祭りは盛況のまま、無事に幕を閉じた。が、いまだに澪の父親の怒りはおさまらない。祭り客がぞくぞくとはけていく中で、拓海はずっと平謝りだ。
 志音たちは、今となってはその光景をただ見守るしかない。
「もうすんだことなんだから、いいじゃないの」
見かねた母親がなだめようとするも、彼は聞く耳をもたない。
「お前みたいな奴が、どうして村に戻って来たんだ。どうせ村の迷惑にしかならないだろう!」
 怒りの矛先が椋太へ向けられて、椋太を指さし喚き始めた。椋太が何かを言いかけた時、澪が父親の前に躍り出た。
「やめて、お父さん。椋太さんは悪くない! 私を連れて戻してきてくれたんだよ? 椋太さんがいなかったら、私はきっと舞わなかった。祭りは失敗に終わってた!」
「澪……。お前、こいつにたぶらかされて……」
「違う! もう、分からずやのお父さんなんて大っ嫌い!」
「澪……!」
 父親はひどく傷ついた顔をしたかと思うと、押し黙ってしまった。かわいい娘からの言葉が何よりも効くらしい。
 澪は半ば放心状態の父親を残し、椋太のそばまで来ると言う。
「ありがとう、椋太さん」
 志音には、心なしか澪の顔が前よりも明るくなったように見えた。
「いや、俺は何も。決めたのは、君だよ」
「……本当は、一緒に逃げようなんて本気で思ってなかったくせに」
「――試してみる?」
「ううん、遠慮しておくわ」
 微笑み合う椋太と澪に、湊がぼやくように言う。
「あのー、水を差すようで悪いんだけど。この人、元ホストだから。信用しないほうがいいよ。みんなにそうだから。ほんっとに口が上手いんだから」
 すると、澪はにっこりと言う。
「分かってます。初恋は実らないって知ってますから」
 そう言って微笑むと、澪はくるりと身を翻し、父親のもとへと駆けていく。
 後にはじと目で椋太を見遣る湊と、素知らぬ顔をしている椋太、そんな二人を見て思わず吹き出してしまう志音が残った。
「本当は、俺の方が逃げようと思ってたんだよね」
 ふいに椋太が口を開く。
「放蕩息子ってばれてるし、居づらくなったらまたここから逃げればいいと思ってた。でも、もう逃げるのはやめるよ。もう少し、この村にいてもいいかなって思えるようになった。澪ちゃんも、逃げずに立ち向かった。俺も負けてはいられない。それに……もう一人ではないからね。志音や湊がいるから」
 そう言って椋太は爽やかに笑んだ後、眉根を寄せた。
「というか、湊。お酒くさくない? もしかして飲んでる? どうりでいつもよりも饒舌だと思ったんだ」
「飲まないとやってらんないよ! 黒歴史さらして、けんかまがいの真似までして、こんなことはもう絶対やらないから! それに、さっきのなに? 逃げようと思ったって? 俺たちが懸命に暴れるおじさんを止めてたのに、逃げようとしてたってこと? 聞いた志音くん!」
「まぁまぁ、二人とも無事に戻って来たんだから、もういいでしょ」
「志音くんは、椋太くんに甘いよ!」
「絡み酒だね」
 志音が笑って言うと、椋太もうなずく。
「絡み酒だ。湊には今後、酒を飲ませないようにしないとだね」
 いろいろあったけれど。こんなに楽しいことは今まで初めてで。今はまだもう少し、この関係を続けていきたいと願う志音だった。


 後日――。地方新聞に花野枝歴史祭りの記事が載り、さらにSNSでは祭り当日の志音たちの扮装が絵になるようだとちょっとした話題になり――花野枝村に大いなる貢献をしてくれた、と拓海が熱っぽく語りに来たのだった。