理人の家に到着したのは、約束の十四時を過ぎたころだった。
「遅くなってしまって申し訳ございません」
「大丈夫だよ。ずいぶん慌てた様子だけど、なにかあったのかな」
玄関で対面した理人は気にする様子もなくそう言うと、心配そうに美鈴の顔を覗き込んだ。
「いえ、たいしたことではございません」
「寿香さんに捕まっていたのかな」
苦笑いをすることしかできない。
寿香がわがままなことは、幼いころから交流のある理人も知っていた。
たしかに遅れそうになったのは寿香のせいだが、額から汗が流れているのはあやかしに遭遇したからだ。しかし、それを理人に言ったところで、信じてもらえないだろう。
「まさかあやかしのせいじゃないよね」
「ま、まさか……」
「いまどきあやかしだなんて古臭いことを言っていると、きみのお父さんみたいになってしまうよ」
美鈴は自分がいま、うまく笑えているか心配になる。
理人はあやかしが見えない。それだけではなく、あやかしの存在自体あまり信じていない。
近ごろの帝都では、あやかし否定派が増えてきている。
昔は歩けば棒に当たるくらいあやかしが多くいたのだが、昨今は妖の森と呼ばれる住処で慎ましく生活をしているらしい。人間に害をなす力の強いあやかしが減ったことで、人々の気持ちに変化が起きていた。
たしかに、目に見えないものを信じろと言われて、疑問に思う気持ちはわからなくない。だが、相変わらず毎年少なくない数の行方不明者が出ていた。それらの事件のほとんどにあやかしが関わっているのは事実だ。
応接室に通され、ソファに向かい合って座る。
鷹羽家の屋敷と異なり、理人の屋敷は洋風の建造物だ。白を基調とした応接室の室内は、調度品も白で統一されていた。真鍮の窓枠からは陽光が差し込み、屋敷でのつらい日々が嘘のように穏やかな時間が流れている。
美鈴は、女中が持ってきた茶菓子に手をつけながら、理人の話を聞いていた。
今日呼ばれたのは、婚姻の儀の日取りについて話し合うためだった。事業で忙しい理人の体がようやく空いたそうで、近いうちに執り行うことができるらしい。
「それで」
話がまとまると、理人はカップをソーサーに置いて美鈴を見た。
「婚姻の儀が終わったら、すぐにこの屋敷で暮らすってことでいいんだよね」
「はい。父の許可も得ています」
「ならよかった」
心底ほっとしたように理人はつぶやく。
優しい理人は、美鈴が実家であまりよくない待遇を受けていることを気がかりに思っていた。しかし、むやみに家の内情に首を突っ込むことはできないので、婚姻するまで静観するしかない、といつか悔しそうに言っていた。
「遅くなってしまって申し訳ございません」
「大丈夫だよ。ずいぶん慌てた様子だけど、なにかあったのかな」
玄関で対面した理人は気にする様子もなくそう言うと、心配そうに美鈴の顔を覗き込んだ。
「いえ、たいしたことではございません」
「寿香さんに捕まっていたのかな」
苦笑いをすることしかできない。
寿香がわがままなことは、幼いころから交流のある理人も知っていた。
たしかに遅れそうになったのは寿香のせいだが、額から汗が流れているのはあやかしに遭遇したからだ。しかし、それを理人に言ったところで、信じてもらえないだろう。
「まさかあやかしのせいじゃないよね」
「ま、まさか……」
「いまどきあやかしだなんて古臭いことを言っていると、きみのお父さんみたいになってしまうよ」
美鈴は自分がいま、うまく笑えているか心配になる。
理人はあやかしが見えない。それだけではなく、あやかしの存在自体あまり信じていない。
近ごろの帝都では、あやかし否定派が増えてきている。
昔は歩けば棒に当たるくらいあやかしが多くいたのだが、昨今は妖の森と呼ばれる住処で慎ましく生活をしているらしい。人間に害をなす力の強いあやかしが減ったことで、人々の気持ちに変化が起きていた。
たしかに、目に見えないものを信じろと言われて、疑問に思う気持ちはわからなくない。だが、相変わらず毎年少なくない数の行方不明者が出ていた。それらの事件のほとんどにあやかしが関わっているのは事実だ。
応接室に通され、ソファに向かい合って座る。
鷹羽家の屋敷と異なり、理人の屋敷は洋風の建造物だ。白を基調とした応接室の室内は、調度品も白で統一されていた。真鍮の窓枠からは陽光が差し込み、屋敷でのつらい日々が嘘のように穏やかな時間が流れている。
美鈴は、女中が持ってきた茶菓子に手をつけながら、理人の話を聞いていた。
今日呼ばれたのは、婚姻の儀の日取りについて話し合うためだった。事業で忙しい理人の体がようやく空いたそうで、近いうちに執り行うことができるらしい。
「それで」
話がまとまると、理人はカップをソーサーに置いて美鈴を見た。
「婚姻の儀が終わったら、すぐにこの屋敷で暮らすってことでいいんだよね」
「はい。父の許可も得ています」
「ならよかった」
心底ほっとしたように理人はつぶやく。
優しい理人は、美鈴が実家であまりよくない待遇を受けていることを気がかりに思っていた。しかし、むやみに家の内情に首を突っ込むことはできないので、婚姻するまで静観するしかない、といつか悔しそうに言っていた。


