あの桐原一華と一緒に映画を撮れることになった!

 そう決まった時から、内心私は大はしゃぎで、その日の日記をすぐに書き始めた。
 私は手書きの日記を毎日書き続けている。日記を書くのが習慣になったのは、小学三年生の頃からだった。
 私は自分の決めたことをコツコツ続けるのが好きで、日記はその中の一つ。

「すごいな……」

 ノートにペンを走らせながらも、一体これからどんな楽しいことが始まるのだろう、と胸が高鳴る。
 きっと映画が好きな子たちが集まって、熱量の高い映画部になるに違いない!
 そんな風に思っていたのに、いざ活動初日にメンバーと集まって自己紹介を終えて、私は少し期待外れだなと正直感じてしまった。

 メンバーはたったの四人だけ。それに一華はいいとして、詩織はただファッションと音楽が好きなだけの適当な子に見えるし、初めて顔を合わせた理奈って子なんか、映画鑑賞が趣味というだけであまりやる気もなさそう。一華に無理やり連れてこられた雰囲気だった。
 私はああいう子は苦手だ。何に対してもやる気がなさそうな子。それでいてうちの高校にいるくらいだから、一応勉強はできるんだろうけど。

 私は子供の頃からコツコツ真面目に勉強した上、すっごく受験勉強を頑張って、やっとのことで桜台女子高校に合格した。桜台女子と言えばこの辺では偏差値の高い女子高で、制服も華美ではなくて品があり、あこがれの高校だった。だから合格発表の日は飛び上がって喜んだし、これで私は胸を張って生きていける! とまで思った。

 私は別に、自分のことが嫌いなわけじゃない。でもずっと劣等感は抱えて生きてきた。

 まず私は、自分の容姿に自信が持てない。小柄で寸胴で、男の子みたいな顔。小柄でかわいい子や、男の子みたいでもスラっとして手足が長い子なら男女問わずモテる。でも私の容姿ではそのどちらにもなれず、ただたださえない見た目だと自分のことを思っていた。

 それに性格も男っぽくて、まっすぐではっきりした物言いだから、人から嫌われてしまうことも多々あった。それでも自分は間違っていないって思ってるけど……。でも人から嫌われるたびに自信を失う。だから年々、私なりに人づきあいには工夫して、性格も丸くなってきているつもり。……でもまだ、普通の女子にはなれてないなって思う。

 そういう私だから、その劣等感を払拭したいのもあって、桜台女子を目指したのだ。
 
 でもここに入学したら、私は「真面目で努力家」というアドバンテージを失ってしまった。
 この学校の子は、ほぼ全員「真面目で努力家」だからだ。 

 今までの私はそこだけは他人に誇れる、と思って生きてきたし、周りからも評価されていた。だけど世の中、上には上がいる。頑張っても、この高校では私には平均点をとるのがやっとだ。
 それは結構衝撃的な出来事で、私はもう、全てを失ってしまったかのようにも感じていた。

 そんな中、私は子供の頃から好きだった特撮映画ばかりを現実逃避のように見るようになった。そして特撮の研究をして、自分で動画を作って動画サイトにアップしたりした。

 高評価がつくたびうれしくて、こういう動画を作れることが私のすごいところなんだ、と思えるようになった。

 特撮作品には声優が出演していることもあって、徐々に声優について詳しくなっていった。そして推しの男性声優ができ、推しのライブに行ったりもした。
 推し関連のことで夢中になっている間は、自分の劣等感についても自然と忘れて、楽しい時間を過ごせた。
 そうやって、なんとか自分を保っていた。

 そんなある日、一華から映画同好会に誘われたから、自分の動画作成の技術が評価されたんだ! と嬉しくなった。舞い上がってしまっていたのだ。
 だから余計に、理奈のような無気力な子も一華から同好会に誘われていることには納得できなかった。

 でも同好会設立の翌週、理奈は撮りたい映画の案をちゃんと考えてきた。
 それは「友達を亡くした喪失感について」というテーマだった。
 メモを読み上げる理奈を見て、私は少し泣きそうになった。

 理奈には何かが欠けている。だから失ったものの大きさに気づけなくて、でも失ったダメージを背負っている。そんな感じがしたからだ。
 だから理奈の考えたテーマで映画を撮ることには大賛成だった。

 でもその亡くなってしまった理奈の友達について知るたび、私はまたがっかりし始めた。
 校則を違反して髪を赤茶色に染めて、バイトをして、稼いだお金を男性アイドルにつぎ込んで。塾もサボっていたというし、夜道を歩いていて交通事故にあったというし。

 特に、塾をサボるなら辞めればいいのに、というのは強く思った。だって塾に通うのってお金がかかるじゃない。そのお金、親が苦労して働いて稼いだお金から出してるのにさ。私だったら考えらんないな。

 そういうふうに、どんどんその千咲という子について知るたび、好感度は下がっていく一方だった。
 だけど、その子が好きだったというLUZICのライブを見て、急にその子の気持ちが見えてきた。

 あ、私と同じだ。
 きっとLUZICに夢中になっている時間は、何かを忘れられる楽しい時間だったんだ。

 LUZICのファンの様子を見ていたら、ジャンルは違っても私の推し活と似ていると思った。はじめは、不良っぽい人たちでなんかちょっと怖いなって思ったけどね。みんな髪染めたり、メイクばっちりだし。
 でも、同じものが好きな子たちが集まって語らってて、絆も深そうで、正直ちょっとうらやましかった。たぶん、LUZICのことが好きなだけじゃなくて、そういう輪の中にいること自体が、自分の救いになっているんだろうなって。

 高野さんは何を忘れたかったのだろう。
 彼女について、もっと知りたくなってきた。

 表面上に見えていることだけで、人のことを決めつけちゃいけないって気づいた。
 高野さんのことを知ることは、自分を知ることにもつながる気がした。