湊は買い物かごを片手にスーパーにいた。椋太から買い物を頼まれたためだ。いつもは椋太が買い物に行き、湊は時々付き合う程度なのだが、とある農家から手伝いを頼まれたとかで、仕方なく今回は湊が買い物を引き受けた。
 湊はうつむきがちに歩き、手早く頼まれた食品をカゴに入れていく。――というのも。花野枝村の歴史祭り以来、声を掛けられることが多くなったからだ。そのたびに愛想笑いをしなければならないのが、湊にとって負担だった。
『志音くんもかわいらしかったし、椋太くんも素敵だったよね。やっぱりあの二人は華があるわぁ』
『湊くんだっけ? あなたも悪くはないけれど、少し静かで控えめなのね』
『あじさい荘の三人組の中だと、志音くんと椋太くん、どっちがリーダーなの?』
 分かってはいる。どう頑張っても自分はあの二人には追い付けないってこと。自分はおまけみたいなもので……二人の『ついで』の存在なのだと思い知らされる。
 いつもそうだった。どこに行っても、誰といても、自分はいつも目立たなくて、人の眼中に入らない。
『あれ、君もいたっけ?』
 過去に何度言われたか分からない言葉を思い出してしまい、地味に胸を刺し始める。
 あじさい荘に来たばかりの頃。蛍が舞う美しい庭を眺めていた時も、誰が言ったかも覚えていない、自分を傷つける言葉の数々がよみがえり牙を剥いた。それは、今に始まったことではないけれど、より鮮明になってそのことがずっと離れない。人前に出るたびに思い出してしまうのだ。
「まったく、多いんだよ買う物が!」
 いたたまれなくなった湊は早々に用を済ませると、店を出る。椋太の料理は心から美味しいので、これはそのための試練だと言い聞かせて。


 あじさい荘に戻る。まだ誰もいない。志音は役場で臨時職員をしているので帰るのは夕方だ。椋太もそのくらいになるのだろう。祭りの夜以来、二人は村の人たちからも頼りにされ、毎日忙しそうにしていた。
 自分は、相変わらずだ。でもその方が性に合っている。無理に人の前に出たいとは思わないし、その必要もない。誰も自分のことなんて望まないと知っているから。
 湊は自室に戻り、役場から借りていたパソコン(寄付や寄贈されたもの)を立ち上げる。ここに来るときは、ほとんど着の身着のままだったので、パソコンを借りることができて本当に助かった。
 湊の仕事はフリーランスのウエブライター。ほとんど人と顔を合わせずに仕事ができるので、性に合っている。が、最近は仕事が減ってきていた。クライアントから契約を切られてしまうことが多く、順調とはいえない。
 また一件、契約を終了したい旨のメールが入っていた。このままでは最低限の生活費を稼ぐことさえ難しい。
 湊はパソコンを閉じると嘆息する。
「俺って、いる意味あるのかな……」
 湊の問いは、空しく宙をとけていくようだった。