ちりん。
どこかから鈴の音が聞こえて、美鈴は顔をあげる。
「この音……」
控えめだが、涼やかで心地よい音。
かんざしの鈴の音と酷似していた。
「どうした」
「いま聞こえた音、かんざしについている鈴の音かもしれないわ」
「本当か!」
あやかしはあたりを嗅ぎまわり、ある一点で急に立ち止まる。「こっちだ」と叫ぶと走っていってしまった。
四足歩行の生き物に着物の人間が追いつけるわけがなく、美鈴は置いていかれてしまう。走りづらい草履で一生懸命歩みを進めると、あやかしが人間のような見た目の男に飛びついたところだった。
「統領さまじゃ!」
「百、怪我をしているじゃないか。どうしたんだ」
「この人間――みすずに手当してもらったから大丈夫じゃ」
「人間」
白猫のあやかしは百という名前らしい。
百を胸に抱き、目を合わせてしゃべっていた男は、ふと美鈴に目を向けた。濡羽色の髪に深紅の瞳の、端麗な男だった。痩身長躯に着物がよく似合っている。
あまりの美しさに美鈴は息をのむ。
――あの日、迷子のわたしを助けてくれた方とよく似ているわ。
どこか影のある瞳に見つめられると、目が離せなかった。
「あ!」
男の着物の帯に、美鈴のかんざしが挿さっていた。
美鈴が思わず大きな声をあげると、男は眉をひそめた。
「そのかんざし、わたしのものなんです。手違いでこの森に落としてしまって、禁忌と知りながらも森の中に入らせていただきました。夜分にお騒がせしてしまい申し訳ございません」
「統領、許してやってくれないか。みすずは怪我を手当てしてくれたんだ! 悪い人間じゃないぞ」
百は男の胸にすがり、必死にそう言ってくれた。
――統領と呼ばれているってことは、この人は一番偉い人ってことよね。それにしては、ずいぶん人間みたいな見た目だけど……
あやかしの見た目は通常、猫や犬などの動物、もしくは異形だ。しかし、この男はどこからどう見ても二十歳そこそこの人間の男にしか見えず、美鈴は戸惑っていた。
「そんなに大事なものなのか」
「はい。大切なお方にいただいた宝物です」
男は百を降ろすと、腰に挿していたかんざしを手に取ってじっと見た。そのまま、ゆっくりと美鈴に近づいてくる。
男の感情が読めず恐怖を覚えつつも、美鈴は男から目を離さない。
美鈴の正面まで来ると、そっと髪にかんざしを挿してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「……ずっと待っていた」
「え……?」
なにを言われたのかわからず呆気に取られていると、男は急に美鈴の頬に手を添えた。
驚いて固まっていると、そのまま口づけをされる。甘い蜜が流れ込んでくるような心地よい気持ちに溺れる。
美鈴はそのまま意識を手放した。
どこかから鈴の音が聞こえて、美鈴は顔をあげる。
「この音……」
控えめだが、涼やかで心地よい音。
かんざしの鈴の音と酷似していた。
「どうした」
「いま聞こえた音、かんざしについている鈴の音かもしれないわ」
「本当か!」
あやかしはあたりを嗅ぎまわり、ある一点で急に立ち止まる。「こっちだ」と叫ぶと走っていってしまった。
四足歩行の生き物に着物の人間が追いつけるわけがなく、美鈴は置いていかれてしまう。走りづらい草履で一生懸命歩みを進めると、あやかしが人間のような見た目の男に飛びついたところだった。
「統領さまじゃ!」
「百、怪我をしているじゃないか。どうしたんだ」
「この人間――みすずに手当してもらったから大丈夫じゃ」
「人間」
白猫のあやかしは百という名前らしい。
百を胸に抱き、目を合わせてしゃべっていた男は、ふと美鈴に目を向けた。濡羽色の髪に深紅の瞳の、端麗な男だった。痩身長躯に着物がよく似合っている。
あまりの美しさに美鈴は息をのむ。
――あの日、迷子のわたしを助けてくれた方とよく似ているわ。
どこか影のある瞳に見つめられると、目が離せなかった。
「あ!」
男の着物の帯に、美鈴のかんざしが挿さっていた。
美鈴が思わず大きな声をあげると、男は眉をひそめた。
「そのかんざし、わたしのものなんです。手違いでこの森に落としてしまって、禁忌と知りながらも森の中に入らせていただきました。夜分にお騒がせしてしまい申し訳ございません」
「統領、許してやってくれないか。みすずは怪我を手当てしてくれたんだ! 悪い人間じゃないぞ」
百は男の胸にすがり、必死にそう言ってくれた。
――統領と呼ばれているってことは、この人は一番偉い人ってことよね。それにしては、ずいぶん人間みたいな見た目だけど……
あやかしの見た目は通常、猫や犬などの動物、もしくは異形だ。しかし、この男はどこからどう見ても二十歳そこそこの人間の男にしか見えず、美鈴は戸惑っていた。
「そんなに大事なものなのか」
「はい。大切なお方にいただいた宝物です」
男は百を降ろすと、腰に挿していたかんざしを手に取ってじっと見た。そのまま、ゆっくりと美鈴に近づいてくる。
男の感情が読めず恐怖を覚えつつも、美鈴は男から目を離さない。
美鈴の正面まで来ると、そっと髪にかんざしを挿してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「……ずっと待っていた」
「え……?」
なにを言われたのかわからず呆気に取られていると、男は急に美鈴の頬に手を添えた。
驚いて固まっていると、そのまま口づけをされる。甘い蜜が流れ込んでくるような心地よい気持ちに溺れる。
美鈴はそのまま意識を手放した。


