ガタガタガタガタ……。ギーッギーッ。
私は今、映画同好会の四人と一緒に教室の中から椅子と机を運び出す作業をしている。
いよいよ今日から撮影開始。
これから最初のシーンを撮るために、教室の机を一旦外に移動しているところだ。
この教室は数学の授業を受ける時だけに使われている教室で、学校から許可を得て撮影に使わせてもらえることになった。時間ごとに違う生徒が使う机だから荷物は何も入っていなくて机は比較的軽い。それでも、机と椅子のセットを何度も廊下へ運ぶ作業は大変だ。
「はー、手が痛くなってきたー!」
机を廊下に運びながら、律がそう叫ぶ。
「あともうちょっとだよー。教室に残す机って、あそこに置いてある二つでいいんだよね?」
詩織が確認するようにたずねると、一華はうなずいた。
「そうよ」
やがて机を運び終えると、一華は三脚を立ててカメラを固定した。
「うーん、この方向からこう映すのがいいかな……」
律と一華は交互にカメラを覗き込み、私と詩織に机の位置の指示を出し、調整していく。
最初のシーンでは教室の窓際に机と椅子を二組だけ置き、片方の席に「私」が座り、隣が空席である様子を後ろから撮影する。
「じゃあ理奈、試しに座ってみて。どんな感じか見てみたいから」
「うん」
私は席に着く。するとカメラを覗き込みながら、律と一華が相談し始める。
「ちょっと窓からの光が強すぎて、影が出ちゃう感じね」
「やっぱりレフ板使おうか。白レフにしとく? 銀レフ?」
「とりあえず両方試して、感じ見てみよう」
「詩織ー、これ持ってこの辺に立ってもらっていい?」
律に呼ばれ、詩織は慌てて駆け寄る。すると律は黒くて丸いナイロンポーチを開き、中身を広げ始めた。ポーチの中に入っていたものは、片面は白、もう片面が銀で、ペラペラの円形のパネルのようなものだった。ポーチの大きさはお茶碗くらいのサイズだけど、広げたパネルは子供用の傘くらいの大きさがある。
詩織は律からその板を受け取り、不思議そうにたずねる。
「あの、これは……?」
「これ? レフ板」
「えーっと、レフ板ってなに?」
すると律はレフ板の説明を始めた。
「レフ板ってのは、撮影のときに光を反射させて、明るさや影を調整するために使うものなんだ」
「そうなんだ。こんなの初めて見たよー」
そう言いながら詩織は、律に言われた通りの位置に立ち、レフ板を私に向けた。
「このくらいの角度?」
するとカメラを覗き、一華が細かい指示を出した。
「もう少し上向きにしてみて……ちょっと戻して。うん、そのくらいかな……。今度は、裏側の銀色の面を表にしてみてもらえる?」
そして色々調整した後、一華は私と詩織をカメラの方へ呼び寄せた。
「今の様子を撮っておいたから、レフ板による光の変化、みんなで見てみる?」
四人でカメラの画面を確認する。
「へえ、こういう風に変わるんだ……」
私は思わず関心して独り言のようにつぶやいた。
レフ板を使わない状態の動画では、窓からの光が当たる部分だけが白っぽくなり、光が当たらない部分は黒っぽい影になっていた。ちょっとコントラストが効きすぎている印象だ。
でも白いレフ板を使った時の映像では、全体の明るさが均一になり、私や机の映り方が変化した。コントラストが減り、自然で見えやすい映像になった気がする。
そして銀色のレフ板を使った時の映像は、ギラギラしすぎていてまぶしいし、光をわざと反射させているような違和感があった。
「銀だとちょっと強いかな」
そう言うと、みんなうなずいた。
「わかる。銀だとまぶしすぎる感じがするよね。これはなしかな~」
「そうだね。白か、レフ板なしかだったら、どっちがいい?」
「この作品、はじめのシーンは主人公が喪失感を抱えているのよね。あまりコントラストが効いてしまうと光を感じるから、白レフありの自然で均一な映り方が合っているかもしれないわ。今日は晴れていて日差しが強いから」
「じゃあ白レフで、最初のシーンの撮影始めようか」
私たちは再びそれぞれの場所につき、撮影を開始した。
「はい、じゃあカメラ回しまーす! よーい、スタート」
律の掛け声の後、教室内はピンと張りつめた静寂に包まれた。
——緊張しちゃうなあ。
私はただ、動かずに椅子に座っている様子を後ろから撮影されているだけなのに。体中の神経が研ぎ澄まされ、呼吸にも気を使ってしまう。
「はい、カット」
律がそう言うと、私はほっと安堵する。律と一華は今撮った映像を確認しているみたいだ。
「もうちょっと、こっちの角度から撮影したほうがいいかもしれないわ」
「確かに」
律と一華はカメラを移動し、詩織に指示をしてレフ板の位置や角度を調整する。
「はい、じゃあもう一度撮りまーす。スタート!」
そうしてワンシーンごとに丁寧にチェックをしながら撮影しては撮りなおし、次のシーンへと進んでいく。
ほんの数秒のカットでも結構時間がかかる。今日の放課後のうちに、予定していたシーンを撮り終えることができるだろうか。
「じゃあ次、「あの子」が登場するシーンを撮影するから、詩織も席に座って」
「はーい」
レフ板を持つ係を一華が交代し、詩織が隣の席に座る。
「二人でリラックスして会話している雰囲気でお願いね」
一華にそう指示され、私は詩織の顔を見る。いつも四人の空気をなごやかにしてくれる詩織も今日は緊張しているようで、困ったように「あはは~」と笑っていた。
「なにか実際に会話していたほうが自然な雰囲気になるかな?」
そう提案したら、詩織もうなずいた。
「そうだね……。じゃあえっと……」
考え始めた詩織に私は言った。
「そういえば詩織は音楽が好きって言ってたけど、どんなアーティストが好きなの?」
「あ、そっか、その話してなかったっけ。あのねー、私は色々聴くんだけど、一番好きなのはロックでー」
「カメラ回すよー。スタート!」
「えっとあのロックの……。どうしよう、緊張したら好きなバンドの名前、ど忘れしちゃった!」
詩織がそう言ったから、私は思わず笑ってしまった。
「緊張しすぎだよ」
「えーだってこういうの緊張しない? それでーえっとぉー私の好きなバンドはー」
それからも二人でクスクス笑いながら、音楽の話をした。
思えば詩織と一対一で会話したのはこれが初めてのことだ。
ちょっと気恥ずかしくて、でも詩織のことがわかっていくようで、わくわくする感じ。
この感じは、千咲と仲良くし始めた頃の空気感とも似ている。
「はい、カット!」
予定していたシーンを撮影し終えた頃には、午後六時を過ぎていた。でも最近は日が伸びてきたのもあって、まだ外は暗くなっていない。でも窓から射す光が和らぎ始めている。
「よかったー光の加減が変化する前に撮り終わって」
安堵したように律が言う。確かに暗くなったり夕焼けで教室がオレンジ色に染まったら、撮影したシーンのニュアンスが変わってしまったり、時間が経過したかのように見えてしまいそうだ。
「日が伸びてきた時期が撮影時期でちょうどよかったわ。あとは急いで机を元の位置に戻さないとね」
「あっ、そうだったね~!」
私たちは急いで机を元の位置に戻し、機材をしまって帰り支度を整えた。
「六時半には校舎から出てなきゃいけないのよね」
「うわ、あと五分じゃん。急げー」
ドタバタしながら私たちは玄関へと向かう。
薄暗くなってきた廊下の窓からは、空が薄紫色に変わっていくのが見えた。グラデーションがかかっていて、綺麗だ。
「ねえ、空が綺麗」
そう言ったら、みんなも急ぎ足で廊下を歩きつつ、空を見た。
「うわあ~、本当に綺麗だね」
「そうね」
「とか呑気なこと言ってる場合じゃないからねー! 急げー!」
「でも廊下を走っちゃいけませ~ん!」
笑いながら、みんなで階段を駆け下りる。
あ、いつの間にか私、こういう中にいても大丈夫になってる。
自分の変化に気づいて驚きつつ、私は笑い声をあげた。そして階段の残り三段を、ジャンプして一気に飛び降りた。
それから私たちは、毎日放課後に撮影をすすめていった。映画の大半のシーンは学校内で撮るシーンだ。教室、廊下、中庭、駐輪場。いろんな場所で撮影をしていると、たまに興味を持った校内の生徒に声をかけられることもあった。中にはレフ板を持つのを手伝ってくれる子もいた。
撮影を進めるたび、撮影自体にも慣れていく。最初のシーンは息をするのにも緊張していたのに、今は自然体で映れるようになってきている。
「はあいカットぉー!」
律の声が中庭に響きわたる。律と一華が撮った映像を確認する間に、私は水分補給をした。
いつも通りのレモン味の炭酸水。
毎日学校へ持って行く私のために用意してくれているのか、親は私が飲んでいることに気づいていないのか、そんなことさえもいまだに聞くことができていない。
今も、家に帰ると最悪な状態だ。両親の仲は以前にも増して悪く、蒼真は喘息の発作を頻発するようになった。一体どうすればいいのか、本当は私には少し見えている。でもそれを言葉にすることができずにいる。
物思いにふけっていたら、詩織から声をかけられた。
「いよいよ今度の土曜日は、海のシーンの撮影だね。楽しみ~」
「うん、楽しみだね」
私たちの映画のラストのシーンは、海で撮影することになっている。
私が書いた「記憶を胸に、明るい光を浴びながら未来に向かって歩いていく」というメモを見て、律が海辺でのシーンを考えてくれたのだ。そのイメージが私の中にあるものとピッタリだったから、撮影するのが楽しみだ。
「そのシーンを撮り終わったら、撮影は終わりか」
私がそうつぶやくと、詩織が言った。
「いや、まだまだ作業はたくさん残ってるよ~! 今度は音を撮らなきゃでしょ? 放送室を借りて一華のナレーションを録音して、あと廊下の足音とか、学校のチャイムとか、色々録音するって律が言ってたよ」
「そっか」
「で、その後動画編集だもんね。編集作業はほぼ律におまかせになるけど、私がBGM入れるから律と相談しながらやるつもりなの。七月十日の応募締め切りに間に合うかな~。結構ギリギリだよ」
不安そうに詩織が言った。
「確かにね、なんとか間に合わせたいね」
「うん」
私は詩織と空を見上げた。今日はちょっと風が強くて、雲がいつもより早く流れていくみたいに感じた。
私は今、映画同好会の四人と一緒に教室の中から椅子と机を運び出す作業をしている。
いよいよ今日から撮影開始。
これから最初のシーンを撮るために、教室の机を一旦外に移動しているところだ。
この教室は数学の授業を受ける時だけに使われている教室で、学校から許可を得て撮影に使わせてもらえることになった。時間ごとに違う生徒が使う机だから荷物は何も入っていなくて机は比較的軽い。それでも、机と椅子のセットを何度も廊下へ運ぶ作業は大変だ。
「はー、手が痛くなってきたー!」
机を廊下に運びながら、律がそう叫ぶ。
「あともうちょっとだよー。教室に残す机って、あそこに置いてある二つでいいんだよね?」
詩織が確認するようにたずねると、一華はうなずいた。
「そうよ」
やがて机を運び終えると、一華は三脚を立ててカメラを固定した。
「うーん、この方向からこう映すのがいいかな……」
律と一華は交互にカメラを覗き込み、私と詩織に机の位置の指示を出し、調整していく。
最初のシーンでは教室の窓際に机と椅子を二組だけ置き、片方の席に「私」が座り、隣が空席である様子を後ろから撮影する。
「じゃあ理奈、試しに座ってみて。どんな感じか見てみたいから」
「うん」
私は席に着く。するとカメラを覗き込みながら、律と一華が相談し始める。
「ちょっと窓からの光が強すぎて、影が出ちゃう感じね」
「やっぱりレフ板使おうか。白レフにしとく? 銀レフ?」
「とりあえず両方試して、感じ見てみよう」
「詩織ー、これ持ってこの辺に立ってもらっていい?」
律に呼ばれ、詩織は慌てて駆け寄る。すると律は黒くて丸いナイロンポーチを開き、中身を広げ始めた。ポーチの中に入っていたものは、片面は白、もう片面が銀で、ペラペラの円形のパネルのようなものだった。ポーチの大きさはお茶碗くらいのサイズだけど、広げたパネルは子供用の傘くらいの大きさがある。
詩織は律からその板を受け取り、不思議そうにたずねる。
「あの、これは……?」
「これ? レフ板」
「えーっと、レフ板ってなに?」
すると律はレフ板の説明を始めた。
「レフ板ってのは、撮影のときに光を反射させて、明るさや影を調整するために使うものなんだ」
「そうなんだ。こんなの初めて見たよー」
そう言いながら詩織は、律に言われた通りの位置に立ち、レフ板を私に向けた。
「このくらいの角度?」
するとカメラを覗き、一華が細かい指示を出した。
「もう少し上向きにしてみて……ちょっと戻して。うん、そのくらいかな……。今度は、裏側の銀色の面を表にしてみてもらえる?」
そして色々調整した後、一華は私と詩織をカメラの方へ呼び寄せた。
「今の様子を撮っておいたから、レフ板による光の変化、みんなで見てみる?」
四人でカメラの画面を確認する。
「へえ、こういう風に変わるんだ……」
私は思わず関心して独り言のようにつぶやいた。
レフ板を使わない状態の動画では、窓からの光が当たる部分だけが白っぽくなり、光が当たらない部分は黒っぽい影になっていた。ちょっとコントラストが効きすぎている印象だ。
でも白いレフ板を使った時の映像では、全体の明るさが均一になり、私や机の映り方が変化した。コントラストが減り、自然で見えやすい映像になった気がする。
そして銀色のレフ板を使った時の映像は、ギラギラしすぎていてまぶしいし、光をわざと反射させているような違和感があった。
「銀だとちょっと強いかな」
そう言うと、みんなうなずいた。
「わかる。銀だとまぶしすぎる感じがするよね。これはなしかな~」
「そうだね。白か、レフ板なしかだったら、どっちがいい?」
「この作品、はじめのシーンは主人公が喪失感を抱えているのよね。あまりコントラストが効いてしまうと光を感じるから、白レフありの自然で均一な映り方が合っているかもしれないわ。今日は晴れていて日差しが強いから」
「じゃあ白レフで、最初のシーンの撮影始めようか」
私たちは再びそれぞれの場所につき、撮影を開始した。
「はい、じゃあカメラ回しまーす! よーい、スタート」
律の掛け声の後、教室内はピンと張りつめた静寂に包まれた。
——緊張しちゃうなあ。
私はただ、動かずに椅子に座っている様子を後ろから撮影されているだけなのに。体中の神経が研ぎ澄まされ、呼吸にも気を使ってしまう。
「はい、カット」
律がそう言うと、私はほっと安堵する。律と一華は今撮った映像を確認しているみたいだ。
「もうちょっと、こっちの角度から撮影したほうがいいかもしれないわ」
「確かに」
律と一華はカメラを移動し、詩織に指示をしてレフ板の位置や角度を調整する。
「はい、じゃあもう一度撮りまーす。スタート!」
そうしてワンシーンごとに丁寧にチェックをしながら撮影しては撮りなおし、次のシーンへと進んでいく。
ほんの数秒のカットでも結構時間がかかる。今日の放課後のうちに、予定していたシーンを撮り終えることができるだろうか。
「じゃあ次、「あの子」が登場するシーンを撮影するから、詩織も席に座って」
「はーい」
レフ板を持つ係を一華が交代し、詩織が隣の席に座る。
「二人でリラックスして会話している雰囲気でお願いね」
一華にそう指示され、私は詩織の顔を見る。いつも四人の空気をなごやかにしてくれる詩織も今日は緊張しているようで、困ったように「あはは~」と笑っていた。
「なにか実際に会話していたほうが自然な雰囲気になるかな?」
そう提案したら、詩織もうなずいた。
「そうだね……。じゃあえっと……」
考え始めた詩織に私は言った。
「そういえば詩織は音楽が好きって言ってたけど、どんなアーティストが好きなの?」
「あ、そっか、その話してなかったっけ。あのねー、私は色々聴くんだけど、一番好きなのはロックでー」
「カメラ回すよー。スタート!」
「えっとあのロックの……。どうしよう、緊張したら好きなバンドの名前、ど忘れしちゃった!」
詩織がそう言ったから、私は思わず笑ってしまった。
「緊張しすぎだよ」
「えーだってこういうの緊張しない? それでーえっとぉー私の好きなバンドはー」
それからも二人でクスクス笑いながら、音楽の話をした。
思えば詩織と一対一で会話したのはこれが初めてのことだ。
ちょっと気恥ずかしくて、でも詩織のことがわかっていくようで、わくわくする感じ。
この感じは、千咲と仲良くし始めた頃の空気感とも似ている。
「はい、カット!」
予定していたシーンを撮影し終えた頃には、午後六時を過ぎていた。でも最近は日が伸びてきたのもあって、まだ外は暗くなっていない。でも窓から射す光が和らぎ始めている。
「よかったー光の加減が変化する前に撮り終わって」
安堵したように律が言う。確かに暗くなったり夕焼けで教室がオレンジ色に染まったら、撮影したシーンのニュアンスが変わってしまったり、時間が経過したかのように見えてしまいそうだ。
「日が伸びてきた時期が撮影時期でちょうどよかったわ。あとは急いで机を元の位置に戻さないとね」
「あっ、そうだったね~!」
私たちは急いで机を元の位置に戻し、機材をしまって帰り支度を整えた。
「六時半には校舎から出てなきゃいけないのよね」
「うわ、あと五分じゃん。急げー」
ドタバタしながら私たちは玄関へと向かう。
薄暗くなってきた廊下の窓からは、空が薄紫色に変わっていくのが見えた。グラデーションがかかっていて、綺麗だ。
「ねえ、空が綺麗」
そう言ったら、みんなも急ぎ足で廊下を歩きつつ、空を見た。
「うわあ~、本当に綺麗だね」
「そうね」
「とか呑気なこと言ってる場合じゃないからねー! 急げー!」
「でも廊下を走っちゃいけませ~ん!」
笑いながら、みんなで階段を駆け下りる。
あ、いつの間にか私、こういう中にいても大丈夫になってる。
自分の変化に気づいて驚きつつ、私は笑い声をあげた。そして階段の残り三段を、ジャンプして一気に飛び降りた。
それから私たちは、毎日放課後に撮影をすすめていった。映画の大半のシーンは学校内で撮るシーンだ。教室、廊下、中庭、駐輪場。いろんな場所で撮影をしていると、たまに興味を持った校内の生徒に声をかけられることもあった。中にはレフ板を持つのを手伝ってくれる子もいた。
撮影を進めるたび、撮影自体にも慣れていく。最初のシーンは息をするのにも緊張していたのに、今は自然体で映れるようになってきている。
「はあいカットぉー!」
律の声が中庭に響きわたる。律と一華が撮った映像を確認する間に、私は水分補給をした。
いつも通りのレモン味の炭酸水。
毎日学校へ持って行く私のために用意してくれているのか、親は私が飲んでいることに気づいていないのか、そんなことさえもいまだに聞くことができていない。
今も、家に帰ると最悪な状態だ。両親の仲は以前にも増して悪く、蒼真は喘息の発作を頻発するようになった。一体どうすればいいのか、本当は私には少し見えている。でもそれを言葉にすることができずにいる。
物思いにふけっていたら、詩織から声をかけられた。
「いよいよ今度の土曜日は、海のシーンの撮影だね。楽しみ~」
「うん、楽しみだね」
私たちの映画のラストのシーンは、海で撮影することになっている。
私が書いた「記憶を胸に、明るい光を浴びながら未来に向かって歩いていく」というメモを見て、律が海辺でのシーンを考えてくれたのだ。そのイメージが私の中にあるものとピッタリだったから、撮影するのが楽しみだ。
「そのシーンを撮り終わったら、撮影は終わりか」
私がそうつぶやくと、詩織が言った。
「いや、まだまだ作業はたくさん残ってるよ~! 今度は音を撮らなきゃでしょ? 放送室を借りて一華のナレーションを録音して、あと廊下の足音とか、学校のチャイムとか、色々録音するって律が言ってたよ」
「そっか」
「で、その後動画編集だもんね。編集作業はほぼ律におまかせになるけど、私がBGM入れるから律と相談しながらやるつもりなの。七月十日の応募締め切りに間に合うかな~。結構ギリギリだよ」
不安そうに詩織が言った。
「確かにね、なんとか間に合わせたいね」
「うん」
私は詩織と空を見上げた。今日はちょっと風が強くて、雲がいつもより早く流れていくみたいに感じた。
