陰陽師のあやかし花嫁 無能の姉はあやかし統領に溺愛されて花開く


「遅いわ」

 妹――寿香(すずか)の部屋に到着すると、開口一番に彼女はそう言った。
 床に平伏して詫びるが、不機嫌に吊り上げられた眉尻はおさまることを知らない。

「ほーんと、陰陽師の能力もないうえに愚図でいやになっちゃう」

 寿香は床に伏す美鈴を蹴り飛ばした。
 床に転がったときにちらりと見えた寿香は、洋装に身を包んでいた。小花柄のワンピースは彼女の可憐な顔立ちや栗色のふわりとした長髪によく合っていて、美鈴は思わずうらやましいと思ってしまう。
 どこかに出かける用事でもあるのか、うっすら化粧もしていた。赤い頬紅が彼女の白い肌を際立たせている。

 一方の美鈴は、真っ黒で地味な黒髪に、吊り目気味の目、おまけに体は万年栄養不足のせいでやせ細っている。当然、母親が違うので寿香と美鈴はまったく似ていない。
 痛みをこらえてふたたび床にひれ伏すと、寿香は愉快そうに笑ってこう言った。

「お姉さまにお願いがあるの」
「……なんでしょうか」
「今日、高村(こうむら)家の理人(りひと)さまのお家に行かれるのでしょう? あたしが代わりに行かせてほしいの」

 美鈴は戸惑いを隠すことができなかった。
 高村理人は、幼いころから決められていた美鈴の許嫁だ。巨万の富を誇る高村財閥の三男で、物腰柔らかな美丈夫。
 財界で名を轟かす高村家と、古来よりあやかしからこの国を守る由緒正しき鷹羽家は、長きにわたって親交があった。理人と美鈴ももちろん幼少期から交流していて、無能と知っていながらも美鈴を愛し、婚姻を望んでくれている。
 屋敷で蔑まれる日々を送る美鈴にとって、理人の存在は大きな支えだった。

 最初こそ父は、無能の娘をあの高村家に送ることを渋っていたが、高村家の度重なる要請に折れた。無能だということは公にはしていないので、鷹羽家の体面は保たれる。むしろ、無能の娘を追い出せたうえに、高村家との関係が強くなって一石二鳥と考えたのだろう。
 理人はすでに実家を出ていて、帝都に屋敷を構えている。
 今日は、近々行われる予定の婚姻の儀について相談するために、理人の屋敷に呼ばれていた。