美鈴があやかし統領の屋敷にやってきてから数か月が経った。
青々としていた妖の森の木々は、すっかり綾錦をまとっている。
近ごろの美鈴は、体の調子があまりよくなかった。朝からだるい日が多く、食べてももどしてしまうこともある。ずっと具合が悪いわけではなく、いつもどおり動けることもあるのだが、ときどき急に調子を崩すのだ。
朔太郎たちにか弱い存在だと思われるのがいやで、健康には気を遣っていたのに。悪いものを食べた覚えはないし、夜更かしもしていない。原因は不明だ。朔太郎をはじめ屋敷のあやかしたちにたいそう心配され、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
幸い、今日は朝から調子がよかった。
縁側に腰をおろし、膝で丸くなる百のぬくもりを感じながら考えごとをしていると、いちとはつがぱたぱたと駆けてきた。
「美鈴さま、来客ですわ」
「ですわ!」
来客の約束など誰ともしていなかった。
そもそも、妖の森で生活をはじめてから、この屋敷のあやかし以外と交流を持っていない。朔太郎に「一人で外出しないでほしい」ときつく言われているからだ。
彼が言うには、妖の森にも当然、悪いあやかしはいるらしい。妖力の高い人間を誘拐してよくないことをしようと企んでいる不届きものが、あちこちに潜んでいるという。
だから、朔太郎に散歩に誘われたとき以外は、屋敷の庭より外に出ることはなかった。
――鷹羽の家にいたころも、理人さま以外の来客はなかったのだけど。
「お約束はされていなかったのでしょうか」
いちがそう言って首をかしげると、はつも同じ方向に首をひねった。
「ええ。覚えがないのだけど……」
「人間のようでしたわ」
「妖の森に入ってくるなんて、度胸がありますわね」
「そうですわね」
美鈴は動揺して言葉に詰まる。
人間が妖の森に立ち入ることは禁止されていた。
妖の森には人里とは比べものにならないくらいの数のあやかしがいて、人間にとって危険な場所だからだ。相容れぬもの同士、境界線を守って生きようと、何百年も前に定められたらしい。
来訪者が禁忌と危険を犯してまでここに来ているのなら、あまりよい用事だとは思えない。
重い気持ちのまま、立ち上がるために膝にのっている百をどかす。脇に手を入れて持ち上げると、力なくびよーんと伸びた。
青々としていた妖の森の木々は、すっかり綾錦をまとっている。
近ごろの美鈴は、体の調子があまりよくなかった。朝からだるい日が多く、食べてももどしてしまうこともある。ずっと具合が悪いわけではなく、いつもどおり動けることもあるのだが、ときどき急に調子を崩すのだ。
朔太郎たちにか弱い存在だと思われるのがいやで、健康には気を遣っていたのに。悪いものを食べた覚えはないし、夜更かしもしていない。原因は不明だ。朔太郎をはじめ屋敷のあやかしたちにたいそう心配され、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
幸い、今日は朝から調子がよかった。
縁側に腰をおろし、膝で丸くなる百のぬくもりを感じながら考えごとをしていると、いちとはつがぱたぱたと駆けてきた。
「美鈴さま、来客ですわ」
「ですわ!」
来客の約束など誰ともしていなかった。
そもそも、妖の森で生活をはじめてから、この屋敷のあやかし以外と交流を持っていない。朔太郎に「一人で外出しないでほしい」ときつく言われているからだ。
彼が言うには、妖の森にも当然、悪いあやかしはいるらしい。妖力の高い人間を誘拐してよくないことをしようと企んでいる不届きものが、あちこちに潜んでいるという。
だから、朔太郎に散歩に誘われたとき以外は、屋敷の庭より外に出ることはなかった。
――鷹羽の家にいたころも、理人さま以外の来客はなかったのだけど。
「お約束はされていなかったのでしょうか」
いちがそう言って首をかしげると、はつも同じ方向に首をひねった。
「ええ。覚えがないのだけど……」
「人間のようでしたわ」
「妖の森に入ってくるなんて、度胸がありますわね」
「そうですわね」
美鈴は動揺して言葉に詰まる。
人間が妖の森に立ち入ることは禁止されていた。
妖の森には人里とは比べものにならないくらいの数のあやかしがいて、人間にとって危険な場所だからだ。相容れぬもの同士、境界線を守って生きようと、何百年も前に定められたらしい。
来訪者が禁忌と危険を犯してまでここに来ているのなら、あまりよい用事だとは思えない。
重い気持ちのまま、立ち上がるために膝にのっている百をどかす。脇に手を入れて持ち上げると、力なくびよーんと伸びた。


