第二校舎の多目的室。

 映画同好会に入ってから、毎週のように通い続けてきたこの場所で、今日はいよいよ完成した映画を上映することになった。
 多目的室の天井から、一華が白いスクリーンを引っ張って降ろしている。

 これからここに、私たちが作った映画が映し出されるんだ。
 そう思うとわくわくする。

 私と詩織は多目的室のカーテンを閉め、部屋の中を暗くした。
 律は持参したノートパソコンとプロジェクターのセッティングをしている。
 やがて準備がととのい、私たちは席に座ってスクリーンを見つめる。

「じゃあ再生するよー」

 律はそう言うと、動画の再生ボタンをクリックした。
 すると真っ白なスクリーンに、私たちの映画が映し出された。

 映像が、音が、私の心に注ぎ込まれる。
 この映画は私のための映画だ。
 私がちゃんと千咲の死を受け止めて、また前を向いて歩きだすための映画。



 パチパチパチパチ。
 映画を見終わり、誰からともなく拍手をし始めた。

「いやーなかないい出来なんじゃないの? これ」

 手ごたえを感じたのか、律は上機嫌でそう言った。
 一華と詩織もうなずきあっている。

「理奈と詩織の演技が自然でいい感じだった。BGMがついて、グッと雰囲気が出たわね」

「一華のナレーションもめっちゃよかった~」

 それから三人は、ずっと無言でうつむいている私に声をかけた。

「ねえ、理奈、どうだった?」

 一華がそっと私にたずねる。
 私はなにか答えなきゃと思ったんだけど、答えることができなかった。
 涙があふれて、とまらなくて、声が出なかった。

「……理奈が伝えたいことを表現できてたかな?」

 一華がまた、私にたずねる。

「……うん」

 やっとのことでそう答えて、それから私は肩を震わせ、静かに涙をぬぐった。
 

「じゃ、送信するよー」

 募集要項を三人で何度も確認しなおした後、律が応募フォームからファイルを送信した。

「……送信完了しました、だって。応募完了! みんなお疲れさまでしたー」

 律がそう言うと、みんなホッとしたように息を吐いた。
 四月からの映画同好会の活動も、これで一区切りだ。

「わーなんか、一つのことをやり切ったって感じ。んーっ! こういう達成感は初めてだなあー」

 詩織が気持ちよさそうに伸びをしている。

「私も、同じ気持ち」

 私、今まで部活もやったことがなかったし、誰かと一緒になにかを頑張ってやりきる、みたいな体験はしたことがなかった。
 そういうの苦手だなって思い込んでたけど、終わってみたら、なかなかいいものだったなって思う。

「もし入賞したら、高校生映画フェスティバルで上映されるんだよね。そうなったら嬉しいなあ~。絶対にみんなと見に行きたい」

 詩織が興奮気味にそう言うと、律が提案した。

「っていうか、もし入賞しなかったとしてもさ、みんなで見に行かない? 高校生映画フェスティバル。他の作品がどんなのかも気になるし」

「いいね。行きたい」

 思わず私はそう答えていた。
 他の作品を見たい気持ちもあったけど、私は単純に、夏休みに四人で出かけたいと思った。きっと楽しいから。

「じゃあ賞の結果に関わらず、四人で行きましょ。その日は仕事入れないように予定空けとくわ」

 一華はさっそくスマホのカレンダーアプリを立ち上げ、予定を入力し始めた。
 私も日付を忘れないうちにと、カレンダーアプリに入力する。

≪八月二十日 高校生映画フェスティバルを見にいく≫

 その文字を見つめながら、不思議なものだなと思う。
 春休みの私には、夏休みの私が高校生映画フェスティバルに行くことになるなんて、想像もつかなかった。

 人間は一人きりでは生きていない。
 常に誰かと関わり、影響を受けながら変化し続けていくんだ。

「一華、私を映画同好会に誘ってくれて、ありがとう」

「……お礼を言われることなんかしてない。私が理奈を誘いたくて誘っただけだから。私のほうこそ、ありがとう。こんな映画にたどりつけたのは、理奈のおかげ」

 そう真剣に伝える一華の表情には嘘がないように見えた。
 初めて声をかけられたころには、一華はなにを考えているのかよくわからなかった。
 でも今ならわかる。
 一華と私の心の中には似たような孤独があって、それを一華は見つけてくれたんだ。

「あーもう夏が楽しみーっ!」

 感情があふれ出すみたいに、律がそう叫んだ。

 映画が完成した翌週、私は映画同好会の四人と共に、千咲のお墓参りにいった。
 駅から墓地まで来る途中にあった花屋で、お墓にお供えするための花を買っていくことにした。

「どれがいいかな……」

 墓地の近くなこともあってか、花屋の店頭にはたくさんの仏花が並んでいる。きっとお墓参りをする人は、この中から選んで買っていくんだろうけど……。
 なんとなく、千咲に似合わない気がする。

 そう感じた私は店の中へと入り、色とりどりの花が並ぶショーケースの元へと足を運ぶ。そこにはバラ、ガーベラ、トルコキキョウ、ユリなど、華やかでかわいらしい花がたくさん並んでいた。

「この中から選ぼうかな」

 そうつぶやくと、隣でショーケースを眺めていた一華が言った。

「いいんじゃない? 私なら、自分のお墓にかわいいお花をお供えしてもらったら嬉しいかも」

「そっか」

 私はショーケースを眺め、何度も迷ってから店員さんを呼んだ。

「すみません、ひまわりとマリーゴールドを買いたいんですけど」

 それから店員さんに用途を説明し、必要な本数の花をちょうどいい長さでカットしてもらった。

「ありがとうございます」

「お友達、きっと喜ばれますよ」

 そう言って店員さんは、花束を手渡してくれた。

 それから私たちは墓地へと向かった。
 墓地は思った以上に広くて、どこなのかわかるのには時間がかかってしまった。でも事前に千咲のお母さんから聞いていた区画番号をたよりに、無事たどり着くことができた。

「ここか……」

 高野家之墓、と書かれた墓石を無事に見つけた。安堵するのと同時に、悲しみが押し寄せる。
 ここが千咲のお墓なんだ。
 その事実をまだ、すんなりと受け止めることはできない。

「……理奈、大丈夫?」

 一華にきかれ、私はうなずいた。

「うん。大丈夫」

 そして迷った末に選んで買ってきた花を、お墓にお供えする。
 千咲に似合うと思って買った、ひまわりとマリーゴールド。
 墓石の両側に並んだ花器に、バランスに気をつけながら花を活ける。
 ちょっと寂しい雰囲気だった墓地を、黄色とオレンジのかわいらしい花が元気づけてくれている気がする。

「やっぱり、そのお花にしてよかったね。華やかでいい感じ」

 詩織がそう言ってくれて、少し救われたような気持ちになった。

「うん、かわいいからきっと千咲も喜んでると思う」

 そして四人でお線香をあげて、手を合わせた。

 ……やっぱりいまだに、千咲がこの世にいないなんて、信じられない気持ち。
 どうして千咲が死ななくちゃならなかったのかなって考えてしまう。
 悔しくて、悲しい。

 でも千咲から受け取ったものが、確かにこの胸の中にある。
 千咲の笑顔も、なにげない言葉も、私を思いやってくれていた気持ちも。
 私はこれからもその思い出と一緒に生きていくんだ。