その夜、もうすっかり慣れてしまった三人揃っての食卓には、これまた椋太の美味しそうな料理が並ぶ。今夜の献立は、じゃがいもと枝豆を練り込んだ黄金色のコロッケ。衣は細かく、頬張ればまるで店でだされているようなサクサク感。塩味が効いて、ほっこりと優しい味。付け合わせのキャベツもきれいに切り揃えられている。他にも豆腐とわかめのすまし汁、五穀米ご飯のおにぎり(焼きおにぎり風にしてある)、デザートにはカットフルーツと蜂蜜ヨーグルト。
 重い買い物をしたかいがあったと、湊はこっそり思う。
「また明日も来てほしいって言われてさ。ほんと人使い荒いよ」
 口ではそう言う椋太だったけれど、バイト代を稼げるとうれしそうだった。
「新鮮な野菜ももらえるし、本当に助かるよね」
 志音はおにぎりを頬張りつつ言う。
「志音は図書館の仕事慣れて来たの……?」
 湊が問うと、志音はうれしそうにうなずく。
「うん、この前は読み聞かせなんて初めてやったけど、案外楽しくて。子どもたちみんな喜んでくれるからこっちまで楽しくなっちゃってさ」
「あ、そういや今日行ってきた田村さん家の孫ちゃん。素敵なお兄さんが本読んでくれたとか言っていたよ。……君も隅に置けないね」
 椋太はからかうように言うも、志音に対して尊敬の念が込められているのが分かる。
 それに比べて自分は何をやっているのだろう。だんだんとみじめに思えてくる。二人は村の人たちともうまくやっている。自分は愛想笑いを返すのだけで精一杯だというのに。
「そういえば、志音。ガラス細工工房にも通ってるらしいね」
 椋太の言葉に、志音はえ、と顔を向ける。
「どうして知ってるの? あれ、言ったっけ?」
「それも聞いたんだよねー、田村さん家で。侮れないよ、村の連絡網は」
「そうだったんだ。別に隠してたわけじゃないからいいんだけどね。工房を見学させてもらっているうちに興味がわいて、時々お邪魔させてもらっているんだ」
 二人の会話に喜べないし、聞くのも辛くなってきてしまう。……そんな自分が嫌だ。二人とも、自分に対しては優しいし何も変わらない。なのに成長できない自分を置いて、どんどん先を行ってしまう。湊が箸を止めた時だった。
「湊くんの仕事はウエブライターだったよね。はかどってる?」
 志音が他意もなく訊いてきたので、気は進まなかったが湊は仕方なく答える。
「最近……ちょっと仕事が減ってきて」
 空気を読むなら、嘘でも順調だと答えておけばいい。でも、湊にはそれができない。
「じゃあさ、明日湊も来るかい? 田村さん家の畑の手伝い。人手、いくらあっても困らないし、結構楽しかったりするんだよね、意外とさ」
 椋太が余裕の笑顔で提案する。それも妙に癪に障った。
「何言ってるの? 俺がそんなことできるわけないだろ。人付き合いだって苦手で、この前の祭りだって満身創痍だったのに。君も分かってるはずだろ」
「え、ああ。ごめん、別に無理にとは言わないよ」
 そう言って椋太は気を悪くする素振りさえみせない。あくまで優しく、余裕のある態度。そのこともまた、湊を苛つかせる。
「湊くん、大丈夫? 顔色悪いけど……」
 志音が心から気遣ってくれているのも分かる。どうして、二人はこんな自分に優しくできるのだろう。どうして。
「……どうして。どうして俺のことなんて気にするんだよ。別にどうでもいいだろ」
 絞り出すように湊は言う。
「どうでもいいって……そんなわけないよ。湊くん、いつもと様子が……」
「湊、そういう言い方よくないよー」
 戸惑う志音の声も、どうってことないような落ち着き払った椋太の態度も、今の湊にはただ煩わしいだけで。
「だから! 放っておいてって言ってんだよ!」
 テーブルにどんっと手をついて、湊は立ち上がった。志音が驚いたように肩をすくめ、椋太が言葉を飲み込んだのが分かった。
「君たちは君たちで楽しくやってればいい。俺を巻き込むなよ。……どうせ君たちも、他の連中と一緒で俺のこと――見下してんだろ!」
 湊は二人の答えも聞かずに、二階へと駆け上がった。最低だ。言ってはいけないことを言ってしまった。湊はどうしようもなく締め付けられる心で思う。
 もう、ここにはいられない。