あやかしの男に連れてこられたのは、妖の森の最奥にある屋敷だった。
 赤褐色の瓦屋根が印象的な、壮観な外観に腰を抜かしそうになる。思わず、百を抱きしめる腕に力が入ってしまう。

「こっちだ」

 ぼうっと屋敷を眺めていると、玄関から男に声をかけられる。

「は、はい!」
「統領さまの家に入るのは初めてなのじゃ」
「百もおじゃましたことがないの?」
「ああ。統領さまはお優しいが、むやみに他者を寄せつけぬ方だからのう」
「そうなのね」

 百は美鈴の腕の中でごろごろと喉を鳴らしながら、のんきにそう言った。
 あやかし界で頂点に君臨する方の屋敷に人間があがっていいのかと思いつつも、草履を脱いで上がり框をまたぐ。
 威圧感のある門構えとは異なり、木材を基調とした内装は落ちついた雰囲気だった。美鈴は、あやかしの男のあとを追い、古い木の板を踏みしめて歩く。
 応接間に通され、ソファに腰をおろす。正面に座る男は、相変わらずなにを考えているかわからない表情で美鈴を見ていた。
 男の視線に困惑しつつも笑みを絶やさぬようにしていると、なぜかソファが揺れはじめる。視線を落とすと、百がソファで飛び跳ねていた。

「ふかふかなのじゃ」
「ちょっと百、はしたないわよ」
「私はかまわない」

 男は腕を組んでそう言った。無表情だが怒っているようには見えない。

 ――そういえば、わたしこの方のお名前を存じ上げないわ。

「あ、あの……」

 意を決して美鈴が口を開いたそのとき。
 応接間の戸が開き、おかっぱ頭の子どもが二人入ってくる。

「統領さまからお世話を申しつかっておりますの」
「おりますの」

 二人は元気よくそう言うと、美鈴に一礼をしてみせた。二人とも市松人形のような見た目で、顔だけではなく背丈、仕草、しゃべり方もそっくりだった。
 美鈴は困惑したまま頭を下げる。

「いちと」
「はつでございます」
「双子の座敷童ですわ」
「ですわ」

 赤色の格子柄の着物がいち、水色の水玉模様の着物がはつ。人間でいうと五、六歳くらいの見た目だが、座敷童ということはあやかしだ。きっと美鈴より長く生きている。
 勢いに押されながらも、美鈴は忘れないようにと頭の中で繰り返す。

「鷹羽美鈴と申します」
「もう夜も遅いですから、お部屋に案内いたしますわ」

 いちとはつはずんずんと歩いてきて、美鈴の両腕を掴む。見た目のわりにはかなり力が強い。されるがままに引きずられ、あっという間に応接間の出口まで連れていかれる。
 廊下に出る前に、美鈴は聞いておかなければならないことを思い出した。

「あの! 統領さまのお名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「朔太郎だ。名字はない。好きに呼べ」

 ――朔太郎さま。

「あの家から助けていただいてありがとうございました」
「……早く寝なさい」