「理人さんとの子どもなの」
「え……?」
「お姉さまには申し訳ないけれど、あたしが理人さんと結婚するから」
「いったいどういうこと……」

 美鈴は後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。愛おしげに自分の腹を撫でる寿香を、信じられない思いで眺める。

「寿香が言ったとおりだ」

 声がしたほうに顔を向けると、父と義母、そして理人が立っていた。

「理人さまはおまえとの婚約は破棄して、寿香と婚姻することになった」

 父はきっぱりとそう言うと、もうしゃべることはないとでも言わんばかりに踵を返した。父の半歩うしろに立つ義母は、扇子で口元を隠しているが、愉悦にまみれているのは火を見るよりも明らかだ。 
 父の隣に立っている理人と目が合う。慌ててやってきたのか、服装も髪も乱れている。理人は美鈴を見るなり目を泳がせた。

「み、美鈴! 違うんだ! 僕は彼女とそんなことをした覚えはない」
「あらやだ、理人さま。あの激しい夜をお忘れになったの? お姉さまは真面目で結婚するまでは頑なに拒んでくるからつまらない、とおっしゃっていたじゃない」

 寿香はそう言うと、優越感をにじませた瞳で美鈴を見る。
 気が遠くなり、立っているのもやっとだった。
 理人に愛されていると思っていた。少し支配的なところもあるが、無能の自分を愛してくれる、優しい許嫁だと信じていた。

 ――全部嘘だったの……?

「役に立たない小娘は、あしたの朝までにこの家を出ていきなさい」
「まあ、お姉さまったらかわいそうに! でも無能なんだから、しょうがないわよねぇ」

 義母と寿香は笑い声を響かせながら消えていく。
 最後に残った理人が近づいてくる。彼の手が肩に触れそうになり、美鈴は慌てて体を翻す。

「み、美鈴……」
「失礼いたします」

 そうつぶやくと、美鈴はばっと駆けだした。
 うしろから理人の言い訳が聞こえていたが、振り返ることはなかった。