「人間、名はなんと言うのだ」
「美鈴と言います」
「みすず」

 鷹羽家には、あやかしに真名を教えてはならないという掟があった。魂の本質を知られると、主従関係が逆転したり、呪いを受けたりしてしまうからだ。
 だが、美鈴は人間に好意的なあやかしに名前を尋ねられたときだけは、正直に言うようにしていた。このあやかしはきっと大丈夫。

 ――だって、興味を持ってくれてうれしいじゃない。

 悪さをしてくるあやかしは怖かったが、友好的なあやかしもいる。
 あやかしは気まぐれだから友になることは難しい。しかし、美鈴は人知れずあやかしと交流しては、ひとりぼっちの心を慰めていた。

「夜は危険だから、早くお家に帰ってちょうだいね」

 そう言い残して、立ち去ろうとする。
 ふたたびかんざしを探すために森の奥をめざそうと歩みを進めると、うしろからあやかしがついてくる気配がした。振り返ると、四足歩行のあやかしと目が合う。

「みすずが怪我したら困るから、ついていってやる」
「そ、そう……ありがとうね」

 ふんっと鼻を鳴らして得意げに言われたら、断ることはできない。
 止血してあげただけなのだが、妙に懐かれてしまったかもしれない。白い毛玉がぽてぽてとついてきて、かわいいからまあいいかと思うことにする。
 小さなあやかしが一匹仲間になり、美鈴の心細さはだいぶ軽減した。

「こんなところでなにをしているのじゃ。人間がここに来るのは危険だぞ」
「探しものをしているの。このあたりに落ちていると思うんだけど」
「じゃあ、手伝ってやるぞ」
「あ、ありがとう。鈴のかざりがついたかんざしなんだけど」

 両手の人差し指でかんざしの大きさを示して説明する。
 あやかしは美鈴のまわりとぐるぐるとまわると、着物に鼻を擦りつけた。そして、目を閉じ、宙に顔を向けてすんすんと鼻を鳴らしている。

「どれ、においで辿ってやろう」
「そんなことができるの? すごいわ」

 あやかしはふんっと鼻を鳴らす。
 もしかしたら、まだ子どものあやかしなのかもしれない。素直でかわいらしい。

「ずいぶん小さいのう。爪楊枝みたいに細長いのじゃな」
「そうね。爪楊枝よりは大きいけれど」

 そのときだった。