あやかしと人間が共存する国、日本。
 この国では、古来よりあやかしと人間の争いが絶えなかった。多くの人間にとってあやかしは目に見えぬもの。あやかしを視認し、祓う力を持つ陰陽師と呼ばれる人々が中心に立ち、ときには平和的な交渉を行い、またときには祓うことで、人間は領地の拡大に成功した。
 時は下り、明治時代。
 人間たちによる土地の支配が進んだ結果、あやかしたちは帝都の森の奥に住処を構え、時おり人里に下りてくる以外はひっそりと生活していた。

 陰陽師の末裔である鷹羽家に長女として生まれた鷹羽美鈴(たかはねみすず)は、無能のせいで蔑まれていた。
 陰陽師は力の継承のために、通常、能力を持つ者同士で子をなす決まりがあった。しかし、国家権力に目が眩んだ鷹羽家の当主――つまり美鈴の父が、政治家の娘で無能の母と政略結婚をした。その結果、無能の美鈴が生まれたのだ。
 母は体が弱く、美鈴が幼いころに亡くなった。母の実家は利用価値のない美鈴を引き取ろうとしなかった。後ろ盾のない美鈴は、無能であることを理由に、屋敷で女中以下の扱いを受けている。
 着物は当然のように女中のお古。食事は家族ととることを許されず、部屋として与えられている粗末な納屋で一人冷たくなった残り物をつまむ日々だ。
 今日も美鈴は屋敷の廊下で拭き掃除に励んでいた。

「お姉さまはどこに行ったの?」 

 どこからか妹の甲高い声が聞こえて、ぱっと顔をあげる。
 妹はときどき、気まぐれで美鈴を呼びたてる。ほとんどがたいした用事ではなく、気まぐれに殴られたり買い物を押しつけられたりするのだが、無視するともっと最悪なことになる。
 機嫌を損ねないうちに、早く妹のところに行かなければいけない。
 美鈴は三角巾をはずし、慌てて廊下を駆けた。