明るいときにあらためて探しに来ようかと考えていたとき、森の奥からか細い鳴き声が聞こえた。耳を澄ますが、動物の鳴き声なのかあやかしの鳴き声なのか判別がつかない。
 もし動物があやかしに意地悪をされているのだったらかわいそうだ。助けてやらなければと思いながら、声の主を探してさらに奥に踏み込んだ。
 鳴き声は徐々に大きくなっている。
 声を頼りに進んでいくと、木の根元に白い塊が丸まっているのが見えた。

 ――動物……じゃない。あやかしだわ。

 白猫のような見た目のあやかしの腹には、血がにじんでいた。ひゅーひゅーと喉を鳴らしながら呼吸をする様は痛ましい。
 動物だろうとあやかしだろうと見て見ぬふりはできない。美鈴は思いきって声をかけることにした。

「大丈夫?」

 あやかしは耳をぴくりと動かし、目だけこちらに向ける。桃色の耳と柳色の瞳がかわいらしくて、自分がどこにいるのか忘れて心が和んでしまいそうになる。
 あやかしは、まんまるの目をさらに開いて美鈴を見た。

「人間……!?」

 見た目とぴったりな、ころころとしたかわいらしい声だった。
 あやかしは傷を負っているにもかかわらず、さっと体を起こして威嚇の姿勢をとる。美鈴は敵意がないことを示すために、両手をあげ、ゆっくりと地面にしゃがんだ。

「大丈夫よ。わたしはあなたを傷つけないわ」

 美鈴の言葉を聞いて、あやかしの耳がぴくぴくと動く。

「人間なのにあやかしの言葉が使えるのか?」
「うん」
「変なのじゃ」

 美鈴は内心で苦笑いする。
 この力のことは秘密にしているから、正面から「変だ」と言われるのははじめてだった。だが、このあやかしからは蔑みの意図は感じられない。悪い気はしなかった。
 あやかしは怪訝な瞳を美鈴から離そうとしない。

「怪我をしているわ」

 美鈴は警戒されないように少しずつにじりよる。

「わたしはあやかしの治療はできないけれど、止血はできるわ。このままだとあなた、つらいでしょう。せめて止血させて」

 着物の裾を裂いて、止血帯をつくる。
 着物を破くなんて、母が知ったら泣くだろうか。美鈴は心の隅で申し訳ない気持ちを覚えながらも、目の前の命を助けることを優先する。
 あやかしに慎重に手を伸ばす。白い毛は見た目よりごわごわしていて獣らしかった。血が出ているところを手探りで探し、止血帯を巻く。応急処置だが、しないよりはましだろう。
 終始、あやかしは毛を逆立ててはいたものの、美鈴のされるがままになっていてくれた。手当が終わると、「ありがとうなのじゃ」とつぶやかれる。