「むぅ、なんなのじゃ」
「百、ごめんね。ちょっと用事があるからどいてほしいの」
「しかたないのう」

 百は言葉のわりには俊敏な動作で地面に着地すると、日が当たっているところまでごろごろと転がり、ふたたび丸くなって目を閉じた。
 日差しは暖かいとはいえ、秋の風は涼しい。百の体を少しずらして、風邪をひかないように羽織を敷いてやる。

「ありがとうなのじゃ」

 ぶつぶつとつぶやく百の頭を撫で、美鈴は立ち上がる。
 玄関に向かうと、会いたくない人物が立っていた。

「美鈴! 会いたかった!」

 元許嫁の高村理人はそう叫ぶと、抱きつかんばかりの勢いで玄関をあがろうとしたが――
 突然大きな音を立てて弾き飛ばされた。目に見えない壁にぶつかったような感じで、美鈴は驚いて目を白黒させる。
 すると、うしろからいちとはつが現れ、美鈴の隣に立った。

「統領さまは、あなたさまがここに入ることを許していません」
「分をわきまえてくださいまし」

 いつもの子どもらしい笑顔は鳴りを潜め、冷たい瞳で理人とにらみ合っている。
 美鈴は、あやかしが見えない理人がなぜ二人を認識できているのかが不思議だった。言葉も通じているように思える。戸惑っていると、いちとはつがこっそり美鈴に声をかけた。

「強いあやかしは、妖力のない人間に姿かたちを見せることができますわ」
「人間の言葉を話すこともできるのですわ」
「そうなのね」

 美鈴を見る二人の目は、いつものように優しかった。

「な、なんだこの子どもは。生意気だな……いたっ」

 理人は片手を押さえると、顔をしかめた。よく見ると、つねられたようなあとができている。
 美鈴は二人があやかしの力を使うところを見たことがなかったが、これが二人の能力なのだろうか。

「ご用件をおうかがいしますわ」
「しますわ」

 理人は幼い見た目の二人に命令されて腹が立っているようだった。しかし、これ以上反抗しても勝ち目がないと理解したのか、いら立った様子を見せながらも、玄関に立ったまま話をはじめた。

「美鈴を連れ戻しにきたんだ。なあ美鈴、僕と暮らそう」

 美鈴は全身に鳥肌が立つ。
 自分から裏切っておいて、いまさらなにを言っているのだろうか。一度は結婚を夢見ていた男は、こんなにも自分勝手で浅ましい人間だったのか。
 にべもなく拒絶すると、理人は一瞬怯んだ目をしたものの、すぐに勢いを取り戻す。

「寿香の懐妊は嘘だったんだ」
「え……」
「あいつ、僕を騙しやがった!」

 美鈴は口元を押さえる。動揺している美鈴をちらりと見ると、理人は下品に笑った。
 それから、理人は寿香のことを語りはじめた。