「一緒に生活できるのが楽しみだな。あ、早く子どもがほしいな」
「まあ」

 美鈴は顔が熱くなるのを感じる。思わず頬を押さえると、理人に微笑まれる。

「僕の花嫁さんは本当にかわいい」
「は、恥ずかしいですわ」

 体をよじったとき、かんざしの鈴の音がちりんと鳴った。
 理人は冷たい目で美鈴の後頭部を一瞥する。彼の視線を感じ、美鈴は体が強張った。

「そのかんざし、いつまでつけているのかな」
「お気に召されなかったでしょうか。次からは別の髪飾りにいたしますね」

 理人がこの目になったときはよくない傾向だ。
 早く話を切り上げようと、美鈴はかんざしをさっと抜く。懐にしまおうと思ったところで、理人の手がかんざしを取り上げた。

「あ……」
「ずいぶん名残惜しそうだね」

 意地悪に微笑まれ、美鈴はなにも言えなくなってしまった。
 応接室の柱時計の針の音がやけに大きく聞こえて、耳をふさぎたくなる。

「これ、男にもらったんだろう?」
「え……?」
「寿香さんから聞いた。『お姉さまは、初恋の人にもらったかんざしをいまでも大事にしているんです』って。本当?」
「初恋なんてものではございません。道に迷っていたのを助けていただいたんです」

 心臓がいやな音を立てる。
 初恋なんて感情は抱いていない。本当のことを言っているだけなのに、理人の鋭い視線を浴びると言い訳じみた言葉に聞こえる。

 寿香にはかんざしをもらった経緯を知られていたが、婉曲されて理人に伝わっているとは思わなかった。余計なことだと思って理人には言っていなかったが、こうなるとわかっていたら、自分から先に話していたのに。
 理人は美鈴の言葉に満足したのか、いつもの穏やかな笑みを見せた。
 美鈴は安心して息をつく。

 ――よかった、許していただけそう。

「じゃあ、もういらないよね。美鈴には僕がいるんだから」
「え?」

 笑顔を顔に貼りつけたまま、理人はそう言った。冷水を浴びせられたような気持ちになる。
 理人は執事を呼ぶと、かんざしを渡し、「妖の森に捨てておいてくれる?」と頼む。執事は恭しくかんざしを受け取ると、扉の前で一礼して外に出ていこうとする。

「ま、待ってください!」

 気づけば、執事の背中に叫んでいた。
 執事が振り返るよりも前に、理人が美鈴を見る。
 
「なにか問題でも?」
「いえ……なんでもございません」

 理人にあの目で見られると、まるで首を絞められているかのように息苦しくなる。
 美鈴は荒くなる呼吸を悟られないように俯いた。