翌朝。
 目が覚めると、美鈴は納屋の布団の上にいた。
 いつの間にか寝間着に着替えていたようで、母の着物は壁に吊るされている。裾は破れているだけではなく、あちこちに泥がついていた。丁寧に洗えば汚れは落ちるだろうか。
 きのうの夜、妖の森で鈴のかんざしを取り戻したところで美鈴の記憶は途絶えていた。
 見慣れた光景に戸惑っていると、腹のあたりがやけに温かくて目を向ける。美鈴の腹の上で、白猫のあやかしが丸くなって寝ていた。

「あ、あなたは」

 驚いて叫びそうになった口元を必死に押さえると、あやかしは耳をぴくりと動かし、面倒くさそうに目を開けた。

「百じゃ」
「百……」

 たしかにきのうあやかしの統領がそう呼んでいた。
 そこで美鈴はハッとする。

「ここにいてはだめよ! この家には、あやかしを祓う力を持った人がたくさんいるの。それにあやかしに害のある結界がそこらじゅうに張ってあるから、あなたの体には毒だわ」
「陰陽師の鷹羽家じゃろう。そんなことくらい知っている」

 百はつまらなそうにそう言うと、大きなあくびをした。
 なぜだかわからないが、百には鷹羽家の結界は効果がないらしい。美鈴の腹から退くと、床に寝転がって毛づくろいをはじめた。なんとものんきな様子で、美鈴は拍子抜けしてしまう。

「百を誰だと思っているのじゃ。あの統領さまに認められた立派なあやかしだぞ!」
「そ、そう……ごめんなさいね」

 本人が大丈夫だと言っているのなら大丈夫なのだろう。
 美鈴は戸惑いながら百の腹をちらりと見る。止血のために巻いた着物の裾はもう取れていて、血は止まっているようだった。傷跡が気になるのか、しきりにぺろぺろと舐めている。

「傷、よくなってよかったわ」
「その節は助かったぞ。だが、この着物はきっと高価なものだろう。すまなかったな」
「ううん、いいの。百を助けることができて、きっとお母さまも喜んでるわ」
「みすずには恩がある。今度なにかあったら助けてやるのじゃ」
「ありがとう」

 百はそう言うとにかっと笑った。
 あまりにもかわいくて思わず抱きしめそうになるが、むやみにそんなことをしたら機嫌を損ねてしまうかもしれない。美鈴はすんでのところで手を引っ込めた。