戸が閉められる音が、食卓にも強く響く。
「反抗期……って歳でもないよね、さすがに」
 椋太はどうしたものかね、と付け加えて麦茶をつぐ。志音は空になった席を見つめつぶやく。
「湊くん……何かあったのかな」
 箸もあまり進んでいなかったようで、料理もだいぶ残っていた。
「ま、彼にもいろいろあるんだろうね。今は一人にさせてあげたほうがいいかもしれないよ」
「うん……」
 彼を知らないうちに傷つけてしまっていたのだろうか。志音は湊が去った二階を見上げ、やるせない気持ちになるのだった。


 夜明け前。風の音すらやんだ、夜と朝の狭間。雨戸の隙間からかすかに青白い光がにじんでいた。まだ、誰も起きていない、午前四時。湊はそっと階下へ降り、音をたてないように靴を履く。
「……湊、行ってしまうの?」
 背後からの静かな声に、湊は一瞬身をかたくし、そして振り返る。誰かは分かっていた。佇んでいた蒼空は、静かでいつもの無邪気さはない。一瞬だけ、彼の足元に亡くなった愛猫、ルルの姿を見た気がしたけれど、もう見えなかった。あじさい荘に来る時も、そんな幻を見てしまったのだろう。だって、唯一大事だったルルはもうどこにもいないのだから。
「二人には言わないで。もし言ったら――いくら君でも許さないから」
 自分の声が冷たく響く。
「湊……」
「……知っているよ。君には不思議な力があるよね。このあじさい荘にも。まるで魔法がかかっているみたいだ」
 湊は自身を嗤うように言う。
「君はここにくる住人は、『選ばれた人』だって言っていたけれど、きっと俺だけ……手違いだったんじゃないかな」
「そんなことない。あじさい荘は、必要とする住人しか連れて来ないよ」
 湊は答えずに、玄関の戸を開けると、ほのかに白み始めている空気の中へ足を踏み出した。