おぼつかない足取りで納屋までたどりつくと、震える手で扉を開ける。そのまま、履物も脱がずに床にうずくまった。

「なにがあったのじゃ」

 百が気づかわしげに駆け寄ってくるが、いまはなにも答えたくない。
 二人はいったいいつから親しくなっていたのだろうか。
 寿香がしつこく絡んでくるから、いつからか理人はこの家に寄りつかなくなっていた。でもそれは二人の関係が周りにばれないようにするためで、きっと美鈴の知らないところで逢瀬をしていたのだろう。
 理人は寿香との関係を続けながら、自分と婚姻するつもりだったのだろうか。そう思うと、鳥肌が止まらない。美鈴との子どもが欲しいと言ったとき、いったいどんな気持ちだったのだろうか。
 穏やかな微笑みや優しい言葉はすべて嘘だったのだと思うと、ぎりぎりのところでこらえていた涙が溢れてくる。

 生暖かいものが頬に触れて、驚いて顏をあげる。百が涙を舐めとっていた。
 美鈴ははっとして百を見る。百はしゅんと耳としっぽを下げながらも、必死に美鈴を慰めようとしてくれていた。
 この優しいあやかしを悲しませてはいけない。

「ごめんね。ちょっといろいろあって取り乱してしまったの。けど、もう大丈夫」
「本当なのか」
「うん、もう平気よ」

 美鈴は笑顔を見せる。
 百がいなかったら、きっといつまでも暗い納屋で泣いていた。

「ありがとうね」
「いつだって頼ってくれていいのじゃ」

 百はえっへんと胸を張って得意げにしている。そんな百がかわいくて、思わずほおずりをしてしまう。
 あっと思って顔を離すと、百は「今日だけは許してやるのじゃ」と言ってくれた。おずおずと抱き寄せて、少しごわついた毛に顔を埋める。
 獣のにおいがして温かくて、また涙が止まらなくなってしまった。