シャワーを浴びて部屋着に着替えると、私はカレーを盛り付けて無言で食べる。
普段、一人でご飯を食べるときには、動画を見ながら食べることが多い。でも今日はなにも見ずに「どんなシナリオを書けばいいだろう」と考えながら、無心でカレーを食べた。
食べ終えると、蒼真と母の分と自分の分の、三枚のカレー皿を洗う。二人は大変そうだから家族としてそれくらいはしようと思う。
でも私、本当にこの家に住んでいる人と家族なのだろうか? と思うくらいに、もう心は離れてしまっている気がする。
食器洗いを終えた私は自分の部屋に戻り、さっそくスマホのメモ帳アプリを開く。そして画面をじっと見つめる。
まずは映画のタイトルを自分なりに考えてみよう。そうすれば、書き始められるかも。
「うーん」
指を動かしメモ帳に文字を入力しては消して、を繰り返す。
そしてふと気づく。
千咲の死を悲しむ権利があるのか、と考えている私が、千咲の死を受け入れるために映画を作ろうとしている。
本当はそれこそ、私にそんな権利あるのか、という話なんじゃないか。
でもそういえば、最近は権利があるとかないとか、考えなくなってきている。
映画を作ることになってから私、千咲と関係のあったいろんな人から、千咲の話をきいてきた。
みんなそれぞれに、千咲との思い出があった。塾で、イベント会場で、コーヒー屋で。
そしてその人たちの話を聞いて思ったこと。
関わりの大小によって、千咲を偲ぶ権利があるだとかないだとか、そんなことを会話した相手に対して私は思わなかった。
悲しいんだから悲しい分、寂しいんだから寂しい分、そう思っていいに決まってる。っていうかそう思っていいも悪いも、誰が決めるんだって感じだ。
自分に高いハードルを勝手に設けていたのがバカバカしい。
私だって本当は、千咲との思い出を誰かに伝えたい。
じゃあもし私が誰かに自分が千咲を偲んで何かを語るとしたら、どんな風に語るんだろう。
その舞台となる場所は、どこだろう。
……教室だ。
絶対に、この映画には学校の教室のシーンが入ると思う。だって私と千咲が一緒に過ごしてきた場所だから。
千咲と私がいた場所。
今は千咲がいない場所。
≪あなたのいない教室≫
そう入力したら、自然とイメージが浮かんできた。
一華は主人公の心の中をナレーションで表現したらいいと言っていた。
≪私はあの子を待っている。でもあの子は来ない。その事実を私は受け入れられずにいる≫
タイトルの下にそう入力してみる。
たぶん、こんな感じだ……。続けて入力していく。
≪あの子は私にとってどんな存在だったのだろう。私はあの子にとってどんな存在だったのだろう≫
≪ときおり、教室にいるとあの子の気配を感じることがある≫
≪私はあの頃と同じパンを食べ続けているのに、どうしてあの子は今ここにいないんだろう。それが信じられなくて不思議な気持ち≫
文字を入力していくと、自分の気持ちも整理されていくように感じる。
私は夢中になって、メモ帳に気持ちを入力し続けた。
「ふぅ」
私は時間も忘れて、自分の気持ちについてのメモを入力することに集中していた。
時計を見ると、いつの間にか深夜二時になっている。
ってことは、当然蒼真も母も父も、とっくに帰宅して今頃眠っているだろう。
きっと物音がしていたはずだけど、集中しすぎて全然気づかなかった。
でもこれだけなにかに夢中になる時間を過ごすのは滅多にないことだから、なんだか頭がすっきりして気持ちいい。
「でも、さすがにそろそろ寝ないとね」
ナレーションをイメージしながら言葉を紡ぐことで、自然と映画全体の流れが自分の中で見えてきた。
最初の場面は、ただ喪失感を受け入れられなくて呆然としている自分。それから次第にくっきりと、失ったものの形が見えてくる。
寂しいけど、失ったものの温かさを再認識するような、そんな感じ。
「でもラスト、どうしたらいいかな」
たぶん、私はしっかりと千咲を見つめて、お別れをすべきなんだと思う。
「お別れを……」
そんなの、ただ悲しいだけじゃないか。
でもこの映画を、ただ悲しいだけのものにしちゃいけないんだろう。
だとしたら、どんな気持ちになればいいのかな。
その光景がまだ見えないから、今の私には映画のラストが思い浮かびそうになかった。
翌週の放課後、映画同好会の四人でまた多目的室に集まり、私の書いたメモを元にシナリオの相談をした。
「理奈の気持ちが伝わる言葉ばかりだわ。このままナレーションに使っていいと思う」
私が転送したメモを見ながら一華がそう言うと、律もうなずいた。
「確かに結構いい感じ。それぞれの場面ごとに『あの子』の姿の一部とか、思い出の品とかを映して、それが存在しない今との対になる映像を作るといいかもね」
「それいいね~。理奈的に、映像に入れたい思い出の品って言うとどんなものがあるの?」
詩織にたずねられ、私は思い浮かべてみる。
「えっと、購買のパンとか、紙パックのカフェオレとか、イヤホンとかかな……」
「ふむふむ」
詩織は相づちを打ちながら、映画同好会のチャットのメモに、私が言った思い出の品を入力していった。
メモを見つめながら一華が言う。
「今のところ、ナレーション担当と『私』と『あの子』を演じる担当が必要な状態ね」
「ナレーションは絶対に一華がいいよー。この映画で一番重要な役割だもん。演技力がある一華じゃないと」
詩織の提案に、私と律もうなずく。
すると一華は了承した。
「そうね、確かにナレーションは私が担当するのがいいと思う。そうすると『私』と『あの子』は誰が?」
「んー、『私』役も一華でいいんじゃない? ナレーションは心の声みたいなもんだし」
律がそう提案すると、一華はうーん、と唸りながら首をひねった。
「私が演じてしまうと『桐原一華』というインパクトが強すぎて、作品そのものが表現しようとしていることが伝わりにくくなってしまう気がするの」
「なるほど。確かにこの映画って、素朴で繊細な表現が大事な感じだからね」
「確かにそうかも」
詩織も納得したようにうなずいた。
だけどそうすると「私」役って……。
「だとしたら『私』役は理奈でしょ」
律が言うと、他の二人も同意した。
ひえっ、私が演技を? と一瞬たじろぐ。
でも「私」と「あの子」の役って、顔はちらっとしか映さない予定なんだよね。後ろ姿だけ映したり、手や足元だけ写したり、時々すっと通り過ぎたり。姿が見えては消えていくような役だ。
演技に自信とかはないけど、やってみようかな。それにこれは、私の気持ちを映画にするという企画なのだし。
「わかった。私がやるね」
そう答えたら、みんな承認の拍手を送ってくれた。
「えーっと、それじゃあ『あの子』役のほうはどうしよっか」
詩織がたずねると、一華が言った。
「理奈が決めて。あの子のイメージに近い人がいいと思う」
「うん……」
少し考えてから私は言った。
「だとしたら、詩織」
「へっ」
私に指名されてしまった詩織は、変な声をあげながら小さく飛び跳ねた。
「わ、私?」
「うん。なんか雰囲気は一番詩織が似てるかも」
その雰囲気というのは、垢抜けているような、真面目ではなさそうなルーズな雰囲気なんだけど……。詩織が垢抜けていると言ってしまうと律が垢抜けていないみたいだし、真面目ではなさそうなんて言っても詩織に失礼なので、詳細は言わないでおいた。
「まあなんかわかる。詩織だな」
自分が指名されなかったことで安心したのか、律は力強くそう言った。
「わかったぁ。じゃあ、あの子役は、私で」
詩織は困ったような顔で笑いながら、役を引き受けてくれた。
「あとはこの先の流れをどうするか、ね。教室だけで終わらないで、場面を切り替えてどこか外に出て撮影したほうがいいと思うけれど……。どこがいいと思う?」
そうたずねる一華に私は言った。
「ラストをどうすべきか、まだわからないの。だから時間がほしい」
すると一華は深くうなずいた。
「わかったわ。理奈にラストが見えてから、シナリオを完成させましょう」
