その少年と出会ったのは、雅哉が高校二年の夏のことだった。父親は工房の方にいたため、雅哉は店番をしつつ勉強をしていたのだが、ふいにドアベルが鳴る。見遣ると、そこにはランドセルを背負った小学生の少年がいた。
「こんにちは。君、一人で来たの?」
雅哉が近づいて問うと、彼は礼儀正しくおじぎをする。
「はい。夏目優里といいます。立花小学校の五年生です。あの、少しお店を見せてもらっていいですか」
「どうぞ」
しっかりして大人びた子だな、と思いつつ雅哉は申し出を快く承諾する。
「立花小学校って、隣町のだよね。わざわざどうしてここに?」
「村にはよく遊びに来ていました。その時にこの工房を見つけて。ずっと中を見てみたいなって思っていたんです。今日は、勇気を出してお邪魔させていただきました」
「そっか。いいよ、自由に見ていって」
「ありがとうございます」
優里は利発そうに微笑んで、棚や窓辺に飾られた硝子細工をゆっくりと見ていた。決して手を触れず、ただ目で追うだけだ。落ち着いているし、育ちがいいのだろう。そんな子がたった一人でここまで足を運ぶことに少し不思議に思ったものの、もう問うたりはしなかった。
少しして、雅哉は勉強の手を止めた。優里の視線がとある棚を見上げ止まっている。
「何か、気になるものでもあった?」
「はい、あの砂時計。二つ、青色の。とてもきれいだなと思って」
雅哉は二つのうちの一つを手に取ると言う。
「失敗作なんだよ。全体的な形が少し歪んでいて、売り物にはならない。……実はこの前、職人の父親と一緒に作ったものなんだ。設計からガラス素材の準備、成形まで、俺も携わってみたんだけど、やっぱり難しいね。それでもきれいって思ってくれたんだね、不完全なものでも」
「はい。正直、まったく失敗作になんて見えませんし、硝子が空の色みたいで、とてもきれいだと思います」
店に飾られた数ある硝子細工の中で、自分が作った失敗作に目をかけてくれるとは。雅哉はうれしくなり、つい、彼に砂時計を差し出して。
「気に入ったならあげるよ」
「え、でも。お父さんと作った大切なものなのではないですか」
戸惑う優里に、雅哉は彼の目線までかがんで言う。
「そんなに思い入れが深いものでもないよ。ちょっと練習に軽い気持ちで作ったようなものだしね。俺は、将来父親のような硝子細工職人を目指してる。君が俺の作品を手に取ってくれた最初の人だ。君みたいな子にもらってもらえるならうれしい。その代わり、大事にして」
優里は、まるで宝物に触れるようにそっと優しく砂時計を受け取る。願いを込めるように、両の手のひらで包み込む。そして、うれしそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。大事にします」
初めて優里はきらきらとした子どもらしい目をした。
「こんにちは。君、一人で来たの?」
雅哉が近づいて問うと、彼は礼儀正しくおじぎをする。
「はい。夏目優里といいます。立花小学校の五年生です。あの、少しお店を見せてもらっていいですか」
「どうぞ」
しっかりして大人びた子だな、と思いつつ雅哉は申し出を快く承諾する。
「立花小学校って、隣町のだよね。わざわざどうしてここに?」
「村にはよく遊びに来ていました。その時にこの工房を見つけて。ずっと中を見てみたいなって思っていたんです。今日は、勇気を出してお邪魔させていただきました」
「そっか。いいよ、自由に見ていって」
「ありがとうございます」
優里は利発そうに微笑んで、棚や窓辺に飾られた硝子細工をゆっくりと見ていた。決して手を触れず、ただ目で追うだけだ。落ち着いているし、育ちがいいのだろう。そんな子がたった一人でここまで足を運ぶことに少し不思議に思ったものの、もう問うたりはしなかった。
少しして、雅哉は勉強の手を止めた。優里の視線がとある棚を見上げ止まっている。
「何か、気になるものでもあった?」
「はい、あの砂時計。二つ、青色の。とてもきれいだなと思って」
雅哉は二つのうちの一つを手に取ると言う。
「失敗作なんだよ。全体的な形が少し歪んでいて、売り物にはならない。……実はこの前、職人の父親と一緒に作ったものなんだ。設計からガラス素材の準備、成形まで、俺も携わってみたんだけど、やっぱり難しいね。それでもきれいって思ってくれたんだね、不完全なものでも」
「はい。正直、まったく失敗作になんて見えませんし、硝子が空の色みたいで、とてもきれいだと思います」
店に飾られた数ある硝子細工の中で、自分が作った失敗作に目をかけてくれるとは。雅哉はうれしくなり、つい、彼に砂時計を差し出して。
「気に入ったならあげるよ」
「え、でも。お父さんと作った大切なものなのではないですか」
戸惑う優里に、雅哉は彼の目線までかがんで言う。
「そんなに思い入れが深いものでもないよ。ちょっと練習に軽い気持ちで作ったようなものだしね。俺は、将来父親のような硝子細工職人を目指してる。君が俺の作品を手に取ってくれた最初の人だ。君みたいな子にもらってもらえるならうれしい。その代わり、大事にして」
優里は、まるで宝物に触れるようにそっと優しく砂時計を受け取る。願いを込めるように、両の手のひらで包み込む。そして、うれしそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。大事にします」
初めて優里はきらきらとした子どもらしい目をした。
