いつの間にか、外はすっかり暗くなっていた。

「人間はそろそろ寝る時間かのう」
「うん。百はどうする?」
「暇だしそこらへんを散歩してくるかのう」

 外に出ようとする百を慌てて抱き寄せると、びよーんと体が伸びた。

 ――本当に猫みたいだわ。ってそうじゃない……

「夜だって陰陽師が警備しているから危ないわ」
「あんな雑魚にばれる気はせん! というか、もし見つかったとしても、百のほうが圧倒的に強いから問題ないのじゃ」
「そ、そうなの」

 小さくてふわふわの猫が、陰陽師より強いとはにわかに信じがたいが、百が言うならそうなのだろうか。
 困惑していると、百は美鈴の手をすり抜けて地面に着地した。

「みすずには迷惑をかけないようにやるから、気にするでない」

 納屋の小さな窓から外に出ていった百を心配に思いながら、美鈴は寝る支度をすることにする。
 髪をほどき、布団のしわを伸ばして中に入る。
 婚約破棄の件は、家で女中以下の扱いを受けている自分が抵抗しても無駄だとわかりきっていた。それに、そもそも別の女性と関係を持っていた男と婚姻したいとは思えない。
 明日の朝にはここを出ていかなければならない。もちろん行く当てはない。今後のことを考えると頭が痛いが、義母の決定を覆すことはできない。
 今日はもう泣き疲れたので荷造りは明朝にしよう。
 早く寝てしまおうと目を閉じたそのとき、百が窓から戻ってきた。美鈴の腹に着地すると、「大変だ!」と叫ぶ。

「いったいどうしたの」
「あやかしの大群が攻めてきたのじゃ!」

 百がそう言ったそのとき。
 体が地面に押さえつけられるかのような圧力を感じ、歯がガタガタと音を立てて鳴りだす。

 ――あやかしがこの近くにいる。

 しかもかなり強いあやかしが複数いるようだ。
 美鈴は震える体を抱きしめる。

「どうしたのじゃ⁉ 大丈夫か⁉」
「わたしはあやかしと対話ができるだけではなく、あやかしを引き寄せてしまうの。危険なあやかしがここに集まってくるかもしれない。百は逃げて」
「なにを言っておるのじゃ! 百はみすずを守るのじゃ!」