それから幾日かが経った夜のことだった。がん、がんっと屋敷に似つかわしくない大きな音が響く。
「いるんだろうっ、出てこい!」
ドアを不躾に叩く音と、男の野太い声。夕食の後でまどろんでいた蒼空は目を覚ました。蒼空は急いで玄関へ駆けていく。玄関では、見知らぬ男が怜司の胸ぐらにつかみかかっていた。
「お前だな! うちの娘をそそのかしやがって!」
息まく男とは対照的に、怜司はいたって冷静だった。静かに、けれど有無をいわさぬ動作で男の手を外させると、襟元を正しながら言う。
「……ふみさんのことでしょうか」
「そうだ。俺はあいつの父親だ! 娘に何をしたんだ!」
ふみの父親の怒りはおさまらず肩を怒らせている。
「私は、彼女に客人として紅茶をふるまっただけです。それに、そそのかす、というのは人を騙して望まぬ道へと導くこと、ではないでしょうか。私はそのようなことは一切しておりません。あなたが言う、そそのかしたとは、どういう意味でしょう。何か不都合でもございましたか?」
怜司の淡々とした問いに、ふみの父親は少々たじろぎながらも乱暴に答える。
「あいつは、絶対に俺に逆らわない奴だった。なのに最近は、生意気にも俺に意見するようになった。俺の目さえ見れなかったあいつが、うだつの上がらなかった娘が、まっすぐ俺の目を見て逆らうんだ! それに、髪なんて結ぶようになって、まるで誰かに色目でも使っているみたいに……‼」
「意見を言うことは、悪いことではありません。彼女には彼女の言い分や考えがあって、それをきちんと口にしているのです。自分の中にすべてをしまいこんで、何も言えず、ただうつむいているよりもずっといい。それに、自分を飾ることの何がいけないことなのでしょう。色目を使っているというのは短絡的すぎます。彼女は、自分の癖のある髪をとても気にしていました。学校でもからかわれていたそうです。髪を結ぶことで、自信につながるのであれば、喜ばしいことではないですか」
「黙れ! お前に何が分かる! あいつは意見なんてする必要はないんだ! 黙って家長である父親の言うことに従っていればいいんだよ!」
「それでは、あまりにもふみさんがかわいそうです」
「うるさい! お前みたいな、どこの国の人間かもわからない奴が、家のことに首突っ込んでくるんじゃない! 気取ってえらそうに説教なんてしやがって!」
「――お父さん、やめて!」
後からふみが息を切らして駆けてくると、父親を止める。
「怜司さんは悪くないの! これからは、お父さんに逆らったりしないから、だから」
「ふみ! 家にいろと言っただろうが! なぜ俺の言うことがきけない!」
父親が手を振り上げる。蒼空が飛び出すよりも早く、その腕を怜司がしっかりとつかんでいた。
「やめてください。ふみさんは何も悪いことはしていません。悪いのが私だというなら、ふみさんではなく、私を責めればいい」
父親は苛立ちながら腕を振り払う。
「ちっ、これで終わりだと思うなよ! いくぞ、ふみ」
ドアが乱暴に閉められる。蒼空は怜司の足元にぴったりとよりそう。
「騒がしくしてすまない。こわかっただろう」
怜司は蒼空を抱き上げる。
「少し……言い過ぎてしまったかな。つい、熱が入ってしまったね」
そう言って怜司は苦笑する。この時の蒼空はにゃあと小さく鳴くことしかできない。村の人たちに怜司のことを知ってもらいたいと、ふみをここまで連れてきた。そのことがよけいに軋轢を生んでしまったかもしれない。それがただ悲しかった。
「いるんだろうっ、出てこい!」
ドアを不躾に叩く音と、男の野太い声。夕食の後でまどろんでいた蒼空は目を覚ました。蒼空は急いで玄関へ駆けていく。玄関では、見知らぬ男が怜司の胸ぐらにつかみかかっていた。
「お前だな! うちの娘をそそのかしやがって!」
息まく男とは対照的に、怜司はいたって冷静だった。静かに、けれど有無をいわさぬ動作で男の手を外させると、襟元を正しながら言う。
「……ふみさんのことでしょうか」
「そうだ。俺はあいつの父親だ! 娘に何をしたんだ!」
ふみの父親の怒りはおさまらず肩を怒らせている。
「私は、彼女に客人として紅茶をふるまっただけです。それに、そそのかす、というのは人を騙して望まぬ道へと導くこと、ではないでしょうか。私はそのようなことは一切しておりません。あなたが言う、そそのかしたとは、どういう意味でしょう。何か不都合でもございましたか?」
怜司の淡々とした問いに、ふみの父親は少々たじろぎながらも乱暴に答える。
「あいつは、絶対に俺に逆らわない奴だった。なのに最近は、生意気にも俺に意見するようになった。俺の目さえ見れなかったあいつが、うだつの上がらなかった娘が、まっすぐ俺の目を見て逆らうんだ! それに、髪なんて結ぶようになって、まるで誰かに色目でも使っているみたいに……‼」
「意見を言うことは、悪いことではありません。彼女には彼女の言い分や考えがあって、それをきちんと口にしているのです。自分の中にすべてをしまいこんで、何も言えず、ただうつむいているよりもずっといい。それに、自分を飾ることの何がいけないことなのでしょう。色目を使っているというのは短絡的すぎます。彼女は、自分の癖のある髪をとても気にしていました。学校でもからかわれていたそうです。髪を結ぶことで、自信につながるのであれば、喜ばしいことではないですか」
「黙れ! お前に何が分かる! あいつは意見なんてする必要はないんだ! 黙って家長である父親の言うことに従っていればいいんだよ!」
「それでは、あまりにもふみさんがかわいそうです」
「うるさい! お前みたいな、どこの国の人間かもわからない奴が、家のことに首突っ込んでくるんじゃない! 気取ってえらそうに説教なんてしやがって!」
「――お父さん、やめて!」
後からふみが息を切らして駆けてくると、父親を止める。
「怜司さんは悪くないの! これからは、お父さんに逆らったりしないから、だから」
「ふみ! 家にいろと言っただろうが! なぜ俺の言うことがきけない!」
父親が手を振り上げる。蒼空が飛び出すよりも早く、その腕を怜司がしっかりとつかんでいた。
「やめてください。ふみさんは何も悪いことはしていません。悪いのが私だというなら、ふみさんではなく、私を責めればいい」
父親は苛立ちながら腕を振り払う。
「ちっ、これで終わりだと思うなよ! いくぞ、ふみ」
ドアが乱暴に閉められる。蒼空は怜司の足元にぴったりとよりそう。
「騒がしくしてすまない。こわかっただろう」
怜司は蒼空を抱き上げる。
「少し……言い過ぎてしまったかな。つい、熱が入ってしまったね」
そう言って怜司は苦笑する。この時の蒼空はにゃあと小さく鳴くことしかできない。村の人たちに怜司のことを知ってもらいたいと、ふみをここまで連れてきた。そのことがよけいに軋轢を生んでしまったかもしれない。それがただ悲しかった。
