お風呂あがりに、私は大きめのマグカップにミルクを入れて電子レンジにかける。
 夜のリラックスタイムにホットミルクを飲むのが好き。お砂糖をほんの少しだけ加えるのがポイント。

 ジーッと電子レンジを見つめていたら、母がキッチンにやって来た。

「あら一華ちゃん、もうお風呂から出たの?」

「うん」

「明日の放課後は同好会で遅くなるんだったかしら?」

「うん、映画が完成したから、同好会のみんなと打ち上げパーティーをするの」

「どこで?」

「学校の近くのファミレスで」

「何時ごろに帰るの?」

「決めてないけれど、夕ご飯までには帰るわ」

「そう。あまり遅くならないようにね」

 母は高校生になった今でも、私の行動を細かく把握しようとしてくる。
 それは過保護すぎる行動なのかもしれないし、芸能活動をしている私の身を案じて、親として当然の確認をしているだけなのかもしれない。
 私には私にとっての普通しかわからないから、判断はつかない。
 ただ時々、息が詰まる。

——ピーッ。
 出来上がったホットミルクを手に、私は自室へ向かう。

「おやすみなさい、お母さん」

「おやすみなさい、一華ちゃん」

 廊下を歩いて自分の部屋にたどり着くと、少しホッとする。
 

 律に送ってもらった映画のデータファイルを開き、動画を再生する。
 ワンシーンごとに撮影時の思い出がよみがえる。

 あっ。このシーンの撮影の時、お天気雨が降ってきちゃったから、やむまでしばらく待たなきゃだったんだよな、とか。購買で買ったパン、撮影後にみんなでわけて食べたけど、結構おいしかったな、とか。
 そういう記憶の一つ一つが、私の心を温かくしてくれる。

 たぶん、映画同好会のメンバーのおかげだと思う。最初集まった頃にはみんなバラバラの性格だなってちょっと思っていたけれど、結局みんな優しくて、どこか不器用で、でもお互いを尊重しあえる仲間になれた。

 映画が完成したという達成感だけじゃなく、四人で成し遂げることができたという嬉しさがある。
 自分の手でなにかを始めて、そこに確かになにかが生まれた。
 作品や、人との関わり、そして自分自身の変化。

 以前、海で撮影をしたとき、私は理奈に、なんで映画同好会を作ろうと思ったのかと聞かれた。その時私はこう答えた。

「本当の自分を、見つけたかったから」

 自分で言った瞬間に、え、私ってそう思ってたんだって気づいた。
 理奈と話す時、なぜか私は心の奥底を打ち明けてしまうことがある。
 彼女は自分と似ている部分があると感じているから、無意識のうちに心を許してしまっているのかもしれない。

 結局本当の私が見つかったのかと言われると、微妙なところだ。
 まだ自分を見つける旅の途中だと思う。

 でも自分で自分の未来を選択し続けるうちに、きっと本当の自分に近づいていけるんじゃないかな。
 なにより自分でやると決めたことに打ち込む時間は、とても楽しかった。

 それに今回の映画を撮ってみて、よりはっきりと見えてきたことがある。
 私はやっぱり、演じることが好きだ。

 映画の企画を進行することも、どんなふうに映像を撮るのか考えるのも楽しかった。でもナレーションを録音するとき、私の中でスイッチが入って、自分自身が生き生きしていくのを感じた。

 私は女優業を頑張りたい。
 ……そう気づいたのだから、この思いを今すぐ伝えるべきだ。

 私は動画を一時停止にして、部屋から出て再びキッチンへと向かった。
 キッチンでは母が、明日のお弁当に入れるおかずの仕込みをしてくれている。

「あの、お母さん。これからの芸能活動について、相談なんだけど」

 唐突にそう話を切り出すと、母は料理の手を止め、包丁をまな板に置いた。

「うん。一華ちゃん、これからどうしたいの?」 

 母はじっと私を見つめる。
 いつでも母は、私に対して真剣だ。

 その思いが多少過剰すぎることがあったとしても……。やっぱりそんな母のおかげで今まで私はやってこられた。その過去の時間に対して、プラスの感情もマイナスの感情もある。
 母といると、自分の才能を発揮するために、たくさんのことを努力し続けなくてはならないのかと感じて、疲弊してしまうこともあった。
 でもこれから先の道は、私の手で新たに切り開いていくことができる。

「私ね、これからはなるべく、女優業だけに専念したい。あと、学校で過ごす時間も大切にしたい。だからモデルやクイズ番組のお仕事は卒業にしたいの」

 思いきって、そう告げた。
 我ながら、わがままなことを言っていると思う。
 本当はどのお仕事をもらえることにも感謝すべきなのに——。

「わかったわ。一華ちゃんがそう思うなら、そうしましょう」

 反対されるかと思ったのに、母は私ににっこり微笑んでいた。

「えっと、いいの?」

 戸惑いながらたずねたら、母は言った。

「いいに決まってるわ。お母さんはいつでも一華ちゃんを全力で応援したいだけなの。でもそれが今まで、一華ちゃんにとってプレッシャーになりすぎていたかもしれないわね」

「お母さん……」

「明日事務所にも相談しましょうね」

 母はそう言うと、再びお弁当のおかずの仕込みを始めた。

 なんだ、こんな単純なことだったんだ。
 ほっとして力が抜けた私は、そのままリビングへ行き、ソファーに寝ころんだ。

 どうして今まで、誰に対しても素直になれなかったのだろう。
 でも大丈夫、きっとこれから先は変わっていくから。
 気が緩んだら今まで溜めこんでいたものが溢れ出るように、涙が頬を伝っては流れ落ちていった。