おいしいものを食べた時。
面白い漫画を見つけた時。
あの子が好きだったアーティストの新曲を耳にした時。
私は自然と、心の中で話しかけている。
「ねえ、千咲(ちさき)。きいてよ」
◇◇◇
窓際の席で助かったな。
そう思いながら私は窓の外の青空に視線を向け、ぼんやりと考え事をする。
高校二年生の新学期が始まってから一週間が経つ。
クラスメイトたちはそれぞれ仲の良い子同士集まって、わいわい楽しそうに話しながらお弁当を食べている。
——なんであんな笑顔ではしゃげるんだろう。
私にはその様子が、遠い世界の出来事みたいに見える。
自分の心とは温度差がありすぎて、とても追いついていけそうにない。
だから私、もう友達作りを頑張るのはやめたんだ。
幸いうちは進学校の女子高で、真面目な優等生タイプの子が多い。だからぼっちでいる私をいじめるような子はいない。
それでも一人で過ごす状況はクラスの中では浮いていて、感じる必要もないプレッシャーを感じてしまうこともある。
そんな時には空を見上げる。雲が動くのを眺めているだけでも、少しは気分が軽くなる。
いっそのこと、存在感をゼロにしたい。誰の目にもつかないように、透明になりたい。
まあわざわざ願わなくても、誰も私のことなんか気にしていないだろうけど。
でも本当は私だけ違う場所にいるのに、クラスメイトと共に教室にいなくちゃならないのが、少し辛いっていうか。
「ねー桐原さんの出てるドラマ、見たよ!」
「あー、わたしも見た!」
「あれめっちゃいいよね! 続き気になる!」
クラスメイトたちが大きな声で盛り上がり始めたから、気になってちらりと視線を室内に戻す。
教室の真ん中に集まってお昼ご飯を食べているグループの子たちが、ドラマの話題で騒いでいる。
そしてその子たちに取り囲まれた桐原一華が、笑顔で答える。
「わぁ、見てくれたんだ。嬉しい」
口角が左右対称にピッと上がって、綺麗な半月型を描いている。
こんな完ぺきな笑顔、なかなかできないよなー。なんて妙に感心しながら、私は彼女の表情に思わず見入った。
桐原さんは有名人だから、この学校で彼女を知らない人はいない。
というか街を歩くだけでもたくさんの人から声をかけられて、自由には出歩けないレベルだと思う。
桐原さんは元子役で、子供の頃にとある有名なドラマに出演したのがきっかけでブレイクした。その後も順調に活動を続け、高校生になった今でも、その美しいルックスと演技力、頭の良さを生かして、雑誌のモデルの他、ドラマやクイズ番組にも出演している。
確かテレビ番組の企画でIQテストを受けたら高IQだったとかで、この前ネットニュースになっていたような。
彼女は実際、他の人間とは別格のオーラを放っている。
小顔で、きめ細やかな肌質で、髪はつやつやに輝いている。大きな瞳も、つんと少し上向いた品のいい鼻の形も、桃色の薄い唇も、長い手足も、まるでお人形みたいに完璧。
それに不思議なのは、細身なのに貧相な感じがせず、バランスがいいのだ。
一体どういう体のつくりになっているのか。神様は桐原さんのことだけ、特別手をかけて作ったんじゃないか、なんて考えてしまう。
華やかで、特別で、みんなが思わず注目してしまうような存在。
私とは正反対だな、まるで別世界の人間だ……。
そうして見つめていたせいか、桐原さんは一瞬私に視線を向けた。
そしてなぜか、その視線を外さない。
一秒、二秒、三秒。
不自然な状態で時間が流れ、私は今さら視線をそらすこともできずに体を硬直させた。
え、なに? わずかに眉をひそめる。
すると彼女はは周囲の子たちに「あ、ちょっとごめんね」と軽く詫びを入れながら席を立ち、こちらに近づいてきた。
盛り上がっていた子たちは桐原さんが席を外しても、ドラマの展開についての話しを夢中で続けている。きっとあの子たちは何をしてても楽しいんだろう。
私とは違って……。
などと思っているうちに、私のすぐそばまでやって来た桐原さんが「隣の席に座っていい?」とたずねてきた。
「え? ああ、どうぞ……」
怪訝な顔をしながらも了承する。そしたら桐原さんは椅子を引いて隣の席に腰かけた。すっと背筋を伸ばしたまま座るその姿は、やっぱり他のクラスメイトとは何もかもが全然違っている。
「中村さんさ、映画に興味ない?」
突然、桐原さんはそう切り出した。
「え、映画?」
なんで私にそんなことを聞くんだろう、と疑問に思いながらも、慎重に答える。
「まあ、興味なくは、ないかな。映画館にはたまにしか行かないけど、家で映画見たりはする、けど……?」
「そうなんだ。じゃあさ」
すぅ、と息を吸い込んで、桐原さんは瞳を輝かせながら言った。
「私と一緒に、映画を撮らない?」
「……え? あの、どうして私を誘おうと思ったの?」
思わずそう聞き返した。今まで私は桐原さんと話したことなんか、ほとんどない。たぶん挨拶くらいしかしたことがないと思う。
でもなぜか今、目の前の桐原さんは心の底から楽しげに、私に話しかけている。
「私って、勘が鋭いの。だから中村さんはきっと同士なんじゃないかと思って」
「同士って、なんの?」
すると私の質問には答えずに、桐原さんは言った。
「中村さんって、いつも一人でいるよね。しかもあえて、そうしているよね。それはなんでなのかきいてもいい?」
「それは……」
どうしてなのかって言われると、自分の中でも答えがよくわからない。
でもこうなったきっかけなら、明白だった。
◇◇◇
それは春休みのことだった。
私は特にやることもなくて、自分の部屋でゴロゴロしながら漫画を読んでいた。
そしたら友達から着信が入った。スマホの画面に「高野千咲(たかの・ちさき)」と表示されている。
千咲は高校に入学してから仲良くなった友達で、クラスでは常に一緒に過ごしていた。朝おはよーって挨拶して、一時間目の授業が始まるまでダベって、お昼休みになれば一緒に学食のパンを買って食べて、放課後は校門まで一緒に歩く。
でも休みの日に遊んだりはしたことがない。
そういう、クラスで気まずくならずに一年間楽しく過ごすためのパートナーみたいな
関係。
「千咲からなんて珍しいな」
春休みはバイトと推し活で忙しいって言ってたのにどうしたんだろう、と思いながら電話に出た。
「はーい。どした~?」
でも電話の主は、千咲じゃなかった。
「あの、中村理奈(なかむら・りな)さんですか?」
見知らぬ女性の声。声音からすると四十代~五十代くらいに思える。
「はい、そうですけど。どなたですか?」
おそるおそるたずねる。
えっ、なに、誰? 用件の予想が全然つかない。
不安になり、心臓がバクバクし始めた。
「私、高野千咲(たかの・ちさき)の母です」
「あ、そうだったんですね。はじめまして……」
なんだ、と少しホッとしたけれど、それでも不安感は消えない。
どうして千咲のお母さんが、私に電話してくるの?
「突然ごめんなさいね……。実は、お伝えしたいことがあって電話したの」
妙にかしこまった風にそう言うので、緊張感で私は息が苦しくなってきた。
「はい」
なんだろう、嫌な予感が……。
「千咲が一昨日の夜、交通事故で亡くなったの」
「えっ……」
頭が真っ白になる。
え? 千咲が、交通事故で亡くなった?
えっ?
どうしよう、こんな時、なんて言えばいいのかもわからない。
無言でいたら、千咲のお母さんが色々話始めた。
「実はね、お葬式は身内だけで済ませる予定なの。でも理奈さんは千咲と仲良くしてくれていたお友達だったみたいだから、ご連絡だけでも、と思って」
「あ、はい。千咲さんには、お世話になって……ました」
その後は、なにをどう話したのか、ぼんやりとしか覚えていない。
千咲と仲良くしてくれてありがとうとか、気が向いたら落ち着いた頃にお線香をあげに来てやってねとか、言ってもらった気がする。私はただ「はい」とか「いえ、こちらこそ」とか相槌をうって、電話を終えた。
友達が、死んじゃったみたい。
全然、現実味がなかった。
お葬式にも出席しなかったから、私はただいつもと変わらずに残りの春休みをダラダラと消費していくだけだった。
そして新学期。
学校の玄関ロビーに貼られたクラス替えの表を、私はいつまでも見つめて立ち尽くしていた。
自分の名前はとっくに見つけていた。でも、いくら表を探しても「高野千咲」という名前を見つけることはできなかった。
その後、教室に足を踏み入れて、クラスメイトたちの様子を眺めた。みんな近くの席の子とおしゃべりしていた。千咲がいないことになんか、まるで気づいていないみたいだ。
……もう私は、誰かと友達になろうなんて気持ちにはなれない。
その時、そう思った。
以来、特に自分からクラスメイトに話しかけることはせず、今日までずっと過ごしてきた。
挨拶されれば返事をするし、授業で必要がある時は普通に話す。決して感じ悪くは振舞っていないつもり。
でももうずっと、私はうわの空みたいな状態だ。
千咲がいなくなってしまったことを知った時からずっと。
◇◇◇
私は隣の席に座っている、美しすぎる桐原さんを見つめた。
「ただ、一人でいたい気分だからそうしているだけだよ。せっかく声をかけてもらって申し訳ないけど、私、別に映画を撮ることに興味はないかな。それに他にもっと、向いている子がいるんじゃない?」
適当にそう答えたけれど、桐原さんは引き下がらなかった。
「普段家で映画を見ることはあるんでしょう?」
「まあ、それは……。見るけど」
「そうなんだ。どんなものを今まで見たの?」
「ええと……。気が向いたのを、適当に」
「適当っていっても、その中でも感動したものとか、お気に入りのジャンルとかないの?」
「うーん。その時その時で感動はしてるけど、映画の題名ってすぐ忘れちゃうから覚えてないの」
「なるほど」
嬉しそうに桐原さんは言った。
「中村さん、この世界にも私にも、あまり興味がないみたい」
「えっ?」
この世界にも桐原さんにも、あまり興味がない。
確かにそうだ。
そもそも私は千咲がいなくなる前から、何事にも冷めているたちの人間だった。
どうしてなのかはわからない。でも共働きの両親は忙しい上に病弱な弟にかかりきりで、私の家庭内での存在感はまるで空気のようだ。それに特に秀でた才能もない私は、誰かから特別になにかを期待をされたような経験がない。
ただそつなく人生をこなすことだけを求められ、それに応じてきただけだった。
ちゃんと問題なく過ごせることが、私に課された唯一の課題だと思って生きてきた。
今はちょっとだけ問題あるかも。クラスに一人も友達がいないから。
今までは、ちゃんとクラス替えがあるたびに、誰か友達を作るようにはしていた。
そして高校一年生の時は、千咲とだけ一緒にいた。
◇◇◇
千咲は、真面目なうちの高校には珍しく、髪を赤茶色に染めていた。目もつり上がっていてキツめの印象で、メイクもしていて、ちょっとギャルっぽかった。
だからクラスの誰も、千咲とは仲良くしようとしなかった。
私はたまたま新学期にあらかじめ決められていた席が千咲の隣の席だったから、仲良くなった。
一年間クラスで孤立しなければそれでよかったから、私は千咲と友達になることに決めた。
それに話してみると、千咲とは結構気が合ったし、少し似ているところもあった。
うちも千咲の家も、家族の仲があまりよくない。ただ私と違うのは、千咲の母親には教育上のこだわりがあり、千咲はいやいや学習塾に通わされていた。そして子供の頃から過干渉ぎみだった母親に千咲は嫌気がさしていて、今は母親と仲が悪いらしかった。うちの親は私を放っておいているから、そこはちょっと違う。
でも元々真面目な秀才タイプだったわけではなく、受験でたまたまうまくいってこの高校に合格してしまっただけ、というところが、私たちは似ていた。
「あたし絶対受からないと思ってたのにさー。まじつまんねー学校に通うことになっちゃって最悪。制服もかわいくねーし」
千咲は言葉遣いが乱暴だった。そこが他のクラスメイトからは好かれていなかったけれど、私には好感がもてる話し方だった。
千咲には気を使わないで済んだし、一緒にいて楽だった。
「私も受からないと思ってたから、受かっちゃって後悔だよ。授業についていくのも大変だし」
私がこの高校を受験した理由は、親に勧められたからだった。
「特に志望校がないなら、家から近いしここにしたら」
それまで私のことなど放置していた母が唯一意見をしてきたのが、受験する高校についてだった。
だから私はそれなりに頑張って受験勉強をして、この高校に合格した。
思ってみればその受験勉強が、今までの人生で一番頑張ったことだったかもしれない。
合格発表の日、母は合否の結果を見て言った。
「あら、受かったの」
そして少しだけ微笑んだ。
それは久々に見た母の笑顔だった。
でもその笑顔も、翌日には消えていた。
◇◇◇
「中村さん? 急にボーッとして、どうしたの?」
「えっ、あ、ごめん」
現実に引き戻される。
「私こそごめんね。変なこと言ったから」
そう言って桐原さんは微笑んだ。
確かに、ほとんど会話もしたことがない私に、いきなりさっきの発言はないかな。
例え本当のことでも。
「別にそれは気にしないで。でも桐原さんの言う通り、私って何に対しても熱くなれないっていうか。だから……」
とその時、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「あ、そろそろ時間だね。それじゃ、話の続きは放課後に、ってことで」
そう言って桐原さんは、ニコニコしながら私に手を振り、自分の席に戻っていく。
その姿を目で追いながら、私は考える。
桐原さんって、結構変わった人かもしれない。
放課後、荷物を準備していたら、桐原さんが私の席に駆け寄ってきた。
「で、どうする? 私と映画を撮る?」
私は放課後になるまで、そのことについてずっと考えていた。
正直、千咲のことがあってから今まで、何に対しても興味が湧かなかった。でも有名人の桐原さんが実はちょっとおかしな人で、なぜか私と映画を撮りたがっているこの状況……。どうしてこうなったのか、知りたいような、流されてみたいような気がしてきていた。
桐原さんは「中村さん、この世界にも私にも、あまり興味がないみたい」と言ってた。
そんな桐原さんは、私のことを同士だと思っているとも言っていた。
じゃあ桐原さんも私と同じだっていうの?
優秀で華やかで芸能活動も頑張って来た、桐原さんが。
そんなわけないという気持ちと、でもだったらなぜ私にそんなことを言ってきたのか、知りたい気持ちがある。
「あの、それって結構大変なことなの?」
おそるおそるたずねると、桐原さんは首を横に振る。
「そんな大それたことじゃないよ。二十分くらいの映像を同じ高校の子と一緒に撮ってみたいってだけなの。私も仕事とか塾があるし、毎日は活動できないから」
「そっか。それなら……。やってみようかな」
私がそう答えたら、桐原さんは心底嬉しそうな顔をした。
「じゃあ中村さん、さっそく第二校舎の多目的室に行こっか」
「え? 多目的室?」
たずねると、桐原さんはうなずいた。
「そう。先生に、使用許可をとってあるの」
「え、そんなことまで……?」
「うん。あの教室、事前に予約しておけば生徒が放課後自由に使っていいんだよ」
「そうだったんだ」
「それと、一緒に映画を撮りたいと思ってくれている子があと二人他のクラスにいるから、その二人をピックアップして行くね」
そう言うと桐原さんは教室を出て廊下を歩き始めた。私は慌ててその後をついていく。
廊下を歩き始めたら、今度はすぐに桐原さんは隣のクラスに入っていった。私もその後ろをついていく。
隣のクラスでは、二人の生徒が桐原さんを待っていた。
「あっ。一華迎えに来てくれたんだ」
うれしそうにそう言ったのは、ゆるいウェーブヘアで長身の女の子。制服のブラウスの上にグレーのパーカーを重ねて、スカート丈を短くしている。うちの高校にしては不真面目な雰囲気の生徒だ。
「詩織(しおり)、お待たせ」
桐原さんはそう言って笑った。教室での作り笑顔と違って、もう少し自然な感じがする。
このちょっと不真面目な子とは、くだけた仲なんだろう。
あともう一人、小柄でショートヘアで気が強そうな顔立ちの女の子が、準備万端という感じでリュックを背負って直立している。
「桐原さん、今日からよろしく」
彼女がそう言うと、桐原さんは微笑みながら答える。
「岩瀬さん、頼りにしてるよ。よろしくね」
「あの、こちらは?」
岩瀬さんが私に視線を向ける。岩瀬さん、目力があって、なんか圧を感じる。
「こちらは同じクラスの中村さん。一緒に映画を撮る仲間だよ。じゃあ行こっか」
そう言うと、桐原さんは私たちをつれて第二校舎へと向かった。
第二校舎の多目的室にたどり着く。
多目的室には初めて来たけど、長テーブルと椅子が並べてあって、会議に使うのにちょうど良さそうな部屋だった。
みんながなんとなく椅子に座ってカバンを置くと、桐原さんが話し始めた。
「とりあえずお互い自己紹介しとこうか」
それで私たちは、お互いに簡単に自己紹介をした。
グレーのパーカーを着たラフな雰囲気の子は、由良詩織(ゆら・しおり)さん。音楽に詳しいらしくて、映画のBGMを担当したいみたい。母親が古着屋の店長をしていて、ファッションに関することも好きなのだそうだ。
気の強そうなショートヘアの子は、岩瀬律(いわせ・りつ)さん。特撮映画が好きで、以前から映像に関する仕事に興味があったらしい。既に家のパソコンで動画編集したり、自分でも簡単な映像作品を作ったりしているそう。
私は名前と、映画鑑賞が趣味だということだけ告げた。
「あの~、これで自己紹介は終わったけど、私から提案いいかな? 距離感が縮まるように、お互いに下の名前で呼び合うようにしたいなって。呼び捨てとかでいい?」
由良さんがそう切り出したので、私たちはうなずく。
「いいよー」
「わかったわ」
「うん」
正直、今知り合ったばかりの二人のことまでいきなり下の名前で呼ぶのはハードル高い。
でも状況に流されることには慣れているから、私にはできるはず。大丈夫。
「それじゃ、今日から映画同好会、四人でがんばっていこうね」
あらためて仕切り直し、といった調子で一華がそう言ったので、私は驚いてたずねる。
「ん? これって、映画同好会……なの?」
「えーっ、理奈、それ知らずにここに来たの?」
詩織が肩を揺らして笑っている。
「うん、ただ一緒に映画を撮らないかって誘われただけだから」
すると一瞬、律が怪訝な顔をした。
やっぱり律って、ちょっと怖い。
流されるまま、何に対してもやる気なく生きてきた私みたいな人間を、嫌うタイプだろうなって思うから。
微妙な空気を察してか、一華は詫びるように言った。
「ごめん、同好会ってことは理奈に言ってなかったね。今日から私が設立するの。そのほうが校舎内での撮影許可とか、色々活動しやすいから」
「なるほどね……」
ずっと無気力な帰宅部だったのに、なぜか今日から映画同好会所属になってしまった。
なんだか面倒なことに巻き込まれちゃったかもしれない、と今さらのように気づいて気が重くなる。
「それで、とりあえず私がいま考えている目標があってね、それが、高校生映画コンテストに応募することなの」
「高校生映画コンテスト?」
そんなの、あるんだ。
「そう。あ、コンテストの情報送りたいし、これからやりとりもするから、連絡先交換しよう。それでグループチャット作るね」
連絡先の交換を済ませると一華はグループを作成し、リンクを送信する。
そこにアクセスしてみると、コンテストの詳細が書かれたページに飛んだ。
高校生映画コンテスト
募集要項
応募資格:製作メンバーが日本の高等学校に所属していること。
テーマ :自由。
作品時間:二十分以内に収めること。
締め切り:七月十日まで。
選考結果:七月二十五日に発表。入賞作品は八月の高校生映画フェスティバルで上映予定。
他にも注意事項として、動画形式や応募方法の詳細が書かれている。
私たちがコンテストのページを見ている間に、一華は肩にかけていた黒いバッグの中からカメラや機材を取り出し、テーブルの上に並べ始めた。
それを見て律が叫ぶ。
「うわっ、そのカメラってFX3!? 六十万くらいするんじゃないの。それに、そのレンズ……。見せてもらっていい?」
「もちろん。手に取ってみて」
一華がそう答えると、律はテーブルに近づき、レンズを手にしてまた驚いたように声を上げた。
「単玉が四本もあるし全部ジーマスターじゃん。こっちはズームレンズ……ニーヨンナナジュウのニッパチかー。総額いくらするんだよおいおいおい。」
律、すっごいテンション上がってる……。それに呪文みたいなこと口走ってて、ちょっと意味わかんない。とにかく、すごいカメラとレンズっぽいけど。
そんな律を見て、一華は得意げに微笑む。
「一応、子役時代からお仕事させてもらってるからね。母に許可もらって買い揃えたの」
「うわーすごいよ。これ使って撮影できるなんて胸熱」
「私も、みんなと映画を作るのがとても楽しみ」
そう答える一華を見て、私はあらためて不思議に思った。
だって一華は子供の頃からプロの世界で芸能の仕事をしているし、今は女優としてドラマや映画にも出て活躍してる。
それなのに、なんで高校二年生になって、急に映画同好会なんてやろうと思ったんだろう。
忙しそうなのに、仕事に支障ないのかな。
その後私たちは、映画コンテストにどんな作品を応募するか、自分がやりたいことはなにかを話し合った。
一番熱く語っていたのは律だった。
「私はやっぱり撮影の仕方に興味があるんだよね。昔の特撮映画がどんな風に撮影されていたのか再現してみたいなと思って、自宅で簡単な映像を作ったりしてるんだけど、結構面白くてさ」
律の話を聞けば聞くほど、自分が場違いな人間に思えて気が重くなる。
でも自分ばかりが話していることに気づいたようで、律はハッとしたように言った。
「あ、ごめんごめん、自分の話ばっかしちゃって。みんなの話も聞かせて」
「詩織はどんなことがしてみたい?」
一華が話を振ると、詩織は照れながら答えた。
「んーやっぱ、自己紹介の時にも話したけど、音楽が好きだからBGMの担当したいな。あと、ミュージックビデオみたいにおしゃれな雰囲気の映像が撮りたーい」
詩織はそう言うと、指先でウェーブのかかった毛先をくるくるといじった。
特撮とミュージックビデオ……。既に方向性が違うけど、この映画同好会、ちゃんとまとまるのかな。
「そういう一華はどんなことしたいの?」
詩織にきかれ、一華はうーん、と考えてから言った。
「青春」
たったそう一言。キラキラ瞳を輝かせながらそう言った。
「なにそれ!」
あはは、と詩織が手を叩いて笑い、律も「青春ねえ」とにやけ笑いしている。
楽しそうなその三人の雰囲気に、心が追い付いていかない。
ああ。
また、遠くになってきた。
人が、遠くになっていく。
同級生なのに、まるで私とは違う世界を生きている人たちみたい。
「理奈は、どんなことがしたいとか、ある?」
一華に質問されて、また現実に引き戻された。
「私は……」
どんな映画が撮りたいか。
考えてみたけど、急に聞かれたって何も思い浮かばない。
「ちょっと、今すぐには」
そう言葉を濁すと、一華は「そうだね」とうなずいた。
「じゃあさ、とりあえずこの高校生映画コンクールに応募するための二十分の映画をどんな内容のものにしたいか、それぞれ案を考えてきて、来週の水曜日にまたここに集まって発表ってことでいい?」
「了解」
「はーい」
「うん」
それでその日は解散になった。
みんなと別れて一人で帰り道を歩き始めて、やっと私は胸をなでおろした。
「はあ……」
一華に流されてしまったけど、映画同好会になんて入らないほうがよかった気がする。
律はすごい熱量だし、詩織はそこまでじゃないけど詩織なりのやりたいことがあるみたいだし。
だけど、来週水曜日までに案を出すようにって言われたから、考えなくちゃ。
私ってもしかして真面目?
