すっと頬を風がなでて、志音は現実に引き戻された。
「そうだった……僕たちは、あの場所に手紙を埋めたんだ」
 手のひらの中の砂時計は、もう砂を落とし終わっていた。志音は大切にそれを両の手のひらで包み込む。
 思い出した。願掛けの意味。あの場所に埋めた理由。でも、まだすべてではない。志音はなぜか、バス停のベンチに置き去りにされていた。その理由がまだ、判然としない。
『すべて忘れなさい。君にはかかわりのないことだ』
 声が、まだ記憶を阻む。でも、ここで立ち止まってはいられない。
優里からの手紙を読んだら、また何か分かるかもしれない。思い出せるかもしれない――。


 翌日の早朝、志音が階下に降りると、椋太はキッチンに、湊は眠そうにテーブルにつき、紅茶を飲んでいた。いつもの朝、湊は二人へと口を開く。
「二人に、話したいことがあるんだ」
 声に、二人は顔を上げる。湊は優しくうなずき、椋太はキッチンから志音を迎えるように席についた。
「秘密の話かな?」
 椋太は頬杖をついて言葉を待ち、逆に湊は緊張したように姿勢を正している。
 志音はふぅっと小さく息を吐いて、言う。
「思い出したんだ。社の先の場所で、優里と何を願って、何を埋めたのか」
 二人が真剣にうなずいてくれた。それだけ志音を気に掛けてくれているのが分かってうれしかった。大丈夫、二人になら落ち着いて話ができる。
 志音は、あの日優里と花野枝村を訪れ、社の奥、木の根元に二人で願いを書き、手紙を埋めたこと、優里は自分から志音のもとを離れていったこと、大人になったらまた会おうと約束をしたこと――でもまだ、途中の記憶が曖昧なことを伝えた。
「……これから、確かめに行ってくるよ。僕の記憶が正しいのかどうか」
「君は彼の願いを受け取りに行くんだね」
 湊が微笑んでうなずいてくれる。背中を押してくれているのだと分かる。
「分かった。じゃあ俺は、いつもみたいにおいしい朝食を用意して待ってるから。安心して行っておいで」
 椋太も優しく背中を押してくれる。正直、少し不安だった。あの日の切ない思いが押し寄せてきてしまいそうで――。でも、二人がうなずいてくれるのを見て、志音はまた勇気をもらえる。
「ありがとう。行ってくるよ」
 あの日の優里の願いは、志音と同じだったのだろうか。志音は御守りがわりにポケットに忍ばせて置いた砂時計を優しく握った。